30 ダンジョン・アンド・スレイブ 5
長剣を引き抜いた雁木マリは、気だるそうに剣先を地面にこすりつけながら通路へと移動する。
あごだけで俺についてこいと指示をした。
背中を見せて歩みだしてはいるが、その背中は十分に警戒をしていた。
抜き身の短剣を右手に持って俺が後についていくと、向き直った雁木マリがカプセルポーションを注入器具にセットしていた。
ぷしゅうと注入器具が音を立てて、雁木マリの腕にポーションを挿入していく。
針のないタイプなので、魔法陣か何かを通して体内に投与しているのだろう。
おいおい薬を使うなんて聞いてないぜ? 雁木マリさんよ。
カプセルポーションは色がついているから、その色で何のポーションを投与したかはわかるはずだが、あいにく俺はポーションに疎いのでそれは知れない。
恐らく興奮促進か何かのヤバいポーションだろう。
こいつは自分がポーション中毒になる事はありえないとか言っていたが、本当だろうか。
一瞬だけアヘ顔をキめていた雁木マリの眼が、より一層濁るのが見えた。副作用で精神に異常をきたさなかったとしても、体を酷使する事には変わりない。筋肉を使いすぎた翌日は疲労で筋肉痛になるものだ。
そこまでして、俺に勝つってのか。
最初にレギュレーションを打ち合わせておかなかったのは俺のミスだな……
「おい、魔法は無しだぞ」
「当然よ。ハンデにしたげる」
「ポーション使っといてハンデもへったくれもないだろうよ!」
俺は言うが早いか駆けだした。
向こうが仁義無用でポーション使ったんだから、こっちが先手に出たって問題なかろう。
短剣というのは想像以上に使いやすい武器だ。
剣を持つという意識をするよりも、たぶん自分の拳が刃物になった様なイメージを持った方が正解だろう。パンチを繰り出すつもりで、短剣を刺し込んでいけばよいのだ。
逆に防御は体の一番硬い部分で受けるつもりで、それが刃だと理解していればいい。
パンチで戦う以上はいかにして相手の懐に飛び込むかだ。
一方の雁木マリは長剣である。
それも遠心を利用して勢いで振り回す操剣スタイルなので、ひとつひとつの振りの間に隙が必ず存在する。
案の定、俺が飛び出した瞬間を見て雁木マリは剣を低く構えた。
例の右腰構えから、重心を利用した勢いのある胴薙ぎ一閃を狙うつもりなのだろう。
甘いぜ。
俺はそれよりも早く、すでに相手の懐に飛び込んでいた。
真剣をお互いに抜いているとはいえ、まさかパーティーメンバーを殺すわけにもいかない。
いや、雁木マリは殺す気だ。
だから怒りで肩が吊り上がっていて、コボルト相手の時よりも少し動きが緩慢だ。いきなり試合終了というわけにもいかないので、俺は軽く雁木マリの首脇をすり抜ける様に剣を刺し込んでやった。
さくりとマリの髪の毛が斬れる。
みるみる表情をかえた雁木マリが、引き下がりながら振り込んでいた剣を正面に勢いで持ってくる。
俺は剣ではなく、彼女の手を左手で押さえつけた。
「飛び出しが一歩遅かったな」
「くっ死ね!」
ポーションの影響からか、女の筋肉と油断していたら両断されてしまいそうなパワーで俺は押し返された。
あわてて俺の目の前を走り抜ける剣筋を避けて、今度は距離を取る。
雁木マリの方から数撃の攻勢が続いた。
力任せとは言っても、それなりに剣の扱いは様になっていた。
仕掛けてやるか。
あまり戦いを長引かせると後日に影響が出るので、俺は雁木マリを誘って油断した構えを取ると、彼女が力づくで一撃をぶちかましてくるのを待った。そして見事にそれに乗っかってくれる。
大上段に構えた雁木マリは、地面まで勢い叩き付ける様にして真っ向斬りを俺にしてきたのだ。
その瞬間に体を入れ替えながら、俺は雁木マリの足をかけて転がす。
そのまま白兵戦をするつもりで飛びついた。
がらんがらん、とけたたましい剣と短剣が転がる音がしたが、そんなの気にしちゃいられねえ。
俺たちはダンジョンの地べたにへばりつくようにしてお互いにマウントポジションを取ろうと転がりまわった。
だが、両手両膝を自分の手足で押さえつけた俺の大勝利だ。
「残念だったな、雁木マリさんよ」
「は、離しなさいよ」
「離したらマリがまた暴れるだろう。そんな事はしません」
「くっどうする気?」
必死で抵抗しながら、首をもたげて噛みつきそうな勢いの雁木マリさん。
いや参ったね。
「降参か?」
「降参なんかしない。殺せ!」
こいつからくっ殺せいただきました。
「暴れるなよ。暴れるともっと痛い思いをするぞ」
「な、何よ。あたしを乱暴する気? 巨大な猿人間みたいに……」
「バッカちげぇし! いいか、そうじゃねえ!」
「じゃあどうするつもりなの……」
「俺はただ、お互いにストレス発散してわだかまりを無くしたかっただけだよ。同胞に、同じ日本出身の人間に、認めてもらいたかっただけなんだって……」
「…………」
「もういいだろう。俺だってその、マリに巨大な猿人間みたいな扱いをされるのは嫌なんだよ。だから負けを認めてくれ」
「…………ふん」
雁木マリの抵抗する動きが止まった。
それを確認して俺も押さえつける力を弱める。
「俺とあんたは対等。パーティーの仲間だ。わかるな?」
「ええそうね、パーティーメンバーね」
「対等なパーティーメンバー、だ」
「チッ調子に乗るな」
立ち上がった俺は、頑なに認めようとしない雁木マリに手を出してやる。
すると彼女が面白くなさそうに毒を吐いた。
「さて、じゃあ俺からの勝利のご褒美を要求するのはそれだけだ」
「それだけ?」
「ああ、仲間として認めてくれればそれでいいさ。今はまだな」
「……今はまだってどういうことよ。あとで請求する気なの?」
「そういう事もあるかもな。それとマリ、」
「何よ」
俺はさっきからうつむき加減の雁木マリを観察しながら続ける。
「……巨大な猿人間に襲われた事があるんだな?」
「ッく」
やはりそうか。
血相をかえてまた殺意まじりの眼で睨みつけてきた雁木マリに、俺は確信した。
「ち、違うわ。あるわけないでしょ!」
「そうだな。ない、無かった」
犯されたのか。
だから雁木マリは頑なのか。
この異世界で屈辱的な経験してた結果、ポーションにすがる様になったのか。
悔しさを力にするために、ポーションを使ったのか。
「……忘れなさい。この話は絶対に」
「忘れるも何も、俺たちは剣の稽古をしただけだ」
後和地の悪い空気の中、お互いに絞り出すように言った。
雁木マリは自分の長剣を拾うと、ようじょの寝入っている通路のくぼみまで戻って行く。
それを見送りながら俺も自分の短剣を拾った。
この世界は優しくない。
日本のどこにでもいる女子高生を襲って犯す様な巨大な猿人間がいる。
ポーションで身を守り強くならなければ、ただの女子高生はただの女子高生のまま死ぬしかない。
座して死を待つか、悪あがきするか。
落ちていたカプセルポーションの殻を踏み潰してしまった俺は、そんな事を考えた。




