19 やはり俺が着衣するのは間違っている
「どういう事ですか試合って」
「言葉通り、お前が軽く揉んでやって相手の腕前を確認してくれればいい。簡単な仕事だ」
ビールをグビリとひと口含んだギムルに向かって、俺は抗議した。
揉んでくれとか簡単な事を言ってくれるじゃないの! 相手は冒険者なんだろ?
「いいですか、俺は妻の胸もまだ揉んだ事が無いんですよ! 荒くれどもの冒険者の相手だなんて冗談じゃない。揉むどころか揉まれて死にますよ。ニシカさんも何とか言ってくださいよ!」
「お、お願いされてもオレの胸は揉ませないからなっ!」
酔った赤鼻のニシカさんはおかしなことを言っていた。
「何をビビる事があるか。お前は以前、天秤棒で俺を倒したことがあっただろう。あれと同じことをやればいい。面接では全力で志願者が襲い掛かってくるから、それを倒せばいいのだ」
「全力の相手に天秤棒なのかよ。他の武器はないのかよ」
「心配するな。相手が怪我をしても、新鮮なうちはギルドの司祭が治療して来るからな」
こいつ意趣返しのつもりか。
以前俺がボコった事を根に持ってるんじゃねえだろな?!
俺が不信感いっぱいの視線をギムルに送ると、筋骨隆々の肩をゆすってギムルが白い歯を見せた。
「お前は強い。我が村一番の優秀な戦士だからな、期待している」
その白い歯の意味はどっちだよ?! 恨みか? 期待か?!
◆
「お前から来ねぇなら、こっちから行くぞ。おらぁ!」
上半身裸の男が鉞をぐいんと頭上で山をきって、咆えた。
でかい、この男やはりアメリカのプロレスラーみたいな体格だ。身長は一九〇センチは間違いなくあるんじゃないだろうかという巨漢で、のっそりとした動きで攻め立ててきた。
冗談じゃない!
むかし俺はある空手団体の強化選手のスパーリングパートナー兼トレーナーをやっていた事がある。
強化選手と言えば全国大会でも優秀な成績を残せる猛者だが、そんなのを相手に朝から晩まで練習に付き合わされたのはとてもいい迷惑だった。
何しろ俺は県大会三位どまりの雑魚だからな、しかも型の方が専門だ。
しかし型が得意であるという事は自分自身の所作が基本に忠実であり、裏返せば選手の動きをしっかりと指摘できる。
確かに俺が村のために常駐させる冒険者選びを任されたのは正しい適材適所なんだろう。
だが、痛いのは誰だっていやだ。
強化選手のスパーリングパートナーをやっていた頃、俺は打ち身や筋肉痛に耐えかねて、象やサイとか大型草食哺乳類に使うという動物用軟膏が手放せなかったものだ。
大型動物用軟膏だぞ?!
