25 俺の村八分が街でも継続される訳がない 後編(※ 挿絵あり)
「あれ? 俺が来た事がある冒険者ギルドと違いますね。造りは似たような感じですが、場所が違う」
「そうなんですかぁ? ギルドの出張所は街の何か所かにあるから、別の場所に行ったのかなあ」
俺の鎖を引きながら小首を傾げるゴブリンようじょ。
まるで犬の散歩の様なありさまでも、周囲の人間は別に気にもしていないらしい。もしかしたら成功した冒険者が奴隷を使役するのは、俺が思っている以上に普通の事なのかも知れないな。
そのまま案内カウンターに行き、冒険者登録の作業に入る。
ギムルが使っていた質の悪い麻紙ではなく、ここでは保存に適した羊皮紙の書面に俺はサインを求められた。
「すいません。ッヨイさま、俺は字が書けません」
「じゃあ、ッヨイが代筆したげますから拇印だけ押してね」
ようじょ主人を持ち上げて、カウンターの書面に代筆してもらった。そして朱肉で拇印。
すると若いセールスマンみたいな受付の男が説明してくれる。
「はい、これで冒険者登録が完了ですよ。今から冒険者タグを作成しますので、しばらくお待ちください」
「冒険者タグ?」
「そうですね。ふたつセットになった首から下げる小さな金属板ですよ。登録情報が彫ってあるものです」
こういうものです、と受付の男がサンプルを見せてくれる。
なるほど、若者が集まるアメ村やアメ横的な露店で手に入る、軍隊が使っている様な認識票。ネームタグ、ドッグダグというやつかな。
俺はジャラリと冒険者タグを持ち上げて吟味した。
続けて話を聞いていると、対になった冒険者タグの片方を、所属したギルドの出張所に預けておき、もう片方は自分が所持しておく仕組みになっているらしい。
冒険者が旅に出て別の冒険者ギルドの出張所に拠点を移す際は、これを元の出張所から回収して別の場所に持って行く。
現在の俺はブルカの街にある冒険者ギルドの西門前辺りの出張所にいる。
聞けば青年ギムルとともに俺たちが最初に訪れたギルドは、東門近くにあるギルド出張所だったわけだ。
別に魔法的なすごいシステムで一元管理されているわけではなく、たったひとつの冒険者タグで管理をしているらしい。とても原始的だ。
なるほどなぁ。
では作成に入ります、と言って記入した羊皮紙の登録用紙を手に奥へ引っ込んだ受付のひとを見届けると、俺たちはギルド内にあるベンチへと移動して待つことにした。
「どれぇは文字が読み書きできないのですか?」
「はい。俺は辺境の生まれなので、文字のことはよくわかっていませんね」
「それじゃあ、自分の名前は書ける様に練習しておくといいのです」
「そうさせていただきます」
ベンチに向かいながらそんなやり取りをした。
このファンタジー世界で生活をしていくためには、確かにそろそろ文字の勉強をした方がいいかも知れない。
ギムルによれば妻も文字を読むことはできないらしく、多少のいびつさはあるものの、文明度合いが中世欧州と同じぐらいの発達である事を考えると、農民たちの識字率はあまり高くはないはず。
三十路を過ぎての学習ともなれば覚えは遅いかも知れないが、最低限、自分の名前を書ける程度と、簡単な文章ぐらいは読める様になっておきたいと思った。
冒険者になるなら、掲示板に張られた依頼の募集告知ぐらいは読める様になっていないと、誰かにだまされかねない。
ルトバユスキの様な人間は絶対に他にもいるはずだ。
だが、この世界でひとつだけ読める文字があるぞ。それは「冒険者ギルド」だ。
今日でギルドの建物に来るのは三度目だから、看板の文字は読むだけなら覚えたぜ。
俺は自分の学習能力も捨てたもんじゃないな、などと考えながらベンチに腰を下ろそうとしたところ、
「こぉら。何をやってるのよお前は!」
いきなり女の声がしたかと思うと、蹴り飛ばされた。
あわてて受け身をとりながら、ズタ袋に突っ込んでいた短剣の柄に手をかける。冗談じゃねえ! また冒険者にからまれたのかよ!
