18 俺たちの旅ははじまったばかりだ 後編
総合評価3000ポイントありがとうございます!
楽しく書いたものを、楽しく読んで頂けて本当に感謝です!
午後の昼下がり、俺たちは宿屋・喜びの唄停を出て飯にする。
食堂の様なところに行くのかと思ったら、屋台の買い食いだった。
空き樽に腰かけて、硬いパンに肉を挟んだだけのサンドイッチみたいなのと、野菜の煮込みスープを回し飲みした。
この世界の豆知識だが、野菜は絶対に生で食べない。
寄生虫や病原菌が恐ろしいので、必ず火を通すのである。
アテが外れたのかニシカさんはご不満の様だ。
「都会の飯はもっと美味いと思ったが、たいしたことねぇな」
「いい店に入れば、いいものが食えるんでしょうけどね。酒場とか行ってみたいですねぇ」
「酒場!」
ばるんと胸を揺さぶってニシカさんが歓喜したが、あえなくギムルが否定する。
「駄目だ。まだ時間があるので、これから冒険者ギルドに行く」
「おい馬鹿言っちゃいけない。酒の一杯ぐらいは引っ掛けたって問題ないだろう」
「駄目だ。お前は無一文でここに来ているのだ。誰が宿賃を払っていると思ってるんだ」
ふたりのやり取りを見ながら、おれはぶどう酒をすすった。
「何でシューターだけぶどう酒を呑んでるんだ! オレ様にも呑ませやがれ!」
「いやこれは自分の金で呑んでますから」
いきなりニシカさんに絡まれたのできっぱり否定する。
金は女村長が手間賃といって工面してくれた銅貨である。誰がやるか。
「おい、何だっけ。こ、こういう時は損して得取れだぞ。ここはひとつ黙ってオレに酒をおごれ」
「何言ってるんだあんたは」
「ここで損した気分になるかもしれないが、オレに後で何か要求しろ。そしたらお前は幸せになれる」
「はあ、さっきの商会の話ですか」
「だから今はまずオレをだな。幸せにさせるんだ」
ワイバーン狩りで見せた頼もしさはどこへやら、鱗裂きとは思えない様なセコい口上を口にしたニシカさんにオレはあきれて、ぶどう酒の瓶を差し出した。
「もういいです。後はニシカさんが呑んでくださいよ。俺はもう喉を潤したんで」
「いいのか? 本当にいいのか?! あっ後で返せとか言ってももうオレのもんだからなっ」
「言わないですよ。そのかわり後日、得を取ります」
ニシカさんは大変嬉しそうに瓶を受け取ると、ひといきにグビグビ煽った。
クックック、今度何してもらおうかな。
「うまい!」
「この女は赤鼻のニシカなんてふたつ名があってな、酒が好物なんだ」
「その様ですね。それにしても赤鼻のニシカか。鱗裂きよりそっちの方がぴったりですね」
「しかも酒にだらしない。あまり呑ませるなよ」
さて、俺たちはお仕事にとりかかりましょうかね。
冒険者ギルドに行き、腕利きの猟師とか紹介してもらわないといけない。
「おい、冒険者ギルドには酒場があると聞いたぞ! ギムルそこで呑もうぜ!」
赤鼻のニシカ駄目だこれ……
◆
冒険者ギルドという場所は、はじめ俺の頭の中で西部劇の酒場風のイメージがあったのだが、半分あたっている様で半分間違っていた。
銀行の窓口みたいな場所だ。
なんでも、もともと冒険者ギルドの出発点は、職業案内所だったそうだ。
日銭暮らしをしている無頼の傭兵や冒険者たち、はたまた雇われ人足や猟師たちの集まる場所だったのだ。
建物の造りは西部劇の酒場か娼館みたいな風になっているんだが、壁とその他にパーテーションがあって、そこにところ狭しと掲示板が張り出されている。
カウンターはモンスターをハントするゲームの様に受付嬢がいるわけではなく、どちらかというと商人風の口の立つ男性が多い様だった。
このカウンターと別に、相談員みたいなのが座っている場所があって、そこにも人間が何人かいる。
もっと村にやってきたバイキングみたいな冒険者どもがひしめきあっている場所を想像したのに、普通の民間人の老若男女も結構あつまっていた。
なるほど冒険者ギルドとして機能しながらも、かつての職業案内所としても引き続き機能しているのか。
「酒場はどこにあるんだ。酒の臭いがしないぞ?」
キョロキョロと辺りを見回しているニシカさんを無視して、俺たちは予定を詰めた。
「これから俺は相談員のところに事情を話しに行く。しばらく時間がかかるから、隣でニシカの相手をしているといい」
「事情というと、猟師と開拓団の話をですか。どっちかと言うと俺もそっちの方が気になるんですよねえ」
「しかし赤鼻をひとりにもさせられないだろう」
「おい、酒場に行くのか? なぁ少しだけでいい、呑んでもいいだろう? なあ」
「確かにそうですね。赤鼻さん行きますよ、場所は隣の建物でしたね?」
