36 裸で剣を持つ男
「デンナデンナ!」
オーガの言葉は難しすぎる。
何を言っているのかわからないが、歓迎の言葉でない事だけは確かだ。
新たに表れたオーガの五体に俺は問答無用で突入した。
ありがたい事に集団は固まって行動していたらしく、それも不意に俺たちに気づいたという具合だ。
俺は確かに長い格闘技経験があったが、あくまでも一対一の徒手格闘の訓練をしてきたまでだ。一方で俺が殺陣の経験を学んできたのは、人生の中でもせいぜい五年ぐらいのものだった。
しかし殺陣の経験から学んだことがいくつかある。
例えば戦国時代の撮影をするのに、城門を攻略するシーンで俺は足軽として参加した事があった。
その際に、何度もリハーサルをやったのに、どういうわけかみんな本番では槍を構える向きは逆、友軍の騎馬武者には驚く、ぶつかってこける、なぜか味方が行方不明と大混乱になったのである。
こんな経験は空手経験があっても得られるものじゃないし、歴史書が好きでどれだけ読み込んでも読み取ることはできない。
あともうひとつは、県警察の剣道部で師範をしていた恩師の一人がいつも馬鹿にしていた事をふと思い出した。
時代劇の役者たちの操剣方法がリアリティに欠けるというご指摘だったが、間違いなくこのひとつだけはリアルだと確信したものがある。
密集戦闘を再現する際に、武器をどう構えるかについて俺たち斬られ役は死ぬほど練習をしてきたものだ。
大上段に構えた時、剣は立てるか後ろに寝かせるか、仲間との距離が近い時は八双構えにするのはどうか。
これについてはこのファンタジー世界に来てコボルトの集団を相手にしたりする際はとても役に立った気がする。
最後に二刀流だ。こんなものは実戦では何の役にも立たないから廃れたんだと俺は思っていたが、将来の時代劇役者を目指す斬られ役の男たちは、真剣にこの型や構えについて考察を必死にしていた。
何しろ一部のスポットがあてられる役付きの俳優にしか二刀流なんてものは許されないのだが、とにかくカッコイイので練習だけは人一倍するのだ。いつか来る日のために片手でひたすら木剣の素振りをしたりね。
今俺は右手にメイス、左手に短剣という二刀流スタイルだ。
駆けだした俺は体をたたむ様にして集団に躍り込むと、まだ戦闘態勢に移行していない前にいた二体に一撃を加えて転がった。攻撃はどこでもいいから相手の痛覚を刺激するところを狙っておいたが、正解だった様だ。
転がって集団から飛び出したところを、雁木マリが例の長剣で前の二人を斬り伏せてくれる。
転がる勢いのまま立ち上がった俺は、さらに問答無用で脇腹を刺し、メイスで殴りつけて一体を片づける。
残り二体。
ようじょビームが少し離れたところから一体を焼き焦がし、もう一体は雁木マリがドスリと長剣を突き立てて終わった。
「タッコテンナ、ウォ……」
何事か呟いた最後のオーガは息を引き取った。
さすがに俺も体力の限界だ。
もうオーガはいないかと周囲を見回しながら、ついに片膝をついた。
「シューター、怪我は?」
「無い。そっちは?」
「問題ないわ……」
ふたりで目くばせしながらお互いに呼吸を落ち着けようと努力した。
すると同じ様に疲れの表情を幼い顔に浮かべたようじょが、小さな声で俺たちに言う。
「かなしいおしらせです。もう魔法はしばらく使えません……」
「十分です。さすがッヨイさまの魔法は圧倒的でしたよ」
「即応発動させるのにもう少し集中して魔力をたかめておかないといけないのです」
「そうですね、さあ少しでも逃げましょう。あかちゃんを連れて」
俺はがくがくの膝を持ちあげて立ち上がった。
雁木マリも長剣を杖代わりにしている有様だった。
あかちゃんはどこかと見回すが、オーガの死体に歯のない嘴を立てて食べようとしているところだった。
「そいつはバッチイから食べたらだめだぞ。さ、行こう」
抱き上げながら低木林一帯を振り返った。
オーガはこれでもう終わりだろうか。そうであって欲しいぜ。
ッヨイさまに頂いたメイスは、さすが単調な武器というだけあって未だに使用可能な状態である。短剣もできるだけ刺すための道具に使っていたので、これも問題は無い。最後は体力か。
雁木マリは修道騎士を名乗るだけあって、元女子高生とは思えないぐらい必死で草原を歩いていたが、問題はようじょである。
ふらふらと幽鬼の様に歩いていて、できればこちらも抱き上げてあげたいところなのだが、俺も体力の限界だった。
せめてと思って手を繋いでいるが、握る指に力がこもっていない事は明白なのだ。
たぶん次の襲撃を受けたら、俺たちは全滅だな。
あまり考えたくない現実を俺は脳裏に浮かべながら、夕暮れの草原を踏み歩いていた。
◆
だが現実はそれほど甘くないらしい。