俺は警戒しながら、蹴った主を見た。
果たして女だった。
「手前ぇ何をしやがるんだ!」
「何をやってると言うのはこっちのセリフよ。奴隷の分際で、ご主人さまの許可も無くイスに座ろうとするのはどういう了見かしら?」
女は腰に手を当てながら不機嫌な顔をして、俺をにらみつけていた。
黒い髪のストレートにどんぐりの様な眼、そしてメガネ。メガネをかけた異世界人を目撃したのはこの世界に来てたぶんはじめてだ。体にフィットした様なノースリーブのワンピースの上から革か何かの鎧、それにポンチョを羽織っている。腰には長剣。
「そ、それは失礼しました。ッヨイさまごめんなさい」
「いいょ。気にしないのです!」
俺は咄嗟にようじょへ謝罪し、ようじょは笑って許してくれた。
それにしても誰だこのメガネ女は。初対面で俺を蹴り飛ばすとか、異世界の女はおっかねぇ。
「ふん、ッヨイが許すってなんなら別にあたしは気にしないけれどもね。以後は気を付けなさいよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「ガンギマリーも来てたのですね?」
「午後からギルドでって約束だったでしょ。それにッヨイも奴隷をちゃんと購入できたみたいね」
「そうなの、もともと田舎で戦士をやっていた猟師さんの奴隷なのです。近接武器全般と、弓が使えるらしいよ」
「あ。弓は練習中です……」
ふたりのやり取りを聞きながら、俺は最後に補足説明をした。
それにしてもこの女、まるで日本人みたいな顔をしているな。かわいらしいと言えばそうだが、だんご鼻にまるい眼だ。いわゆる縄文人顔というのだろう。
「どれぇ。どれぇにッヨイのあいぼーを紹介します。彼女は騎士修道会に籍を置いているあいぼーの修道騎士、冒険者のガンギマリーだよ」
「ふん。あたしは雁木マリよ、よろしくね奴隷」
「はじめまして、俺は奴隷のシューターです」
俺がいつもの様にペコペコと頭を下げる。あんた薬物でもキメてるのかよ。ガンギマリーとか。ぷっ。ひどい名前だぜ。
するとガンギマリーさんは、聞こえるか聞こえないかというぐらいの小さな声でボソリと何かを言った。
「なーにがシューターよ。日本人みたいな顔しちゃってさ、本当はシュウタとかダサダサの日本名だったりして……顔も平たいし、あたしの好みじゃない。包茎だし」
「おいあんた。今、日本人って言ったね?」
今、確かにこのメガネ女は「日本人」と言った。確かにだ。
俺はたまらず聞き返す。すると、
腰に手を当てていたガンギマリーはそれを解いて、右拳でいきなり俺の顔面に腰の入ったパンチをしてきた。
バキッ、痛ぇ。
奴隷身分なので抵抗できないのが腹立たしい。
だがそんな事よりも、今は「日本人」という単語の方が問題だ。俺は空手経験があるから、殴られても多少我慢できる場所を意図して差し出せることができるからな。それに食らったフリをして軽くのけぞってやった。
そんな事もわからずガンギマリーは言葉を吐く。
「奴隷の分際で口の効き方を知らないらしいわね」
「待て、話せばわかる! あんた今確かに日本人といったな? ガンギマリーという名前、本当は名字が雁木で名前がマリなんだろ?!」
「だったら何だって言うのよ。奴隷の分際で! お前こそシュウタなんでしょ。名字は何だったの?!」
「やめろ。殴るな、蹴るなッ。吉田だ、名字は吉田。吉田修太だ!」
「ほれみろ、お前も日本人じゃないの!」
暴力メガネ女は容赦なく俺を数発殴る蹴るして満足したのか、フンと鼻をひとつならしてメガネの位置を調整しやがった。
俺は殴られた頬を腕で拭いながら、睨み返してやった。畜生この暴力メガネ女め……
そんな俺たちのやり取りを見て。
「どれぇ、どれぇとガンギマリーは知り合いなのですか?」