と、警戒していたが拍子抜けだった。
鉞はもちろん、本物の武器である。
半裸冒険者はタッパもあり、筋力も優れていた。それを最大限に生かす武器として鉞はよく考えられた獲物だと言えるだろう。
格闘技や武道が大好きで、さまざまな経験をしていた俺が応用が利く棒術に頼るのと似ているだろう。
ただしこの半裸冒険者は普段めっぽう力任せの戦い方をしていると見えて、やや動きが粗雑で、腰の落とし具合も緩慢だ。
冷静になれば最初の初撃は避けられた。
「殺す気か!」
それでもあたれば腕一本ぐらいバッサリやられかねないので、こちらも必死だ。
怯えが出るとこちらも一気に動きが硬くなるので、自分に俺は大丈夫だと言い聞かせながら一歩踏み込んで戦う事にした。
鉞は、言わば棒の柄の先端に斧刃がついているロングリーチの武器だ。
相手の懐に入ってしまえば、先端の重みで一撃を決めるタイプのあの武器は威力半減である。
足払いで転ばすのもいい。
そんな事を考えながら、俺は無意識に体を動かしていた。
むかし取った杵柄というやつで、何度も練習した動きは簡単に体から抜け落ちないらしい。
袈裟にぶるんと振り回されると、一歩下がりながら天秤棒で払い、前に踏み込み返す。
相手が胴薙ぎにもう一撃かまそうとするところを、棒の柄で脇腹を突く。
痛かろう。「ぬおっ」とか悲鳴を上げた冒険者に、俺はそのまま体重を乗せて押し込んでやった。
冒険者は転がった。
「やったなシューター! お前、さすが戦士だけあって強いじゃねえか!」
まるで他人事、ビールジョッキを天に突き上げて喜ぶ赤鼻ニシカさんを無視して、俺は冒険者を助け起こした。
「いつつっ、すまん助かる」
「あんたもなかなか剛腕だったな。もう少し足腰を鍛えると縦深の戦い方が楽になるぞ」
「そうか。足腰か」
「足腰は武器を扱う基本だからな」
そんな短いやり取りを半裸の巨漢と交わして、握手した。
こんなタイプの男はたぶんゴロゴロいるだろうから、採用するかは保留だ。
ちょっと面接官をやるのが楽しくなってきた俺は、ギムルと目くばせして「これでいいか?」と確認の視線を送った。
「次は女だ。細剣の使い手だが、お前はそのまま天秤棒でいくのか」
「マジかよ女かよ。いや、腰の短剣でお願いします」
でっかい半裸中年冒険者にかわって、今度は女だ。
村に現れた冒険者がバイキング仕様だったので、女冒険者は珍しいのかと思っていたが。
うん。ヴィーナスやヴァルキリーという言葉で想像できる女性像を期待してはいけないな。
アマゾン。アマゾネス。いやカマゾネス?!
痩せてはいるが短髪で、男みたいな体格だ。顔も男だ。
よく見たらヒゲが生えているんじゃないかと疑ってしまう様なオトコマエだ。そのおっぱいは大胸筋プロテクトと呼ぶべきだ!
「あんたを倒せばあたしは採用なのかい?」
「お手柔らかにお願いします」
「フン、あたしに勝とうなんて思っているのか。十年早いよ!」
言葉とともに切りかかって来るカマゾンさんの一撃は鋭かった。
やばい。
突きを主体として足さばきも軽やかに。攻守の連係ができている。俺はあわてて縦深の攻撃に対応する様に体裁きの動きを心がけた。円だ。相手が来たら、相手の斜め前に出る。
これで逃げ切るぞ!
と思っていたら、チョッキの前を細剣が走り抜けた。
「どうした。攻めてこないのかい?」
「ひい。このひと殺す気マンマンなんですけど?」
「逃げ続けるなら服をズタズタにしてやるよ!」
「冗談じゃねえ!」
メスゴリラはその体格に似あわない細い剣で、今度は確実に喉元を狙ってくる、と見せかけてフェイントだ。
今度は脇腹あたりに剣先を差し込んできた。
俺は咄嗟に短剣で払ったが、大事な狐毛の腰巻きのファーが数十本切り取られた。
やめろ! やめてくれ!
また服が台無しになってしまう。俺の一張羅だぞ!