俺たちがようやくの事で休憩できる場所を見つけたのは陽がもう完全に落ちてしまう直前の川縁だった。
腹を壊す恐怖よりも喉の渇きに負けたみんなが生水をむさぼる様に飲んで、近くの岩をひっくり返して例によって蛇を探し求めた後、これを焼いて食べた。
こいつはアオダイショウだ。名前は違うだろうがアオダイショウと同じく臭みと苦みがあった。
食べ終わって眠気に襲われた頃、最初の見張りについていた雁木マリが、俺を起こしたのである。
「オーガ、来たわ。何でこっちの居場所がわかったのよ……」
「連中も川に沿って移動しているんじゃないか」
俺たちは疲弊しているにもかかわらず、少しでも往来の多い街道に近づける様にと足を急いだ。
その結果、疲労困憊の度合いは最高に達していたんじゃないだろうか。
眠気と疲れがない交ぜになって顔だけで雁木マリの言葉に反応していた俺は、体を持ち上げるのがひどく億劫だった。
「それにしてもおかしい、あたしたちをつけてくるなんて。オーガは普通、人間と接触する事はひどく嫌がるのに。村や集落を襲ったりしても、獲物を巻き上げたらさっさと引き上げていくのよ普通は」
「普通じゃないから向こうも必死なんだろうな。何か異常な事態が発生しているとかね」
例えばオーガたちは、バジリスクに怯えて場所を移動しているのではないかと考えた。
遭遇した場所が近かったので、もしかするとダンジョンの別の出口があって、そちら側ではバジリスクの夫婦たちが子育てのためにせっせと獲物を狩っていたというのは想像できる。
そのために、あの辺りを生活圏にしていたオーガたちが、移動を余儀なくされたとか。
考えてもはじまらないので、どうにか上体を起こして俺は雁木マリに問いかける。
「どこだ」
「あっちの川の上流の方で火の手が見えた。たぶん松明だと思うわ」
「やばいな。あいつら火まで使うのかよ」
このファンタジー世界で一般的な長剣みたいなのを持っていたのを思い出せば、当然火ぐらいは使えて当たり前なのだろうが、知恵が回る相手はやはりやりづらい。
「コボルトや巨大な猿人間の親戚とは思わない事ね。あたしたちに限りなく近い野蛮人どもよ」
「ッヨイさまを起こしてくれ。こっちに気づかれる前に距離を取ろう」
「わかったわ。あかちゃん、連れていくの?」
「ここまで連れて来たんだ。ここで置いて行っても連れて行っても大差はないだろうからな。街道まではあとどれくらいだっけ……」
「本来ならば道に出ていてもおかしくないんだけど。どうかしらね」
疲れて無理をしてでも距離を稼いだのだが、本来ならば半日足らずででブルカの街へ通じる街道に出る距離も歩けていない可能性がある。
しかも途中でオーガとも戦闘したので、もと来た道を正確に引き返したわけでもない。
もしかすると方角がずれている可能性すらあった。
街道に出てしまえば、街道に沿って周辺の集落があるので、逃げ込む事は可能なはずだ。
集落や村には多少は猟師たちがいるはずだ。
だが、その場所がわからなければ意味が無い。
「ッヨイ、悪いけど起きなさい。オーガの追手よ」
「はいあいぼー、覚悟はしていたのです。あかちゃんもいきましょうね」
「キュ?」
俺たちは無言で、着の身着のままの格好で歩き続けた。
すでにッヨイさまのフリルワンピースは土や返り血で見る影もない汚れ様だし、雁木マリは鉄皮合板の鎧の表面が傷だらけになっていて、白かったノースリーブのワンピースも泥だらけだ。
俺に至ってはズタボロのポンチョを腰巻きがわりにしているので、メイスを持った見た目は原始人だろう。
ウホ。オレサマ、オマエ、マルカジリ。
くそったれのオーガたちは、まだ俺たちの存在には気づいていない様だが、こっちは逃げる立場で手元明かりをつける事もできず、足取りは遅かった。
最後尾の俺が何度も振り返り、確認する。その度に揺れる松明が近づいてきて、その数も確認できるものが増え続けていた。
詰んだな。
俺は覚悟をした。
別に義侠心めいたものが頭をもたげたわけでもなかったんだが、こうでもしなけりゃッヨイさまも雁木マリも助からんだろう。
俺が囮になってこのふたりを逃がす。悪いがあかちゃんはこちらで引き取ろう。
この子がいるのでは、ふたりの機動力はさらに遅くなることは間違いない。
武器は、できれば雁木マリの刃広の長剣を貸してもらいたかったが、これを取ってしまえば雁木マリに武器がなくなってしまう。
ッヨイさまはどうだ。あれから魔力を使っていないので、少しは溜め込んでいるだろうか。いざという時に最後の一撃ができるならいいことだ。
雁木マリは巨大な猿人間に凌辱された経験もあるし、知っている以上これよりひどい凌辱はされてもらいたくない。
大人の良心というやつだ。義侠心じゃねえ。
「よし、二手に分かれよう」
「どうするのよここで別れて」
