23 俺の村八分が街でも継続される訳がない 前編(※ 挿絵あり)
意識のトンネルを潜り抜けると、そこは異世界の牢屋だった。
「前にもこういう事があったな」
薄暗い石造りの部屋に、廊下に面して鉄格子がはまっている。
村の石塔地下にぶち込まれた時よりましなのは、手枷足枷を付けられていないという事だろうか。
しかし全裸だ。
あいつら、俺の装備を全部奪いやがった畜生め!
いや、畜生の扱いは俺の方だ。枷こそはめられていないが、檻に繋がれた家畜人間である。
せめて妻に土産を送った後に暴力沙汰に巻き込まれた事を感謝しなければならない。
俺は腫れ上がった顎をさわりながら胡坐をかいた。
まずここはどこだ。
周囲を見回しても、位置情報を得られるものは何もなかった。
せいぜい同じような造りをした石牢が廊下に沿って対面で並んでいる事だろう。
老人のうめき声の様なものがこの石牢長屋に時おり響いていた。
不気味だ。不気味過ぎて怖い。
鉄格子に身を乗り出して観察すると、ゴブリンが対面の石牢に居た。汚らしい格好で寝そべっている。俺の視線に気が付いたのか顔だけ少し持ち上げてチラリと見てきたが、それも一瞬の事だけ。すぐにもまた姿勢を調整したら寝入ってしまった。
何だこいつらは、奴隷か何かなのか。
しがみついていた鉄格子を離して、俺も姿勢を楽にした。
牢屋の背後には小さな蓋つきの窓があって、光が差し込んでいる。たぶんまだ陽の明るい時間帯だ。してみると、俺はチンピラ冒険者にボコられてから、まだ数時間しか経過していないという事だろう。あるいはまる一日が経過してしまったのだろうか。
考えてもはじまらんと思った俺は、向かいのゴブリンを見習って寝そべると、体力温存に励むことにした。
村で家畜小屋暮らしをしている時もそうだったが、無駄な体力を使うと翌日の活動に支障をきたす。
飯も水もまともに支給されるとも限らないからな。
しかし、昨晩したたかに酒を呑んだのもきっと今日不覚をとった原因のひとつかもしれない。
以後気をつけよう。
そんな事を考えてじっとしていると、金属の扉が開くような錆びついた音響が石牢長屋に響きわたった。
誰か来たな。
耳だけで俺はそんな事を考えながらも、相変わらずじっとしている。
するとコツコツと連なる複数の足音は俺の牢屋の前で止まった様である。
足音からすると三人、いや四人か。何人かつま先から足を下ろして歩いているところを見ると、何かの格闘技術の心得があるヤツがいる。
冒険者含む、だな。
「起きろ若造。旦那、こいつ寝てやがりますぜ」
「水でもぶっかけて起こしてやれ」
「へい」
いらっしゃいませ。ご指名は俺かな?
そんな風に考える余裕も無く、鉄格子ごしにビシャリとバケツを引っくり返した水に見舞われた。
野郎何しやがる! という時代劇ででも口にしそうなセリフが浮かんだが、俺はそれでもだんまりを決め込んでじっとしていた。
不意打ちを食らったとはいえ、朝に一方的にやられたのが癪にさわったのだ。
じっとしていれば牢の鍵を開けて、俺を起こすなり引っ張り出そうとするなり中に誰かが入ってくるはずだ。
「どうします、こいつピクリとも動きませんぜ」
「引っ張り出せ!」
男の質問と同時にガチャガチャと錠前をいじる音がして、ギイと鉄格子のドアが開いた。
気配が近づく。つま先から足を下ろしたな。こいつは冒険者だ。
そして俺の腕を掴んだ。
「さっさと起きやがれ!」
その瞬間、強烈な蹴りが尻にぶつけられるが、それと引き換えに俺は相手の腕を掴み返してやった。
尻などは多少蹴られたところで痛いだけでどうにでもなる。
だから俺はぐっと力を入れて、男が抵抗して腰だめになったの確認したらぐいと腕を引き込んで立ち上がってやった。
そのまま頭突きを相手の顎に入れてやる。
「ぐお、手前ぇ!」
「おらどうした、お返しだよ!」
ガツンと一発脳天に相手の顎が刺さったが、今は復讐する気まんまんで痛みは我慢できた。
そのまま横蹴りで檻の外側まで冒険者らしい男を蹴り飛ばしてやる。
連中の仲間だろうか視界に三人の男たちが見えた。
高価そうな赤のベストを着た男と、鎖帷子の冒険者が二人。彼らのうち冒険者のひとりが蹴飛ばされた男を抱き留めてくれる。