「待った、タンマ、ストップストップ!!」
「どうした降参かい? 案外あっさり負けを認めたね」
「違うんです。ちょっとタイムです。まず服を脱ぎます。それから次に俺も本気を出します!」
あわてて両手を広げてオトコマエな姉さんの動きを封じると、チョッキと腰巻きを外した。
愛妻に縫ってもらったヒモパンは絶対に失わせない。
せっかくのヒモパンが台無しになったら、妻に合わせる顔が無いじゃないか。
「よしこれでいい」
脱いだ服を丸めてニシカさんに渡すと、酔っているのか鼻先だけでなく頬まで赤くなった彼女が驚いた顔をしていた。
「早く受け取ってくださいよニシカさん。相手を待たせてるんです」
「え、だってでも。何でパンツをオレに渡すんだ。脱ぎたてだぞこれっ」
「いいからはやく」
俺は身軽になったその姿で、首に紅スカーフと短剣一本という出で立ちで改めて勝負を再開した。
「お待たせしました。さあ、いつでもどこからでもかかってきなさい!」
「キャァー変態!!」
都会の女冒険者は案外ウブらしい。
◆
という具合に冒険者を相手にし終わった。
宿屋に帰る道すがら。
ギムルと相談しながら誰を選ぶのか、あるいはもっと他を探すのか話し合った。
「冒険者に求められる基準か?」
「そうです。ただ強いだけなら、たぶんあのカマゾン……いえメスゴリ……お名前何でしたっけ」
「エレクトラだ」
「そう、あの細剣の遣い手のエレクトラさんが一番だと思うわけですよ」
ただ腕っぷしがあるとか、対人戦に優れているとかだけじゃ駄目なんじゃないかと思う。むしろ冒険者には村周辺のモンスターの相手もしてもらわなくちゃいけない。
「そういう意味では問題を起こさない人間を雇い入れるのがいいな」
「けどよぅ、冒険者ってのはどいつもこいつも荒くれ者なんだろ?」
「確かにそうだ。贅沢は言えない」
ギムルとニシカさんが言い合う。
冒険者はやっぱり荒くれぞろいだよな。確かに贅沢は言えない。
「まあ、あの二人は面接をした後の態度も悪いものではなかったですよ」
「うむ。エレクトラはそれどころではなかったが」
喜びの唄亭の前に到着する。
「では明日、採用の話をあの二人に告げよう。後は引き続きもう少しだけ使えそうな人間をあたってくれ」
「わかりました。俺たちいつまで街で過ごすんですかね。帰るなら妻にお土産を買いたいんですよ」
「そうだな! まだブルカに来て一日だし、オレ様もまだ街の観光を十分に堪能してないぞ」
ニシカさんが名残惜しそうに言った。
「俺は冒険者ふたりと先に村にもどる。お前はこの街にしばらく残れ」
「え?」
「さっきも言ったが、冒険者を探すのに専念しろ。猟師と開拓移民については、すぐに集まるものではないのでこのまま冒険者ギルドで募集をかけてもらう。だが、よそ者を招き入れるのは慎重でなければならない。お前の眼で、できるだけ村でやっていけそうな人間を見定めてくれ」
「え、ええそれはもう」
「猟師と開拓団については進捗があれば、伝書鳩を使え。冒険者ギルドに鳩舎がある」
「わかりました……けど、ギムルさんの護衛はどうすれば?」
「これから雇う冒険者がいるだろう。護衛は問題ない」
そう言ってギムルさんが皮の巾着袋を俺に出した。
ずっしりと重い。
中を見ればさすがに金貨というわけではなかったが、修道なんとか銀貨と呼ばれていたものと、また別の銀貨、銅貨が詰まっていた。
「滞在の駄賃だ。足りない分は自弁で何とか稼げ。ここで仕事をこなせば、村長から別の報酬が出るだろう」
「いいんですかこんなに」
「逃げるなよ。逃げれば追ってをかける」
「……しませんよ、そんな事」
俺は脳裏に、おっさんに逃げる計画を持ちかけられたことを思い出してぞっとした。
ギムルが頭の上で腕を組んでいたニシカさんを見やった。腕を持ち上げると、胸が天を突いておるわ。
でかい迫真。
「赤鼻、お前はどうするつもりだ?」
「しばらくブルカを観光して堪能したら、集落に帰るぜ」
「金はどうするんだ?」
「シューターが持ってるだろ?」
「これは俺のですから……」
ニシカさん、今後も俺にたかるつもりだったのかよ!
「お前は自弁で何とかしろ」
「えー何でだよ! 差別だろ絶対! 何でシューターだけいいんだよ?!」
「駄目だ。これは公金だ」
ニシカさんはとても悲しい顔をして、宿の相部屋へと戻って行った。
悲し顔したって、絶対同情しないんだからなっ。酒は奢ってやらないんだからな!