「生き残る可能性が少しでもあがる方法をとるんだよ。雁木マリはッヨイさまとこのまま先に進め。だが川沿いは離れたほうがいいぞ」
俺が提案を切り出すと、ふたりは振り返って俺を見上げた。
「どれぇはどうするのですか?」
「あかちゃんと別の方向に逃げる事にしますよ、ッヨイさま。さ、おじさんが守ってやるから、こっちに来なさい」
俺はバジリスクのあかちゃんをようじょから取り上げた。
「感謝はしないわよ。お前が選んだ事だから」
「わかっている。お互い無事を祈りあおう」
「ふん、不信心者の日本人が何に祈るのかしらねえ」
「聖女ガンギマリーさまにだよ」
軽口を言い合って、ここで別れた。
雁木マリはたぶん俺の意図に気づいているだろうな。だいぶ悲壮感漂う顔をしていたが、俺がこの提案を持ち出すとちょっと驚いた顔をしていた。日本人好みの美談じゃねえか。だから気付いたのかね。仲間を助けるための犠牲の精神。
いいや、別にそのまま死ぬつもりはない。
暗がりの中で俺は身を低くしながら、雁木マリとッヨイさまとは反対の方向に歩き出した。
すなわちオーガたちを引き付けるためにな。
「あかちゃん。君には申しわけないけど、君はこれからひとりで生きて行きなさい。ちょっと早いがひとり立ちだ。男は黙って海兵隊だぞ」
「キュウウ?」
言い聞かせてみたが、小首をかしげたあかちゃんには理解してもらえなかった様だ。
ま、当然だな。そのうちコボルトかオオカミか何かに見つかって殺されてしまうかもしれないが、俺もオーガに殺されてしまうかもしれない身分だ。運が良ければ生き残る可能性があるのも一緒だ。
じゃあおじさんは行ってくるよ。
俺は闇を進む。
◆
元自衛隊の空挺隊員だったという店長が創業したアパレルショップは、ミリタリー装具を専門に扱うお店だった。
ひとに説明する時に何と言っていいのかわからなかったので、俺はアパレル店員ですと言っていただけの事である。
実際には元方面隊で一番の腕っこきという射撃手が電動エアーガンのカスタマイズをやっていたり、元通信隊にいたという戦争映画ばかり集めているひとがいたり、とても怪しいお店だった。
おかげで休日はフィールドにサバゲに出かけたものだし、夜な夜な河川敷で夜戦を楽しんだ事もあった。
しかし、アパレルショップで間違っていない。
メインの商材はあくまでも軍装なので、軍服や戦闘服が一番の売れ行きだった。
ちょっとリペリング講習会や野外襲撃行動講習会、それに夜間行軍訓練をやったのはあくまでおまけだ。
けれど今は感謝しないといけないな。
ほんの斬られ役をやりながらの掛け持ちバイトに過ぎなかった俺が、少しでも疑似戦場体験をしていたので、こういう時にどうすればいいかわかっている。
闇にまぎれて相手を混乱に陥れる事だ。
「お探しものはここだぜ? 俺は全裸だ、服なんか捨ててかかってこい!!」
俺はあかちゃんと別れてしばらくの間オーガを観察した後に、ヤツらの移動列の中ほどあたりで突如叫びを上げてやった。
もはや腰巻きはブッシュの中でこすれて音を出すので、放棄せざるをえなかった。
相手も裸族だ、別に恥ずかしがる必要はねえ。
「さ:p;えおtfcpざs@ぺふじこ!」
発音できない何かを叫んだオーガが俺を指差して咆えた。次々に武器を手に手に俺のところに走って来る。
よし釣れた。
俺はひとまず暗闇に影を消す。チラリと見た感じじゃ十人以上いた。
俺がもし暴れん坊な将軍だったら倒せるんだろうが、俺は全裸で剣を持つただの中年だから、ひとりずつ倒すしかない。
というわけで、釣れた順番に確実に殺す。俺を探すつもりで首を振りながら通り過ぎたひとりのオークに対し、音も立てずに草むらから這い出て背後を取った。
「こんばんは、さようなら!」
最後ぐらいは声をかけてやる。
まだだ。もうひとりが近づいて来るので、また草むらに俺は姿を隠す。
こいつは松明を持っていたので、殺された仲間にすぐに気がついたらしい。大声を上げて仲間を呼びながら仲間の死体の前でしゃがんだ。
「残念でした、油断だな!」
後頭部に一撃メイスを叩きつけてやる。
握る手には永遠に忘れられない様な衝撃と感触が残った。
集まって来る連中をまくために、また草むらに俺は引っ込む。そのまま連中が来た側に匍匐前進しながら進んでいったわけだが、とても残念な事にブッシュが途絶えてしまった。
不用意に俺が顔を出した先に、巨人オーガの見下ろす顔があった。
万策尽きた。
手には長剣を持っている。この巨人が長剣を持つと、俺たちがちょうど短剣を持っている様な錯覚に陥る。俺を見下ろすオーガが軽々と長剣を振りかぶった瞬間、俺は一応挨拶をしておいた。
「やあ、こんばんは。さ、さようなら」
初対面で挨拶は大事だもんな。
みなさん、さようなら。奥さん、さようなら。