目の前の蹴飛ばしてやった男は見覚えがあった。
「おう、あんた。さっき俺の顎を殴ったヤツだな」
「てっ手前、殺してやる!」
「何だ、さっきは拳ひとつで殴り掛かったくせに、今度は剣とは物騒だな」
蹴られた男はやや痩せたスキンヘッドの男だ。
香港映画のスターみたいな筋肉をしてやがるが、こいつは俊敏なボクサータイプなのだろうか。
ちょっとやっかいだ。
「ヌプチャカーンさま。こいつぶっ殺してやりまさぁ」
「待て、こいつには話があるんだぞ。それに大切な商品だからな」
「へへっじゃあ半殺しで勘弁してやる。覚悟はできたか」
丸坊主ボクサーが啖呵を切ったが、さてどう処理する。
むかし俺は護身術の稽古に通っていたことがあるから、型だけならナイフ裁きは理解できるが。
「いいぜ。俺は丸裸だ。服なんか捨ててかかって来やがれ!」
俺が考えなしに余計な事を言うと「上等だおら!」などと安いセリフを飛ばして剣を放り投げ鎖帷子をご丁寧に脱ぎ捨てると、殴り掛かって来やがった。
逆上している。動きが緩慢だ馬鹿。
こんなところで長く暴れてもいい事は何もないので、相手の心臓をかき乱してやる。
相手は俺を最初に倒した時と同じ、振り込む様なフックの一撃。
一発もらうのは覚悟して、俺はみぞおちの上にある胸骨の中央下を一撃だけ拳を差し込んでやる事にした。
これで相手は動悸が著しく乱れる事になるだろう。しばらくまともに運動もできない。
へへ、ざまぁ。
ドンッと丸坊主野郎の胸骨下部を打ち抜くと、ほぼ同時にフックが俺の後頭部をかすめた。
どうやら俺の方が一歩前に踏み込めていたらしく、間一髪で一撃をもらわなくて済んだ。
代わりに倒れた丸坊主と入れ違いに二人の冒険者たちが牢屋に飛び込んできた。
当たり前だが俺はあっけなく制圧された。
空手家は一対一、冒険者は多数対一が基本だもんな。
数発ボコられて軽く抵抗したものの、高貴そうな服を着たおっさんの前に強制土下座をさせられてしまった。
「ヌプチャカーンさまの前だ、頭が高いぞ」
「今回はなかなかイキのいいのが手に入ったじゃないか。でかしたぞ」
「ありがとうございます。まさか拳一発で伸びたやつが牢屋の中で暴れるとは」
「冒険者か何かか」
「いえ。所持品を確認したところ、辺境の開拓村から出稼ぎに出ていた猟師という事です。もうひとり女がいるそうなので、そいつも捕まえれば儲けもんですねえ。げへへ」
「そうか。まあイキのいい奴隷は高く売れる。顔のいい女はもっと高く売れる。しかし国法は守らなければならん」
こいつら、奴隷狩りをしていたのか。
何が国法だ、俺を牢屋にぶち込んでおいて……
「お前、名前は何て言うんだ?」
「……シューターです」
元来こういう時にすぐペコペコする習性が飛び出て、俺は下手に名前を口にした。
そうすると高貴な男がしゃがんで来た。
俺の顎を引き上げると、声をかけてくる。
「わたしの名前はルトバユスキ=ヌプチュセイ=ヌプチャカーンだ。わかるか? ん?」
ぬ、ヌプなんだって? 長たらしい名なので覚えられず、俺は焦ってしまう。
「……ルトバユスキさん」
「ルトバユスキ=ヌプチュセイ=ヌプチャカーン、さまだ。馬鹿野郎!」
せき込みながら起き上った丸坊主に腹をしたたかに蹴り上げられた。
ぐぅ痛い。いつか仕返ししてやる。
「お前は、わたしの大切にしていた骨董品の壺を台無しにしたそうだな。ん?」
「そうですかね」
俺はあいまいに返事をした。
確かに丸坊主とぶつかって小さな壺を落とした事は確かだが、あれがそんなに高価なものには見えなかった。
もちろんファンタジー世界の価値観なんて知らない俺の見当違いかもしれないがね。
ただこれは絶対に、俺が元いた世界で当たり屋商法と呼んでいた様な詐欺まがいの方法だった。
「あの壺は大変気に入っていてね、無理を言って昵懇にしてた商会から譲ってもらったものだったのだよ。しめて辺境伯金貨で十枚、それがあの壺の価値というわけだ」
「な、なるほど」
絶対そんなわきゃねえ。
二束三文に決まってる、銅貨で数枚程度だ。あれは百均で売ってる壺みたいなもんだ!
