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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第2章 ダンジョン・アンド・スレイブ
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29 ダンジョン・アンド・スレイブ 4


 不整地を歩くという作業は、人間にとって想像もしない負担を強いる事になる。

 たとえば江戸時代、旅をする人間たちは一日にだいたい二〇数キロの道のりを歩いたそうだ。

 フルマラソンだと四二・一九五キロを選手なら三時間足らずで走破するのだから、数字だけ見るとこれは物足りなく感じてしまうかも知れない。

 けれど当時の旅人たちは、どこまでも続く整地されていない街道あるは山道をひたすら、何日もかけて歩くのだ。

 足への負担は整地の比ではない。また直線距離でもない。

 山道を三キロ歩く行為と、アスファルトの道を三キロ歩く行為が、まるでかかる時間が違うのと同じだ。

 してみると、当時の人間は不測の事態に備えて、ある程度の余力を残した状態でその日の行程を切り上げたのだ。


 ダンジョンの深部を目指す俺たちも同じだった。侵入直前に軽い昼食と装具点検をとって、それから侵入。

 初日である今日はコボルトの残党を掃討した後にこの階層の少し先まで進み、周囲から身を隠しやすい通路のくぼみを見つけてそこをベースにした。


「実際に大規模ダンジョンに攻略をかける時は、複数のパーティーが同時に進行して、ベースを設置しながら奥に奥に進んでいくのよ。遺跡タイプの場合は、全ての通路と部屋をしらみつ潰しにしてモンスターの発生源を排除する。そこまで安全路を確保したうえで、中層に向けてアタックをかける主力パーティーが攻略に挑むの」


 ランタンの吊るしを外して簡易コンロにしたその上に、雁木マリがはんごうの様なものを設置しながら俺に言った。

 聞いているとそれは、エベレスト登頂を目指す登山隊のやり方に似ている。

 この世界では登山攻略の代わりにダンジョン攻略というのが置き換わるのかもしれないね。


「そもそもなぜダンジョンを攻略するかだよな。俺たちは今、過去に先人が一度は潜ったダンジョンにアタックをかけているわけだろう? というと、ゲームじゃないんだから目ぼしい財宝や貴重品が見つかると言う事もないわけだろ。それとも金銀財宝が自動発生でもするのか」

「それはですね、どれぇ。ダンジョンの主を討伐する事が最大の目的なのです」

「なるほど、それは重要ですね。ッヨイさま」


 曇りなき眼を向けたッヨイさまに、俺は相槌を打った。

 そこで雁木マリが代わって説明してくれる。


「それに領主の庇護というのかしら、この土地ならばブルカ辺境伯の統治責任というものがあるわ。領主は税を徴収する権利と引き換えに、その領民を庇護する義務があるの」

「その割には俺はあっさり奴隷堕ちしたわけだが、ブルカの領主さまは何をやっているんだろうね。あんな奴隷商人と冒険者が好き勝手をやっているのはおかしいだろ。俺、伯爵さまに守られてないしー」

「なにもおかしくないわ。だってお前、ブルカ領民じゃないでしょう」

「……なん、だと?」


 侮蔑の視線を送り付けてきた雁木マリに俺は驚愕した。

 何だよ、女村長は辺境伯の部下とかじゃないのかよ。


「お前、サルワタの開拓村から来たって言ったわね。あそこ一帯は別の領主がいたでしょうが」

「いや確かにそうだが。どういう事だ説明しろ。うちの領主さまは騎士爵という爵位を持っていたが、辺境伯からすると位はかなり低いだろ。部下とかじゃないのか」

「そこが難しいのよ。辺境一帯には、さまざまな領主が入り組んで領地経営をやっているのよ。それらのまとめ役、こちらの言葉でいうと旗頭を務めているのが辺境伯よ」

「じゃあうちの領主さまは何なんだ。旗担ぎか?」

「寄騎って言うのよ。上司と部下の関係ってよりは、先輩と後輩みたいな関係と思いなさい。いや違うわね、選手会長とその他選手みたいな感じかしら」

「ようわからん例えだが、何となくわかった。旗頭な」


 はんごうの中に砕いた小麦をサラサラと入れていくようじょ。それに乾燥野菜と定番のベーコン。隣でいもを剥いていた俺は、小さくカットしてそれもぶち込んだ。


「そうすると領主間の対立問題になるんじゃないか。この世界じゃ人口は権力基盤とイコールだろ。うちの領主さまが黙っていないんじゃないか」

「残念ながら、国法によって領地外に出た自領民についての手出しはできないのよ。犯罪もしかり、庇護もしかり。その土地の領主が許可を出さない限りは手出しはダメ、そして開拓村の領主と辺境伯では、選手会長と入団テストを受けて入って来たばかりの無名選手ぐらいに力の差が歴然よ」


