17 俺たちの旅ははじまったばかりだ 前編
ブルカの街に入る検問を前に、俺は自分の身だしなみを改めた。
上着は嫁の亡き父から受け継いだお下がりのチョッキ(残り二枚のうちのひとつ)、下は嫁のこさえたヒモパン、プラスで狐皮の腰巻きである。
その他に旅装束としてポンチョを羽織っており、それからいつもの狩猟道具を最低限持っていた。短弓と短剣は持参だが、手槍は街で不必要と判断して持ってきてはいない。
季節は春。少々薄着すぎるんじゃないかと思うが、全裸だった以前の事を考えれば立派な村人猟師だ。
街でもたぶんきっとおかしくないはず。
俺が自分の格好を気にしながらファッションモデルよろしくグルリと回っていると、馬車の御者台に座っていたギムルが胡乱な視線を送って来た。
「馬車からわざわざ降りたと思ったら、何をやっているのだお前は」
「いや、この格好は変じゃないですかね?」
「全裸男だった分際で、何を今さら言っている」
「そんな事言ったって俺は好きで全裸だったわけじゃないですからね。ッンナニワさんに身ぐるみはがされたから全裸だったんだ」
「馬鹿を言うな、お前は最初から全裸で森をさまよっていたぞ」
「えっ?」
それは知らなかった。
俺はてっきり異世界に迷い込んだ時に、元着ていたシャツに作業ズボンの格好をしていたとばっかり思っていたのだが。
すると俺は異世界にやって来た時、全裸になって登場したのか。やっぱり転移じゃなくて転生だったのかな。
おっさんで生まれ変わるとか……神様ひどい。人生しっかりリセットしてから生まれ変わらせて!
「だからてっきり、お前は全裸を貴ぶ部族の生まれだと思っていたぞ」
「そんなわきゃあない。俺が元いた場所じゃ、全裸は犯罪でした」
「なら、街でも気を付ける事だな。全裸でうろついているのは奴隷身分の者たちか、頭のおかしい賢者どもだけだ」
呆れた顔をしたギムルが忠告をくれた。
しかし、頭がおかしいのに賢者とはこれいかに。
ただまあ、全裸でも国法に触れるというわけじゃないのだけはありがたいな。いつまた何時、全裸になるか知れないしな!
などと糞真面目に俺が考え事をしていると、
「おい、このまま街に入るのか。オレはまだ心の準備ができてないぜ」
鱗裂きのニシカともあろうひとが、その身を震わせながら俺にしがみついてきた。
片眼を潤ませて、俺の腕に豊乳を押し付けてくるの、やめなさい。
この世界にはブラジャーなんてものはないんだから、衣服を通しても限りなくお肉の感触が俺へとアプローチしてくるのだからな。
俺の股間が御柱祭になりそうになったので、あわててフォローした。
「落ち着いてくださいニシカさん。堂々としていないと飛龍殺しの名が泣きますよ? それでギムルさん。この検問で何をするんですかね?」
「通常なら税を納めるのだが、俺たちには村長の委任状があるので関税の類は免除される。簡単な持ち物チェックで通過できるはずだ」
説明してくれたギムルさんになるほどと返事をして、行列の先を見た。
三〇人あまりが街をぐるりと囲んだ城壁の入り口に向かって並んでいる。
それぞれが荷物を背負った旅人であったり、馬車を使った商人たちであったり、幌付きの立派なものも見かけるのであるいはお貴族さまもまたいるらしい。
しばらく震えるニシカさんを宥めていると、俺たちの持ち物検査の番になった。
「どこから来た」
「サルワタの開拓村だ。村長の命令で冒険者ギルドに用がある」
短くギムルが応答しながら馬車を降りて俺たちの隣に並んだ。
検問の番兵は俺たちの体をべたべたと触って、持ち物検査をしていく。
ギムルの時は事務的に、そしてニシカさんの時は熱心にだ。
胸の谷間には隠せるスペースがあるのではないかと番兵さんが言いだしたり、女は女だけに隠せる場所があるとか妙な事を言い出したり。
しかし徐々に人間ばかりの空気に慣れてきたニシカさんが、飛龍殺しの眼光をひとつ飛ばしてやると、番兵さんは途端におとなしくなって、ひとしきりサラリと触り心地を堪能した後、問題なしと解放された。
もうちょっと熱心に仕事しろよ番兵さん!