俺の腕をグイグイ引っ張るニシカさんを連れて、ギムルと別れた。
「おい知ってるかシューター、街ではビールが飲めるらしいぞ。村ではぶどう酒と芋酒ばかりだからな。オレはいい酒が飲みたいぞ」
「一杯だけですよ? 俺だって金の使い道は決まっているんだから」
皮の巾着袋をジャリンと言わせて、しなをつくって上目遣いをしてくるニシカさんをけん制した。
「わ、わかってるって。噂のビールを、一杯だけな。あと何かツマミがあればオレはそれで満足だ」
「へいへいわかりました。その代わり今度、風の魔法も教えてくださいよ。さっきの貸しとは別にです」
「いいだろう。お前が使いこなせるならな」
本当は村長の命令で、新しく猟師たちのリーダーになり忙しくなったッワクワクゴロさんに代わって、ニシカさんが俺の教育係になっているのを俺は知っていた。
こんなビール一杯で取引をしなくたって、本当は当然の権利として狩猟技術を教えてもらえるはずなのだが、ここは人と人の関係である。
という訳でギルドに隣接する建物に来ると、カウンターで代金を払い酒と味の濃い干し肉を受け取った。
俺たちはそのまま丸太を加工して作ったテーブルと椅子に座る。
不味い。
ビールはぬるくて不味かった。
不純物も多く、何だか濁っているのもいただけない。
ジョッキは樽と金具でこさえた、いかにもドイツかどこか風の雰囲気のあるものなのだが、そもそも俺はラガービールで育ったのだ。
あるいは贅沢をする時にベルギービールを飲んだりするのが楽しみだった。
しかしこれは、よくわからない発泡した麦酒にサクランボを付け込んだ謎のドリンコだ。
「いいじゃねえか。このビールってのは芋とぶどう以外の味がついてるぞ!」
「そうですかよかったですね。俺のも呑みますか?」
「マジかよ。じゃあありがたくもらおうか」
遠慮の欠片も無いニシカさんにビールを差し出して、俺は味の濃い干し肉をぼそぼそと噛んだ。
ビーフジャーキーを期待したが、こっちもスルメみたいな味でがっかりだ。
悲しくなった俺は、ニシカさんがテーブルに置いた水筒の水を飲んで噴き出した。
「焼酎だコレ!」
さすが赤鼻ニシカ。侮れないぜ。
しばらくすると。
しかめ面したギムルが、自分のジョッキを持って俺たちのところに合流してきた。
「要件は済みましたか?」
「ああ、欲しい人員の募集を貼りだしてもらう様に手配した」
「それは何よりですね。これで村に戻るんですか?」
「そうしたいのだが、このまま村の開拓を本格的にやっていくのなら、村にもギルドの出張所を置くべきではないかと言われた」
「冒険者ギルドの、ですか」
「そうだ。毎回街に人を派遣してもらうより、何人か常駐の冒険者を置く方が都合がいいというのだ。例のワイバーンの事もあるしな」
ぐびぐびとビールを煽ってい泡を服の袖でふいたギムルを見て、俺は返事をした。
俺の隣のニシカさんは、相変わらずビールを「うまい、うまい」と言って飲んでいるので無視をする。
「今後も開拓を続けると、ワイバーンと遭遇する機会が増えるかもしれませんしね。ユルドラさんでしたか、妻の父親の事もありますし」
これは飲んだくれのニシカさんが以前言っていた事だったか。開拓が進んで獲物がバッティングする様になったワイバーンと人間が、こうしてたびたび遭遇しているのだと。
「そうだ。そこでお前の出番だ」
「?」
「村の基盤となる敷地と開墾は、すでに三〇年をかけて義母上と死んだ親父が成し遂げた。後は開拓を推し進めるために移民を募る必要があり、移民を護衛するためには冒険者はやはり村に欲しい。だが誰でもいいという訳ではない」
「すると俺が冒険者になるという訳ですかね?」
「それもいいだろう、村長が許すならばな。だがそれよりも、お前の戦士の腕を見込んで、何人か面接をしてもらいたい」
「はあ」
「ようは試合の相手をすればいい」
「え? 俺がですか?」
俺は素っ頓狂な声を出した。
ニシカさんは隣で干し肉をかじっていた。
◆
俺は今、天秤棒をもって立っている。
「おう、いつでもかかってこいや」
そして目の前にはバイキングの様なヒゲ面の中年がいる。
上半身裸だが、ムキムキである。アメリカのプロレスラーみたいな体型だった。
ここはギルドの裏にある練兵場、俺は猟師スタイルで武器は天秤棒。
相手は鉞だ。
ちょっと武器が違いすぎやしませんかね?
天秤棒じゃバキっと折れてしまいませんかね?
「よし、シューターよ。軽く相手をしてやれ!」
お前ギムル他人事だと思って適当こいてんじゃねえよ! お前がやれよ!
ニシカさんはビールジョッキを片手に「うまい、うまい」と言っていた……
助けてよ!