 またよくわからない説明をしながら雁木マリがはんごうの中身を掻き雑ぜた。

 よし、しっかり沸騰して来たところを見て、俺はランタンの火を弱めてはんごうに蓋をする。


「つまり同じ領主と言っても、爵位と同じだけ力関係が歴然としているという事か」

「そうね。お前は奴隷になったぐらいだから、自分の身分を証明できるものも何も持っていなかったのでしょう。だから余計にカモにされたのよ」

「冒険者ギルドに登録した後だったら違ったのか?」

「あまり、違わないわね。冒険者はどちらかというと金遣いも荒いし、借金をこさえまくって首が回らなくなれば、奴隷堕ちする人間もいっぱいいるわ」


 ぐうっと伸びをした雁木マリが、最後にボソリと言い添えた。


「この世界は優しくないわ。人間の生活圏の外に出れば獰猛な野獣がいるし、生活圏の中には支配者がいる。実力主義かと思えばそうでもないの。実力があってはじめて最低限の人間たりえるのよ。お前はその事実に気づく前に奴隷になった。でも、同情なんてしない」

「そうかい」

「あら、でもどれぇは悪いことばかりじゃないですよ?」


 そんな事を、ようじょが言った。


「というと……」

「どれぇは契約どれぇなのです。犯罪どれぇや捕虜どれぇじゃないので、資産価値ぶんの働きをすれば、どれぇは解放されるものなのですどれぇ」

「マジかよ。じゃあ槍働きしまくって稼ぎまくったら、自分で自分の身代を買い取る事もできるのか」


 あまり期待はせずに、俺はようじょに返事をした。

 期待をして結果が違ったら、このようじょを恨んでしまう事になるからな。

 しかし本当か? という視線を、一応雁木マリに送っておく。


「まあ事実ね。ただしそんな働きを証明するなんてご主人さまの心ひとつじゃないの。ッヨイが手放さなかったらいつまでたってもお前は奴隷。残念でした」

「ッヨイはそんな悪い事はしません! どれぇがしっかり働いてくれたら、その働きにちゃんと応えます!」


 あわてて俺をフォローしてくれたッヨイさまかわいい。

 一方、雁木マリは舌を出してあっかんべーをしやがった。

 うっぜえこいつ。いちいち言い方が腹立たしいので、俺は悔さのあまり仕返しをしてやろうと決心した。

 それはいつか先の話しじゃない、できるだけ早くだ。

 雰囲気の悪くなった空気の中で俺たちははんごうを回し食いし、ぶどう酒の瓶を回し飲みした。


 潮時だな。

 タイミングを見てこれから雁木マリさんを教育してやるか。


 時刻は元の世界で言えば午後六時ぐらいだろうか。

 恐らくダンジョンの外ならば、そろそろ太陽の位置が地平線に見える山すそに移動している頃だろう。

 そう。この世界では街や村の外に出ると、地平線を見れるのだ!

 寝るには早すぎる時間ではあったけれども、始終体を動かしてきたのだから体は相応に疲れている。


「どれぇ、ッヨイはそろそろおねむなのです」

「はいはい。ッヨイさまはお若いので、たくさん寝てお体を休めましょうね。オシッコは大丈夫ですか?」

「どれぇはッヨイの事をお子さま扱いするのです! オシッコしてきます」


 ぷりぷり怒ったッヨイさまが、窪みからダンジョン通路に出てフリルワンピースを持ち上げるとお尻を出した。

 お尻を出したようじょは一等賞!

