16 荷馬車揺れれば乳揺れる(※ 挿絵あり)
風に震えている草原の道を、荷馬車に揺られて街に向かう。
俺の名は吉田修太、三二歳。
異世界で猟師をやっている村人だ。
今は女村長の命を受けて、街へ向かう青年ギムルの護衛として同行していた。
「街まではどのくらいの距離があるんですかね」
御者台でのんびりと馬を操っているギムルに、俺は大声を上げた。
穏やかな小風日和だったが、お互いに背中を向けている格好なのでどうしても声が大きくなるのだ。
「このままのペースで行けば三日ほどだ。早馬なら一日ぶっ通しで駆ければ夜には到着するが、今回は急ぐ理由が無い」
「なるほどな。宿はどうするつもりですか、村長さまからは何も聞かされていないんですけど!」
「野宿をする。雨は降らないだろうから近くの村で宿を借りる予定は無い」
以前の青年ギムルはもっと身もふたもない態度で「駄目だ」「我慢しろ」ばかりを言う男だったが、今回は大人しいもんだ。
理由はいくつかあるが、酔って暴れた際にぶちのめした事と、ワイバーン戦で俺がそれなりに村に貢献した事。
だが最大の理由は女村長が俺を何かと気にかけてくれるからである。
人間、組織のキーパーソンに認められれば周りも文句を言わなくなるのだ。
俺がずっと以前、コンビニ弁当を作る工場で働いていた時の事だった。そこではラインの責任監督者として若い社員がいたが、俺が常に気を付けていた相手はバイトリーダーのおばちゃんだった。
この道二五年のベテランで、若い社員がおぎゃあおぎゃあ言っていた時にはすでに工場で俵おにぎり弁当箱を詰めていた。
最初、友達に誘われて短期バイトで入って来た俺は、周囲から浮きまくっていた。髪も染めていたので明らかにそこでは異邦人扱いだった。今とあんまかわらんな。だから、認めてもらうために俺はバイトリーダーのおばちゃんの言う事だけはしっかり守った。若い監督者の話しよりもだ。
こういう時に絶対に八方美人になってあちこちにいい顔はしない。俺も村では女村長の事だけはしっかりと観察して、取り入る様に努力したわけだしな。
おかげでギムルは今、大人しい。
もしも俺が村で八方美人をかましていたら、今より立場が悪かった可能性がある。
ギムルに取り入らなくてよかったぜ。
あの時の経験を活かして、今後も女村長だけは裏切らないようにしていきたいね。
「ところでギムルさん」
「何だ!」
御者台から振り返ってギムルさんがどなり返してきた。
「さっきから、ずっと後を付けてくる人間がいるみたいなんですよね」
「どういう事だ?!」
手綱を引っ張って馬車を止めたギムルが、俺の方に身を乗り出して来た。
「ほらあそこ。街道に出てしばらくしたあたりで、誰かが付けてきたんですよ」
「本当だな。あれは誰だ」
「わかんないですねぇ。盗賊かな?」
「こんな辺境に盗賊がいるわけがないだろう。商人がもっと行きかう街の向こう側の街道なら話は別だが……」
そう言いながらギムルは腰の長剣を手にかけて警戒した。
田舎育ちとは言え、嫁のカサンドラほど視力がよくないのだろうか。小さな人影を判断できないギムルは不機嫌に鼻を鳴らして俺に一瞬目くばせをした。
「俺の剣を使うか」
「いえ、おっさんにご祝儀でもらった短剣があるので十分ですね」
俺は一時期スポーツチャンバラをかじっていた経験があり、小太刀のエア剣は使い慣れていた。
短剣はちょうどその長さと同程度なのでいける。
どういうわけか空手経験者はスポチャン経験者が多いが、俺もそのひとりである。
「弓は使わんのか」
「いやあ、まだ練習中の身分でして。当たらない弓よりも剣の方が確実です」
そんな会話をしながら俺たちは警戒を強めた。
ところが、よくよく見てみると近づいて来る小さな人影が、手を振っているではないか。
「誰だ、知り合いか?」
「みたいですねえ。手を振ってますよ」
「馬鹿め、俺だってそれぐらいはわかる」
俺たちが顔を見合わせてそんな話をしていると、駆けてくるその姿がこう叫んだ。
「おい、オレを街に連れてけ!」
◆
後を追ってきたのは旅装束をしたニシカさんだった。
いつものブラウスと革ベスト、革ホットパンツの上からポンチョ姿である。
小さく息をしながら俺たちの荷馬車に強引に乗り込むと「さっさと出発しろ!」と命令をしてきたもんだから、とたんにギムルは不機嫌になった。
鱗裂きのニシカと言えば村周辺に知られたワイバーン狩りの名人で、つい先の戦闘でも活躍した長耳娘である。村に貢献した人間だけに頭ごなしに拒否するのも難しく、青年ギムルも扱いに困ったのだろう。
俺が息子の位置を修正しながら知らんぷりを決め込んでいると、
「シューターだけ街に行くのがだんだん羨ましくなってきてな。街は行った事が無いんだ」
荷馬車の揺れに合わせて乳を揺らしながら、ニシカさんが興奮気味に語った。
「いやギムルさんも俺も村の役目で行くわけですからね、遊びじゃないんですよ」
「オレもせっかくだから見物に行く事にした。護衛の役はひとりよりふたりの方が頼もしいだろう? そういう事だからよろしく頼むぜ!」