武器の持ち込みは辺境伯への反逆と取られるので厳しく制限されているのだから、番兵が熱心に持ち物検査をするのも理解はできるんだけどね。
とは言っても護身用の武器程度なら問題は無いらしく、大がかりな魔術の護符や呪いがかかっている様な武器の類が禁止項目にあたるらしい。
ちなみに俺は全裸の呪いがかかっているはずだか問題なく通過した。男に触られるのは嫌なのでこちらはウィン=ウィンだね。
「先に予定を言うぞ。このまま荷台のものを、村と取引のある商会に持ち込んで売り払う。それから馬車を馬車預り所に入れて、宿を探す。こちらも村の人間がいつも使っている場所にする」
「わかりました」
「冒険者ギルドにはその後で向かう」
「そんな事より街の見物いこうぜ! な!」
俺とギムルさんが今後の予定を話し合っていると、空気を読めないニシカさんがまた余計な事を言い出した。
街を見回せば、びっしりと石造りの家が大通りの周囲を所狭しとひしめき合っている。
元いた世界で言えば観光地のお土産屋の並びみたいになっていて、昼間という事もあって往来がさかんだった。
まさに地元の商店街の賑わいだ。
村に唯一という俺たちの乗って来た荷馬車の事を考えれば、ここでは馬車は当たり前で、俺たちの村のものよりずっと立派だった。
ひとつの商会の前で、荷馬車は止まった。
荷台から俺がまず降りて、防水加工の革シートを引き剥がす。
ニシカさんが飛び降りるタイミングでぶるりんと胸が荒ぶった。
いいね!
そんな事をしていると、商会の中から出てきたゴブリンとギムルさんが何かの交渉をはじめたではないか。
「久しぶりだな。ワイバーンの骨を持ち込んだので買い取ってもらいたい」
「ご無沙汰しております、サルワタの次期村長さん」
「次期村長は時期尚早だ。義母上が再婚した場合は俺でなくなる可能性がある」
「またまた。あなたは先代村長さんの嫡子でしょう。それにアレクサンドロシアさまは石女だったはずではないですか?」
「馬鹿野郎、声が大きいぞ」
ギムルは俺に目くばせをして、俺はその中からワイバーンの骨を数本取り出した。
肉を剥いだ後に洗浄して、しっかりと手入れが行き届いている。
よくあるファンタジーの世界では、この骨が何か武器や防具の素材になる事を想像していたのだが、どうやらそれは違うらしい。
何しろこれは鳥と同じ様に、骨の中身がすかすかのスポンジ形状だ。飛ぶために軽量化して進化した産物なので、こんなのを削って武器にしたところで、知れている。すると何に使うのだろうと疑問に思っていると、何と薬になるのだとか。
モノの本によれば漢方薬の材料として、恐竜の骨も重宝されたというから、さもありなんだ。
一方の飛龍の鱗革については防具として活用できる。
軽くそして丈夫だ。その防御力に関しては戦って体験した俺が身をもって保障できるぜ。
「骨は顔を除く部位が揃っている」
「顔はどうされたんですか?」
「村の武威を示す目的で、義母上が手元に残した。鱗の方はしっかりと持って来ているので、改めろ」
「こちらは最終仕上げを済ませれば良質な防具になるでしょうね」
うちではやりませんが。とゴブリンの丁稚が笑って納得していた。
荷台の上に乗ったゴブリン丁稚が、その他の部位を改めながら骨やら何やらをひっくり返している。
「いくらで引き取るか」
「顔の剥製まであればきっといい値段になったんですがねえ」
「そうか」
「まあ、ブルカ辺境伯金貨二〇枚と、修道会銀貨で五枚といったところでしょうか」
「わかった。それでいい」
ふたりのやり取りを俺が見ていると疑問が沸いてくる。ギムルは商会のゴブリンと交渉らしい交渉をひとつもしなかったのだ。
もう少しごねておけば取り分の金貨は増えたのじゃないだろうかと思うわけだ。
商売気が無さ過ぎて不安になっている俺の隣で、まるで興味が無さそうなニシカさんは暑いのかブラウスの胸元を少し広げてバタバタしていた。
ガン見してやると、ニシカさんはとても嫌そうな顔をしたのでバレたらしい。
「おい、あんま見るなよ」
「見せるためにやってたんじゃないんですか。サービスだと思いました」
「んなわきゃねえだろ。ジロジロ見られるとこっちも気になるんだよ」
おっぱい大きいの気にしているのだろうか。
「気になると言えばですよ、ギムルさんは交渉とかしないんですね。もう少しふっかけてやればいいのに」
「馬鹿お前、ブルカ伯金貨で二〇枚と言えば大金じゃねえか。柔らかいパンと肉のスープが一〇年間毎日食べられるんだぞ!」
「そうなんですか。それってどれぐらいの価値なんすか」
「飛龍の防具一式が何と二〇セットも作れるぐらい大金だ! だから十分もらっているはずだ」
「本当っすか? ニシカさんは狩りの事しか知らないから、怪しいなぁ」
「お、オレを馬鹿にしたな? オレだって金の数え方ぐらい知っている!!」
よくわからない例えを言ってニシカさんが興奮していた。興奮するたびにばるんばるんいいよるわ。俺も興奮しちゃうね!
