37 やっぱり俺は人生ツイている方だと思います
限界まで戦った後に訪れる、妙に潔い気分。
空手の試合で負ける直前に持つ覚悟に似た感情になって、俺は巨人オーガの振りかぶった長剣を見上げていた。
ああ、俺はこの一撃で殺されるに違いない。
頭を一撃で斬られるというのは、たぶん幸せな方だろうと思った。
だが眼を閉じる事は無かった。
そうしようと思う直前、星明りだけが照らす暗闇の中で今にも俺を殺さんとしていたオーガの首に、矢が刺さったからである。
開けててよかった両目玉。
「おお、俺。助かっちゃった」
何が起きたのか、もちろん一瞬理解できなかった。
けれども今何をするべきかは俺にはちゃんと理解できている。まだ、俺は死ななくて済んだのだ。
ほとんど最後の力を振り絞って、俺は両腕で体を持ち上げた。
メイスよし、短剣よし。
間違いなく誰かが、俺とオーガたちの戦いに参戦したのだ。
立ち上がって周囲を見回すと、俺の周辺だけで五体のオーガがいた。いったい次から次へと、どこから湧いて来やがるんだ。
オーガの事について詳しくは知らないけれど、すでに倒した連中を合わせても全部で五〇以上の集団がこの周辺にいたんじゃないかと俺は計算した。
むしろ、まだまだこの一帯にはいるのか、理解不能な言語で何事か怒鳴りあっている声や、戦闘の怒号が飛び交っているではないか。
弓の飛んできた方向を見る。
すると、暗闇から月光に一瞬だけきらめいた矢が、俺のすぐ近くにいたオーガの胸を貫いた。
あまりの強弓に勢いよくオーガの胸を貫いて、地面に突き刺さる。
こんな弓の手練れが、鱗裂きのニシカ以外にもいるのか。
驚いている場合ではなく、俺は極端に落ち切った握力と四肢の張りに最後の刺激を与えて、すぐ側にいたオーガに向けて肉薄した。
二体。普段なら互角の勝負に持ち込むのも恐怖が尾を引いて難しかったかもしれない。
不思議と体力の限界である今の方が、戦闘に対する恐怖よりも興奮が優っていて、大胆にいつもより半歩前に体を押し込むことができた。
「おら、相手はこっちだぞ!」
暗闇に突如現れた新たな敵に混乱していたオーガは、俺の存在に気づいた時には胸に短剣を刺し込まれていた。
だがこのオーガ、一撃では死ななかった。
いきなり胸を刺されたものの急所を外してしまったらしく、短剣の先は不幸にも骨のどこかにぶつかる感触まであって、俺はあわてて手を離した。
しかし遅かった。傷を負ったオーガは手槍の様な武器を取り落としてしまったものの、俺を力任せにおもいきり殴り飛ばしやがった。
俺もメイスを取り落とそうになりながらも必死で足で堪えて、お返しにメイスで顔面を殴りつけてやる。
しかし背後から別のオーガに斬りかかられた。
あわてて体勢を入れ替えながらメイスを相手の剣を持つ手に叩き付けてやったが、怒り狂ったオーガに、反対の拳で殴りつけられた。
ほとんど十ラウンドを戦い抜いたボクサーの気分だった。
大振りになったメイスの一撃は相手の腕におもいきり当たった様だが、そんな事も気にしないのかオーガが飛びついて来る。
そのままグラウンドに持ち込まれそうになったので体の重心を動かしながら背負い投げの要領で転がしてやった。
短剣はどこだ。あった!
