20 俺は裸と裸のお付き合いをする
宿屋、喜びの唄亭に戻った俺たちは、それぞれの部屋にもどった。
ギムルは四畳半ほどだがちゃんとしたシングルの部屋。木でこしらえたベッドに、机と椅子がちゃんとあるまともなビジネスクラス。
俺たちの部屋は三畳一間に釣り床二段ベッドだ。机と椅子なんて豪華なものは無くて、部屋の中には灯りもない。
唯一部屋に光源をもたらしてくれる窓は、まだまだ宵の口とばかり人々の往来と喧噪を風に乗せてもたらす。道沿いの灯りがわずかに俺たちの足元を照らしてくれた。
「どっちにする。オレは断然上がいいぜ!」
「どっちでもいいですけどね。俺は下がいいかな」
何の話かと言えば、上下段どちらで自分が寝るのかである。
むかし俺がとある料理屋の住み込みをしていた頃の話だが、先輩料理人は必ず二段、三段ベッドの下を使っていた。
寝ぼけている時に、小さなはしごの上り下りはとても面倒くさかったからだ。必ず悪酔いする人間が出て来て、ベッドに登れないやつが現れる。
先輩たちはそういう事を経験的に心得ているから、新しい部屋割りになるとすぐに下の段を希望する。あるいはベテランの料理人が抜けると、ベッドの下段にお引越しをするわけである。
ところでこの喜びの唄亭の二段ベッドには、はしごが無かった。
とても不親切だが、もし選べば自力でこの上に登らなければならないわけである。呑むなら下の段の方が楽なんだよね……
「じゃあオレ様が上だ! シューターはオレ様に見下ろされながら生活をするわけだぜ。あっはっは」
「馬鹿となんとかは高いところが好きなんて言葉が、俺の故郷にあります」
「ばっ馬鹿となんとかって何だよ!」
「阿呆だったかな? 間抜けだったかな?」
「なんだテメェ、オレを今馬鹿にしたな? オレはサルワタ一番の飛龍殺しだぞ! オレの二つ名を言ってみろ!」
「赤鼻かな?」
「キーッ!!!」
そう返事した俺にとても怒ったニシカさんがぽこぽこ拳を振り回すのを無視して、俺はぬるま湯の入ったオケを廊下から持ち込んだ。
「何だお前、何で服を脱ぐ」
「体をふくんです」
受付カウンターにいたゴブリンの番台さんに、代金を払って湯を購入したのだ。
清潔な布とへちまのたわし、そして湯は体を綺麗にするためのセットである。
ニシカさんが落ち着くまで相手にしていたら、せっかくのお湯がもったいない。そう思って俺はさっさと服を脱ぎだした。
普段から村では全裸だったので、今さら見られたってどうってことはない。
ついでにニシカさんを軽くからかってやるつもりだったのだ。
「そうだな、湯が冷めないうちに体を洗わないと風邪ひくもんな」
「え? ええええ?」
ところが同時にニシカさんまで脱ぎだした。
チョッキを脱いで釣り床に放り投げると、革のホットパンツに手をかけ、そしてブラウスのボタンを外す。
よく見るとブラウスのボタンは小さな獣の牙を削り出したものらしくおしゃれだった。
ブラウスのボタンを外し終わったところで、ぴたりと手を止めた。
お、先にパンツを脱ぐか。重畳。
ヒモパンはこのファンタジー世界では標準装備なのかと思っていると、最後にブラウスを脱いだ。
ぶるりん。
裸と裸のお付き合い。
そんなわきゃねえ!
「おい、背中を流してやるから座れ」
「えーでも俺。妻を村に残している身分ですので」
「だから小奇麗にしとけって言ってるんだよ。おう、帰る前に街で服を買うといいぞ」
「そうですね。妻への土産と自分の服と、って。やばくないですかね」
「いいから座れ! 湯が冷めちまう」
椅子も無い狭い部屋なので、桶のふちに腰を下ろした。
ケツに食い込むが少々のガマン。
前髪をピンか何かでとめる様にして腕を上げたニシカさんのわきが見えた。わき毛だ。異世界人はわき毛を処理しないらしい。
俺は新しいフェチに芽生えそうになった。
「前は自分で洗えよ」
「わ、わかっています」
湯をしぼったへちまのたわしをひとつ、ニシカさんがよこした。
そして俺の背中にニシカさんのたわしが這う。
「あの、あんまり優しく撫でられると気持ちよくなってしまうんですけど」
「体を洗ってさっぱり気持ちよくなるのは当たり前だろうが。こそばゆいなら我慢しろよー」
「同じところを何度もやるのは、なんでなんでしょうね」
「しっかり垢を落とすためだよバッカ。しかしシューター、お前無駄に背中デカいな」
「男ですからね。男の背中はデカいもんです」
この部屋は暗いからいい。
暗くなければもっと俺は興奮したかもしれない。いや、暗いので余計に今興奮しているのかもしれない。
しかしこれはこの世界で普通の事なのだろうか。
俺は恥ずかしながら大人になってこのかた、浅い関係の女性と一つ屋根の下で過ごしたことはない。
つまり浅い関係の異性と浅からぬ中になった事が無いわけだ。
遊びダメ絶対、といよりも遊ぶ金モッタイナイ。
フリーターはお金に余裕が無いのでこれはしょうがないのだ。
「よし交代だ。今度はお前がオレの背中を洗っておくれよ」
「え、いいんですかね。俺頑張っちゃいますよ?」
「当たり前だろ、ギブアンドテイクだぜ。やれよな」
振り返りざま。暗がりの中でニシカさんの暴力的な胸が見えた。
暗いのが憎たらしかった。
「俺、何やってるんでしょうね。妻の柔肌にも触れたことが無いのに、ニシカさんの背中流してるんですよ」
「こんぐらい普通だろ。別にやましい事やってるわけじゃねえし、お前なんか全裸を貴ぶ部族出身のくせに」
「ご、誤解ですよ。裸は女性に限るのです!」
最後に足を湯につけて、よくほぐしながら洗う。
そんな事をやっていると、ドンドン、と宿部屋のドアを叩く音がして、勝手にドアが解放された。
ちょっと待って俺たち今全裸なんですよ特にニシカさん全裸!
プライバシーもへったくれもない異世界人は誰だとあわてて視線を送ると、犯人はギムルだった。
「ぎ、ギムルさん?!」
「おう。シューターお前に話がある」
「ようギムルの旦那。オレたちゃ風呂の最中だからちょっと待ってくれ」
「わかった。後で俺の部屋に来い」
ギィバタン。
何もおかしいことはないという風にギムルは去って行った。
「へ、変な誤解とかされてないでしょうね。俺には新妻がいるんです」
「何か問題があるのか?」
「問題があったら問題なんですよ!」
俺はとても恥かしい気分になって桶から飛び出すと服を着た。