だがそういう詐欺手法なのだ。
こんな異世界で価値もわからない俺に、それを確かめるすべはない。
「もう一度質問する。君は、わたしの壺を割った。間違いないね?」
「…………」
俺は言葉に窮した。俺が壺を割った事は間違いないだろう。しかし不可抗力だ。
ぶつかった拍子に割れたのであり、俺が割ろうとして割ったものでは断じてない。そればかりか、最初から割れてくださいと言わんばかりにあっさりと割れてしまったのだ。
ここでイエスと言ってしまえば、言質を取られてしまう。その後に待っているのは、とんでもない借金をふっかけられるという事実である。
「言え、言わなければツレの女に迷惑がかかるぜ?」
しかしこの現状、俺は否定するだけ無駄だと悟った。
俺がどう反応したところで籠の中の鳥、逃げられるものでない。ニシカさんにまで手を回されても困る。
「まあ、事実です」
「そこで君には代金を弁償してもらいたいんだが、金貨十枚払ってもらおうか」
「ざ、残念ながら今の俺には手持ちがありませんでね。そうだ、俺はこれから冒険者になろうと思っていたんですよね。少し、ほんの少しでも待っていただければ稼いでお返ししますよ」
「そう言って逃げる人間もいるからねえ……」
ルトバユスキさんは薄ら笑いを浮かべて俺を見た。
「君の持ち物を改めさせていただいたところ、身分を証明するものはおろか、所持金はわずか銀貨数枚というところだった。街の門で発行された通行手形だけだ。つまりこの街に戸籍が無い」
「確かに街の人間ではありません」
「他の荷物は短剣とギルド紹介状。その手紙には猟師とあったが違いないないかい?」
「はい。今は猟師見習いの身分でしたが、以前はえっと、戦士でした……」
みんなが俺の事を戦士と言っていたので、まあ間違いはないだろう。
「すると冒険者じゃないんだな? ん?」
「冒険者じゃありません。冒険者登録をする前に、こんな事になっちまいましてね。へへ」
俺は愛想笑いを浮かべてそう言った。
冒険者になっていたらギルドが守ってくれたのだろうかね。するとルトバユスキさんは革の巾着袋を弄びながら中にある貨幣をジャリジャリといわせた。
「そ、その銀貨は村の公金なんですよ。へへ、それを使い込んだら村長さまに殺されてしまいます」
「本当に公金なのかね? 言い逃れをするために言っているのではないかね? だがそれを調べるすべはないので、ひとまずわたしが預かっておこう。そうすると君はどうやって弁償してくれることになるのかな。壺を。ん?」
「…………」
あんなものは元いた世界じゃ梅干しの入っている壺。こっちの世界じゃ糞壺だ!
言い訳を考えろ。せめてこの場を切り抜ける方法を考えろ。こいつらさっき、奴隷どうのこうのと口にしたはずだ……
「そこでわたしから、君にひとつの提案があるのだけれどね」
「何ですかね」
お前たちは奴隷商人なんだろ……?