などと手前勝手な事を言うから大変だ。
俺の話を聞いちゃいねぇ。
ギムルは「駄目だ」とか「引き返せ」とか最初のうちは御者台で抵抗していたけれど、眼帯娘が荷台から御者台に身を乗り出して、
「お前、男の癖にケチ臭い事を言うもんじゃない。嫁の貰い手がなくなるぞ」
そんな事を言ったものだから押し黙った。たぶん押し黙った原因は肩に腕を回された時に、顔が揺れる巨乳に押しつぶされて嬉しくなったからだろう。羨ましい。
そういう事があって再出発した俺たちだったが、道中は限りなく暇である。
定員がそもそも何人なのかは知らないが、大の男ふたりに女性にしてはかなり大柄なニシカさんに加え、ワイバーンの骨まで山積みなのだから、一頭曳きの二輪馬車はトロトロ走るわけである。
暇つぶしのついでに俺は前々から気になっていた事をふたりに質問してみた。
「前から聞こうと思ってたんですけどね」
「何だよ、狩りの事なら何でも聞いてくれ。ワイバーンはオレの獲物だ」
「違います。ワイバーンの事から離れてくださいね?」
「じゃあ何だ。オレの好みの男か? 残念だがシューターは好みじゃないな」
聞きもしない事をニシカさんは言ってきた。
その間、ギムルは御者台に座って完全に黙ったままだった。どうもニシカさんが苦手らしい。
「そうじゃなくてですねえ。何で村の人たちは朝飯を食べないんですかね。どうせ二食しか食べれないにしても、朝飯を食った方が元気が出るじゃないですか」
このファンタジー世界にやって来てから、どうも慣れないこの土地の習慣である。
「そりゃお前。朝飯を我慢したら、昼飯が美味いからに決まっているだろう」
ニシカさんは何の疑問も抱かずに即答して来た。
すると御者台に座っていた無言のギムルが噴き出したらしい。咳払いを何度か繰り返してから、彼は振り返った。
「その女の言っている事は嘘だ。朝に飯を抜くのは、そうすれば飢えに強くなり体が栄養を蓄えるからだ」
「へぇなるほどねえ。だそうですよ、ニシカさん?」
「ももも、もちろんオレ様だって知っていた。知っていたが、ちょっとシューターをからかっただけだ。お前は見事に騙されたな!」
さすが村長の義息子というだけあって上流階級は学があるね。
それに比べてこの男口調の眼帯女は……
つまりアレか、意図的に飢餓状態を演出して、体が飢えに強くなる様に習慣付けているという事か。
モノの本によれば、現代人は朝飯を抜きがちだが、最後に食べた飯から睡眠をとりいきなり労働すると、軽い飢餓状態になるのでやめた方がよいそうだ。
つまりそれをわざとやって、耐性を得るというわけなのね。過酷な異世界生活が故の生活風習という事なのだろう。
「これもう効率がいいのか悪いのかわからんな」
俺は妙に納得してひとりつぶやいた。
道中の飯は、基本的に保存食である。最初の飯は嫁の用意したお弁当を食べたが、夜はそれもなくなって、いよいよ不味いビスケットと燻製肉だ。
ギムルはとにかく硬いワイバーンの燻製肉を、必死になってかじっていた。苦々しい顔をして、俺が意外にも平気な顔で食べているのを見たギムルが話しかけてくる。
「お前はワイバーンの肉を美味そうに食べるな」
「んなわきゃぁない。ただ狸の燻製肉を食べた経験があるので、これぐらいは想像の範疇です」
獣肉のうち、狸ほどあたりはずれのある肉は無い。とにかくその狸が何を食べて育ったかで、肉の味がかわってくるのだ。俺が食べた事のある狸はどれも不味かった。
それこそこのワイバーン並に硬くてがさがさして筋張っていた。
ニシカさんは何の問題も感じないのか「うまい、うまい」と言ってワイバーンを食らっていた。さすがワイバーン狩りの専門家。
こうして野宿を二泊繰り返しながら、俺たちは街へと向かった。
夜のうちは交代で荷台にもぐりこんで寝る。
三日目、さすがに野宿の連続で疲労がたまってきた辺りで、お目当ての街に到着した。
辺境伯の統治する街ブルカである。
◆
「なかなかデカいなおい」
開口一番、俺の素直な感想だった。
もっと村の規模をひとまわりほど大きくした様な想像をしていたが、なかなか立派な造りではないか。
「街全体が城壁で囲まれているのか。人口は何人ぐらいいるんですかね」
「街とはこういうものだ。ここで一万人以上もの人間が生活している。俺たちの村と周辺の集落をあわせた数の十倍はいるだろう」
「へえ、そりゃ都会だな」
もちろん俺が元いた世界からすれば小さな小さな町だろうが、このファンタジー世界ではきっと大都会なのだろう。
実際、城門の前を活発に出入りする人々を見て、俺の知るものとは違った意味でエキゾチックかつ都会的な空気を感じた。日本生まれの俺にとって、石畳と石造りの街は新鮮だからな。
一方のはじめて街にやって来たニシカさんは、片眼を点にして口をあんぐりとあけていた。
「おい。この街には森で見た鹿の大群より人間がいるぞ!」
ニシカさんはちょっと狩猟から考え方を切り離しましょうね。