俺は拾い上げながら倒れたオーガに圧しかかる。
しかし蹴り飛ばされて、俺の方が地面に這いつくばる立場になってしまった。
ちくしょう、俺の短剣はどこだ。
次の瞬間に、風の様にオーガに体当たりを食らわる人間の姿が見えた。
腰だめに剣かナイフの様なもので一撃入れたらしい。
どうっと倒れる巨人の姿を見届けてから、俺はいよいよ重たくなった瞼を、今度こそ閉じた。
「おい君、大丈夫か? こっちだ、こっちに人間が倒れているぞ!」
「冒険者の負傷者が出たのか」
「いやわからん。首からタグが見えるが、ブリーフィング時にはいなかったはずだ。起きろ、怪我はどうなってる」
「っておま、シューターじゃねぇか?! おい、しっかりしろ――」
遠く耳に聞こえる人間たちの言葉が妙に嬉しかった。そして剣が重なり合う金属音も耳にする。
どこのどいつだか知らないが、誰かが助けに来てくれたんだろう。
ありがとうございます。ありがとうございます。
安堵した俺は意識を失った。
◆
目を覚ましたのは、あれからどれぐらい時間が経ったのだろう。
俺はずいぶんと体中が重たいのを自覚しながら、同じく重たい瞼をゆっくりと開けた。
ここはどこだ。
天幕が見え、ランタンか何かの灯りが揺れているのもわかる。
そしてひとつ眼が俺を覗き込んでいた。
「何だニシカさんじゃないですか。ご無沙汰しています」
「お、おおうシューター目を覚ましたか!」
「はあ、なんだか頭の心地がいいじゃないですか。ん? ニシカさんの膝枕か、悪くない。いいにく」
「……お前は何を言っているんだ。いきなり行方不明になったと思ったら、ボロボロになりやがってまったく」
「でもニシカさんにこうして会えたじゃないですか」
なるほど、体中が重たくて動かない俺だが、頭の感触だけはとても心地よい。
ニシカさんの太もも最高やなぁ。夢心地だ。
「まあ何にしても、よかったな」
「ところでここはどこですか? 天国かな?」
「んなわけあるか、テントの中だ」
「そうか、じゃあ夢心地だけど夢じゃないんですね。安心したらまた眠くなってきました……」
「お、おう。寝ろ寝ろ。早く体力を回復させるんだ」
「ありがとうございます。ありがとうございま……」
俺はふたたび眼を閉じた。今度は安心してゆっくり寝られる。仮眠でもなく、気絶でもない睡眠は大切だ。
次に目を覚ますと、そこに俺を覗き込んでいる七つの目玉があった。
鱗裂きのニシカさん、どんぐり眼の雁木マリ、そしてうわようじょッヨイさまに、あかちゃんバジリスクだ。
これは夢じゃなかろうか。俺はぱちくりと眼をしばたかせてもう一度みんなの顔を見回す。
やっぱり生きてるらしく、体中がまだ痛い。これはポーション後遺症だろうか。
「おおう。これは天国か。みなさんごきげんよう」
「どれぇ? みんなどれぇが目を覚ましたよ! 大丈夫ですかぁ?!」
「キュイ?」
「あら、ずいぶんと遅いお目覚めね。このまま死ねばよかったのにチッ」
「心配させるじゃねえかシューター。もうあれからまる一日だぞ。キャンプが出発するから起きろよな!」
「お、おう。誰か俺を起こしてくれ……」
体がまったく言う事を聞かないのは、どうやらポーションの副作用だけが原因ではないらしい。体中に包帯がぐるぐる巻きになっている。
むっちりバディのニシカさんが腕を差し入れて、俺を起こしてくれた。
「助かります」
「いいぜこれぐらい」
さて、どこから話したものだろうか。
安堵の表情を浮かべたッヨイさまと、ニシカさんがお互いに顔を見合わせていた。
雁木マリだけが俺の事をジトリと睨み付けている。
「まさかこんなところでお前に出会うとは思わなかったから、ビックリしてたんだ」
「いや俺もビックリですよ。一度目を覚ました時には、夢を見ていたのか死んで天国にいるのかと思ったぐらいですから」
「それで、こっちのふたりは何モンなんだ。この先の草原でこいつらを保護したまではいいんだけどよ、お前の事を探しているみたいだから連れて来たんだけど」
「キイキイィ!」
「そ、そうなんですか。ッヨイさま、雁木マリ、迷惑をかけました?」
すると。
「ん。その、さまってのは何ださまってのは。何でようじょに敬語なんだよ」
「話せば長くなるのですが。俺、実は奴隷になっちゃんたんですよね……」
「どれぇだと?」
「そうなんですよ。ギムルさんを送り出した帰りに、宿に戻る途中で下手うっちまって……」
「マジかよ。ヘタって何されたんだ」
「いやぁチンピラみたいな冒険者に不意打ちでボコられまして。お高いツボを壊した賠償だと言って身代を借金カタに」
「村一番の戦士のお前が、チンピラに負けたのか? 戦士だろ?」
「いやあすまんことです」
「キュゥ!」
呆れた顔をしたニシカさんがようじょを見た。
ようじょは待ってましたとばかり白い歯を見せて挨拶をする。
心配かけちまったが、ッヨイさまも俺が寝ている間に元気になられた様だ。血色もいい。
「はい! ッヨイはどれぇを購入した、ッヨイハディ=ジュメェです」
「あーオレ様はサルワタの開拓村の集落に住む、鱗裂きのニシカだ。シューターの猟師仲間でな。それでアンタは?」
「どうもはじめまして。騎士修道会に所属する、修道騎士の雁木マリです」
いつもの無礼千万な態度を引っ込めて、雁木マリはおしとやかにおじぎをしてみせた。何だ、ちゃんとよそ行きの顔もできるんじゃないか。ちょっとしおらしいマリの顔はかわいかった。
大人しくしてたら別嬪だと思うんだけどなあ。
「おおう、修道会の騎士さまだったか。で、ふたりが今のシューターのご主人さまというわけか……」
「いいえあたしは違うわ。ご主人さまはッヨイの方で、わたしはあくまで冒険者仲間ね」
ちょっと気恥ずかしそうに「冒険者仲間」と言う姿も悪くない。
ちゃんと仲間として認識してくれはじめたのかもしれないのと、視線をそらすところが何とも。
いいね!