どうせロクな提案なはずがねえ。
「君の身代を代価に、壺の弁償をしてもらう、というのはどうだろうか。君はイキだけはいい様だから労働奴隷にはもってこいだろう」
「そ、そんな無法がまかり通るのかよ……」
「金が払えなければ、自らの体を差し出して金を作る。国法によっても認められている行為だよ? 君の村ではなかったかね、余剰労働力を奴隷として差し出すという事は」
「いや、あいにく景気のいい村だったんでね……」
「そうか、それは幸せな村で君はすごしてきたんだね」
ワイバーンとの戦いで多くの犠牲が出たぐらいだ。
人ではまるで足らない。奴隷を売るよりも買い付ける側じゃないかね、あの村は。
「しかし困ったねえ。君が奴隷となる事を拒否するというのなら、連れの女というのにでも肩代わりしてもらわないといけないわけだが……」
ニヤリとしたルトバユスキさんは居場所を言えと催促した。
馬鹿め誰が言うか。
「残念ながら街に出て来てからはぐれてしまいまして。そちらの冒険者さんたちと出くわした時には、女を探して途方に暮れていたところなんですよ。へへへ」
「本当かね?」
「もちろん本当ですとも。そ、それに女は同じ村の出身というだけで、特に関係があるわけじゃないですしね。あの女は俺の事なんて助けてはくれやしないですよ。すいませんねぇ」
疑いの目を向けるルトバユスキさんに、俺は必死で抗弁した。
ニシカさんに迷惑をかけるわけにいかない、と言うよりも、そこから情報が村に流れて居残っている妻に迷惑がかかるのも怖い。
だが、これもルトバユスキさんの手法なんだろう。俺が自分から奴隷になる事を言わせるための。
「わかりました、俺を奴隷にしてください。自分の体で代金を支払います」
だが飲むしかない。
こんな調子で田舎から出てきた人間を奴隷に嵌め落としているのだとしたら、サルワタの森以外を知らないニシカさんは、余裕で奴隷堕ちしてしまうか、暴れて官憲のお世話になってしまうのは目に見えている。
「では契約は成立だ。君は自身を代価に壺を弁償した、奴隷契約書を作ろうか。これにサインしてくれたまえ」
「字は、読み書きできません」
「なに簡単だ。拇印を押してくれればそれでいい」
冒険者たちが俺の右手を出させ、親指を短剣で斬られた。
血が滲むと、ルトバユスキさんの持っていた羊皮紙の様な紙に捺印させられる。
「もういい、用は済んだ」
「こんの田舎者が!」
俺が愛想笑いを浮かべてルトバユスキさんを見上げたところ、彼は奴隷契約書をヒラヒラとさせて部下の冒険者に指示を飛ばす。
ドカリと顔面を蹴り潰されて、ふたたび俺の意識は暗転した。
◆
「喜べ、さっそくにもお前の買い手候補のお客様が見つかったぞ」
鏡を見ればさぞかし立派なイケメンになったであろう俺は、水をぶっかけられて目を覚ました。
今度はありがたい事に手枷足枷がはめられている。腹いせにこの前暴れたからな。
無理やり牢屋から引きずり出された俺は、廊下を急かして歩かされて外に出た。石牢長屋を去り際に、牢に繋がれた何人かの視線が飛んできた。連中は塩漬けにされていた奴隷だろうに、何で来たばっかりの俺が売れたのだろうか。連中は可哀想なものでも見る様に俺を眺めていた。畜生め。
庭に出ると大量の水を桶でぶっかけられて、蹴飛ばされるとモップで体を洗われる。
次に俺は庭に刺さっている一本の柱に縛り付けられて、頬の無精ヒゲを剃り落された。
まだ体も乾かないうちに引きずられて、客の待つという部屋に全裸で連れていかれたのである。
むかし俺は派遣会社に登録して、来る日も来る日も配送センターで荷物を運ぶ仕事をしていた。集配の荷物を一時預かりする中継基地だ。主に盆暮れのお中元お歳暮の季節によく働いたものだ。
場所はその時々でまちまちだったが、安い賃金で働かされる俺たちは不満のひとつでも言うならすぐに派遣先から会社に苦情が行って首になってしまう。
ある時、バイト帰りに俺が派遣先近くの居酒屋で飲んでいた時の事だ。派遣元と派遣先の会社の担当者がそろってビールを不味そうに飲んでいる姿を目撃した。
その時に派遣元の若い担当者が言った言葉は今でも忘れない。
――世の中、一番儲かる商売は人身売買つまり奴隷商売なんですよ。合法のね、それが人材派遣会社です。
俺は恐ろしい言葉を聞いたとその時思ったものだが、きっとそれは事実なんだろう。
たぶんルトバユスキさんだったか、あの高貴な男の商売もとても儲かるはずだ。壺を潰して弁償のできない俺みたいな人間が、何とか代金を稼ぐために身を落として稼ぐのだ。
壺代は二束三文。元いた世界で払えない家賃や税金も、せいぜい長い年月で見れば安い金だ。だがそれが払えなくて、俺たちは奴隷身分となって、人身売買されていく。
「へぇ、これがイチオシ奴隷戦士さんですか? しっかり体が引き締まっていて、タフそうだなのです。少々傷があるのが考え物だけど、これくらいはガンギマリーが治せるのです」
甲高い声が背後から聞こえた。
連れてこられた部屋に、買い手のお客様が見えたのだろう。
女? 子供? わからない。もしかしたらそういう種族なのかもしれない。
ルトバユスキの部下に頭を押さえられて首を垂れていると、お客さまの方が正面に回って来たらしい。
小首を傾げながら俺の顔を覗き込んできた。
「どれぇ! お名前は何というのですか?」
少女。もとい、ようじょだこれ!
読者様からのご指摘内容を改善・補完するため、8/3に加筆修正を加えました。