「ええと何と説明したらいいのかな……」
「知り合いじゃないけど。あたしとコイツ、どうやら出身地が同じなのよ」
「ガンギマリーは貼るか異世界の生まれと言っていたけど、そうなのですか?」
ようじょの曇り無きまなこに見つめられて俺は言葉を失った。どうやって説明したものかな。
こうして俺は、このファンタジー世界に来てはじめて、同じ境遇の日本人に遭遇したのである。
◆
「お前、どうやってこの世界に来たのよ」
「バイト明けに地元の立ち飲み屋に行こうと思ってな。そこまでは覚えてるんだが、以後の記憶は曖昧だ。気がついたら辺境の村近くの林をさまよっていて、地元の木こりに捕まえられた」
「ふうん……」
「あんたは?」
「学校の帰りに気がついたら聖堂の中よ、この世界の教会ね。みんなが熱心に祈りを捧げているところに、あたしが降臨よ。修道会じゃ聖少女が降臨したとか大騒ぎになったんだから」
「なるほどな。全裸か?」
「全裸よ。けどメガネだけはかけてたけど……」
俺と雁木マリは、冒険者タグが完成したと呼ばれてとてとて受付カウンターに向かったようじょの留守中に、お互いが異世界にやってきた経緯を軽く確認していた。
ベンチに座るメガネ修道騎士女と全裸奴隷。メガネ女の手には俺の首から垂れ下がった鎖の先端がある。
「するとメガネは体の一部というわけか」
「知らないわよそんな事!」
何がそんなに気に入らないのか、右手を握りしめた雁木マリは俺を殴り飛ばそうとした。
おっと、毎回殴られるわけにはいかないぜ。
俺は華麗によけてやった。
「わたしは埼玉出身よ。高校一年生の十五歳の時に飛ばされて来たわ。今は十九歳ね」
「もう四年もこっちにいるのか、先輩だな。ええと俺は京都でフリーターをしていた、三二歳だ。出身はド田舎だが」
「フリーターねぇ。元の世界でも異世界でも社会のゴミだったのね」
「うるせぇわい」
偏見に満ちたジト目を送ってくる雁木マリに俺は力なく文句を言った。
「それで、どうして奴隷墜ちしたのよ。その捕まった村から売り飛ばされてきたの?」
「いや。村の用事で街まで出てきたんだけど、いろいろあって奴隷商人の手下をしている冒険者に当たり屋みたいな詐欺に持ち込まれてな……高価だという壷を割ってしまってこのザマだ」
「ふうん。お前とことん運が無いわね」
「街に俺の連れがいる。金は俺が持っていたんで、今頃路頭に迷ってるだろうよ。それに村には結婚したばかりの妻もいてなぁ……」
いろいろと情けない事を俺が説明していると、まるで興味なさげに雁木マリはあくびをした。
俺の話を聞けよ!
「ま、どうでもいいけど。今はッヨイの奴隷なんだから逃げるなんて事、考えないでね。逃げたら奴隷逃亡罪でお前、死刑よ……」
「そんな事言うなよ、同郷のよしみだろ? なあ」
「関係ないわよ。警察にでも相談したら? まあこの街に警察なんていないし、衛兵に相談してもこういうのは民事不介入ってやつかしら」
そんな知りたくなかった情報をつらつらと雁木マリに説明されて、俺はとても悲しい気分になったのでションボリした。
「どれぇ! どれぇ用の冒険者タグもらってきたよ」
「ありがとうございます。いただきます、いただきます」
カウンターから戻ってきたようじょが、冒険者タグを俺の首にかけてくれた。
ホント俺、これからどうなるんだよいったい……
「じゃあ。どれぇの武器を買って、家に帰りましょう!」
昼下がりの異世界午後。
冒険者ギルドを出た俺たちは、武器屋のあるストリートへと足を運ぶのだった。
鎖につながれた俺に視線が集まっている。
あんまり見るなよ恥ずかしい、奴隷ならこれが普通なんだろ?
ダンジョンで野垂れ死ぬわけにはいかないので、せめていい武器をようじょにおねだりしないとな!