そんな俺たちに、ゴブリンが店の奥に入っていくのを見届けてからギムルさんが振り返った。
「交渉をしなかったのは、大人しくここで相手の要求を呑んでおくと、取引材料にできるからだな」
「あーなるほど。今ここでは損して得取れというわけだったんですね」
「村で入用な道具は基本的に全てここで仕入れているからな。いつもは安く買いたたかれていても、いざという時にこちらの無理難題を聞いてくれるのは普段使いの商会なのだ。一見の店ではそうはいくまい」
なるほどな。ゴブリンが言っていた様にギムルはさすが次期村長という事もあってよく勉強しているのだろう。
俺はむかしとあるベンチャー企業で、決済代行システムを組み込むプロジェクトのメンバーだった事がある。
当たり前だがただのバイトでプロジェクトチームが使うフロアの後始末をするだけの簡単なお仕事だったのだが、そこでひとつ上司が言っていた言葉を思い出した。
手数料をあえて高く設定しようとするのには理由がある。土日も充実したサポートをするためだ。
競合他社が安い手数料を売りにしている時、土日も審査を行う事で決済審査の待ち時間を無くせるのだと。手数料の安い競合他社にはできないサービスである。
なるほどなるほど。この商会を使うという事は、いざ村の危機でもあった時に融通を利かせてくれる事を期待してるんだな。
「安いには理由がある。高いのにも理由があるか。損して得取れ、ひとつ賢くなったな」
俺がそんな事をつぶやいていると、ギムルがおやっと不思議そうな顔をして俺を見ていた。
「何ですか、俺のファッションが猟師スタイルすぎておかしいんですか」
「馬鹿め。小知恵がまわるなと警戒していただけだ」
ギムルはそう言ってそっぽを向いた。
◆
場所を移して馬車を預け荒れる馬車預り所に持って行く。駄賃を管理人に払うと、今度は宿屋に向かった。
「しかしこうして見ると、ヒトとゴブリンばかりですね。他の種族はいたいりしないんですかね?」
「そうだな。オレと同じ長耳がいるかと思ったんだが、同朋はひとりもいねぇ」
馬車を預けて身軽になった俺たちは、人ごみをかき分けながら青年ギムルを盾にして道を練り歩く。
表通りは馬車が走るために広く作られていたけれど、一歩裏路地に入ると、そこはところ狭しと露店が並んでいて、よりエキゾチックな雰囲気だった。
ニシカさんと俺が顔を合わせて雑談していた様に、世の中ゴブリンがいっぱいである。
だいたいが使用人として働いているのだが、中には立派な格好をした戦士の様な男たちもいた。
あれがッワクワクゴロさんの言っていた「優れたゴブリンが街にやってきた」結果なのだろう。
冒険者でもやってるのかもしれんね。
「長耳というのは珍しい人間なんですか?」
「いや、エルフは普通に村周辺の集落にいる」
俺の質問にギムルが答えた。
あぁやっぱり長耳はエルフだったのか。
しかしニシカさんは白人っぽいエルフというより黄色人種みたいなエルフだ。紫がかってるけど髪も黒いしな。
黄色エルフね。
「ただブルカの街では珍しいだろう。このあたりのエルフは大概がサルワタの森周辺にいる」
「するとあれですか、エルフというのは街で生活をするのを嫌がって深い森や山野で生活をしていると? ドワーフともめちゃくちゃ仲が悪かったりして」
「お前は馬鹿か。中央にいけばエルフはいっぱいいる。王家はエルフの血を引いているぐらいだぞ」
だそうである。
何で? って顔をしてニシカさんを見たら、
「お、オレたちの部族はちょっと特別なんだよきっと」
あんたが特別なの黄色いお肌と巨乳だろ。
「それでこのブルカの街は、中央とは離れた辺境都市だからな。高貴な家柄や都会派のエルフはいない」
「なるほど、黄色は蛮族と」
「蛮族じゃねぇ!」
ところで俺は宿屋に何か妙な期待感を込めていたのだが、これは果たして宿と言えるのだろうか。
旅館やビジネスホテルなんて贅沢は言わない。せめてちょっとだけゆったりしたカプセルホテルを想像していたのだが、現実は簡易宿泊所だった。
喜びの唄亭というのが俺たちが泊る宿の名前だ。
村長の義息子ギムルだけはひとり部屋だが、俺とニシカさんは、狭い三畳一間の二段ベッドである。しかもベッドはどう見ても編上げのハンモックの親戚みたいな造りである。
やっとゆっくりできると思ったのはギムルさんだけで、俺は不慣れなハンモックである。
差別だ! 村八分だ!
モノの本で読んだことがある木賃宿だった。
「とりあえず旅荷を解いたら、飯を食いに出るぞ。貴重品は持ってくるんだ」
「裸一貫で村から出て来た俺が、狐皮の腰巻き以上に豪華なものなんて持ってませんよ」
「黙れ、その短剣は持ってくるのだ」
俺はあんたの護衛だからね、一応肌身離さないよ。