「という事は、シューターも冒険者登録したのか?」
振り返るニシカさんを見て、俺がそうなんですと経緯を切り出した。
ブルカを経ってこの先にある古代人の聖地だったダンジョンを攻略した事と、そこにバジリスクがいた事。
倒したと思っていたバジリスクがつがいで、しかも卵まで孵化しはじめていたというオマケつき。
そして逃げ出したところをオーガたちに遭遇して、撤退しながらここまで流れてきたのだと。
「実はオレも、シューターが行方不明になってから生活に困ってな。今はシューターを探しながら冒険者をやってたんだわ。シューターが見つからなかったら途方にくれていたところだったよ……」
ボリボリと頭を掻きながらニシカさんが言った。
「そ、それは大変迷惑をかけてしまいましたね」
「ホントだよ! 飯を食う金も困ってね。ちょうどオーガが近郊の村に頻出しているっていうので緊急討伐クエストが発表されてたんだ。数が多いので連日討伐パーティーが送り出されたんだけど、日銭を稼ぐだけじゃラチがあかないので、最後の討伐パーティーに加わったってわけだ」
「それでブルカの街の外に」
「まあそういう事だ。武器はみんな借り物だしな、連中も武装しているからなかなか面倒だったんだ。ベースキャンプをここに張って、今は残敵掃討をしているところだぜ」
それもほぼもう終わって、これからベースキャンプを引き払うというタイミングだったらしい。
いやあこのまま寝込んでいたら迷惑をかけるところだった。目が覚めてよかったぜ。
「オーガたちは大分数がおおいのですか? 黄色いえるふさん」
「んにゃ、まあ部族総出で移動中だったらしくて二〇〇そこそこってところだな。まあ小さい方だな」
「に、二〇〇?!」
ニシカさんの説明にようじょは驚いていたけれど、当の言った本人は別に驚くべき言ではないらしい。
「うちらの辺境あたりじゃオーガは普通に大集落を作って生活をしている。人間様の感覚ではそりゃもう村って感じだぜ。だから首の数だけ追加褒賞が出るってのでやる気マンマンだったんだがなあ。シューターを見つけて放っておくわけにもいかないから。オレだけ稼ぎ損ねたんだよ。ケッ」
ハァとため息をこぼしたタイミングで胸がぼいんぼいんいいよるわ。
ああこの感覚懐かしい。
悪態をついているが、心底嫌そうではないニシカさんは俺を見て言葉を続けた。
「まァシューターが元気ならオレは別にそれでいい……」
「おかげさまで」
「それでこの肥えたエリマキトカゲはどこから連れて来たんだ。倒れたシューターの側にこいつがいたんで連れて来たんだが。なんだコイツ、めちゃくちゃ食欲旺盛で迷惑だ」
「ああ、そいつがバジリスクです」
「へえこれがバジ……ん、おま、なんだって?」
「先ほど言ったわよね。その、バジリスクのつがいがもう一頭いて、卵も孵化しているって。証拠として冒険者ギルドに提出するため、苦労して連れ帰ったのよ」
驚いて俺を二度見したニシカさんに、雁木マリが説明してくれた。