 不用意にッヨイさまがモンスターに襲われてはいけないので、メイスを持ち上げて警戒に立った後、荷物をクッションがわりにできる様にして、ッヨイさまにポンチョをおかけした。

 おやすみなさい。


 見張の順番はお子さまのッヨイさまを先に寝かせたので、雁木マリが最初、次が俺、最後に早起きしたッヨイさまという順番だ。

 しかし好機到来と見た俺は、むくりと起き上がると枝毛をいじっていた雁木マリに声をかけた。


「おい雁木マリ」

「お前、いちいちフルネームで呼ぶのやめてくれないかしら」

「じゃあ、あんたも俺の事をお前とか言うな。シューターと呼んでくれよ」

「嫌よ」

「かわいくねえな!」

「お前……シューターにかわいがってもらう必要なんてない」

 何だ、言いな直したな。ちょっとは気を遣う気になったのか?

「……そうかい。嬉しいぜマリ」

「ふん」

「お願いついでにもうひとついいか」

「何よいきなり」

「俺と剣の稽古をしようぜ。今日はもうこのまま休眠に入るだろう? 寝るにはちょっと体力を持て余しちまってな、俺と手合せしてくれよ」


 俺は別段、下卑た笑いを浮かべたつもりも無かったのだが、急に雁木マリの表情が一変した。

 先ほどまでは少なくとも愛想のない顔はしていたけれど、感情の機微が見えた。

 俺を呼ぶ時に言い直した瞬間なんかは、年頃の女の子らしいちょっとはにかんだ様にも見えなくない表情だった。

 それが今は土色をしている。

 顔面が痙攣している様に表情を消して、眼から生気が消えたようになった。

 ん。どうしたんだ。


「稽古、ね」

「そうだ軽く手合せだ。別に獲物は何だっていいが、剣ならマリも使えるだろ?」

「目的は何よ」


 押し殺した声で雁木マリが言った。

 ようじょがすかーと寝息を立てているからではない。もちろんそれもあるんだろうが、殺意のこもったそれを俺は感じた。

 そういうのは空手経験からよくわかる。こいつは発言次第じゃ本気で殺しにかかるつもりなんだろう。

 ゆっくりと雁木マリの手が長剣の鞘に伸びる。


「目的は簡単だね。あんたは俺を馬鹿にし過ぎた。俺だって人間だ、プライドはあるぜ? 人をゴミでも見る様な態度でこれまで過ごしてきただろう」

「だから意趣返しっていうの? お前は奴隷、あたしは修道騎士。明らかに地位も立場も違う」

「そういうところがかわいくないんだよ」


 俺がそう言うと、雁木マリは鞘に手を置いたまま睨み付けてきた。

 生気が少し宿った。いや、何かを考えているのだ。


「そろそろガス抜きしようぜ、俺たちはパーティーを組んでダンジョンにアタック中だぜ? いつまでもこんな調子じゃ、俺はあんたを助ける気にもならない。マリだって俺を助ける気なんてサラサラないんじゃないか?」

「…………」

「俺はワイバーンを倒した事があるが、マリはどうだ?」

「ない、わよ」

「空を飛ぶか地を這うか、違いはあるだろうが生半可な相手じゃないだろうぜ。大人数でかかってやっと傷をつけるのが精いっぱいだ。そんな時、仲間内でいがみ合っているのじゃ、はたして怪我で済めばいいけどな。全滅だってあり得るぜ?」

「チッ」

「だから、わだかまりはここいらで捨てようぜ。でも簡単にはできないだろ? だから賭けをしよう。俺が負けたら、今後はお前の命令には絶対従ってやる。立場が対等だなんて言わない。ッヨイさまの奴隷であり、雁木マリの奴隷、それでいい」


 法的にはどうかわからんがな。

 負けたら諦めがつく。だって俺、負ける気がしないね。

 殺意の衝動だけで動いている様なヤツは、どうとでも対処できる。


「それで俺が勝ったら、」

「いいわ。勝負を受けましょう。あたしが負けた時の事なんて考える必要ない、だってあたしが必ず勝つから」

「いいのかそんな余裕ぶっこいて。俺は県大会で三位になった事もある実力なんだぜ?」

「お前のその余裕こそ、あたしがぶち壊してやる。殺す……」


 こいつ、長剣を引き抜きながら立ち上がった。しかも殺す発言。

 俺も荷物の側に放り出していた短剣を引き寄せて、ゆっくりと立ち上がった。



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