122 回廊の街 後編
教会堂の助祭を捕まえた俺たちは、街の酒場が集まる様な繁華街の場所を教えてもらった。
西通りにいけば、まるまるそこが繁華街なのだという。交易中継の宿場街というだけはあって、そこでは行商人やその護衛、旅人や冒険者たちを相手にする店は、西通りの表道かその裏路地あたりに集中しているのだ。
セレスタの街をわかりやすく説明するならば東西南北に十字路が走っている。南北は市壁の門を繋ぐ一本道であり、東西の道は川港と領主館を繋ぐ一本道という事らしかった。
助祭のおじいさんに礼をした後、ひとまず繁華のある西通りを俺たちは目指す。
「なるほど、水運のための港が街に整備されていたんですね。すると滞在者のほとんどは河川を利用した船客のみなさんなんですね」
「船は便利だからな。馬で荷馬車を引かせるよりもいち度に大量の荷物を移動させられる。鉱山資源みたいな重いものを運ぶにはもってこいだろう。オレたちもワイバーンを仕留めた時は湖畔から船で村まで運び込むからな」
「へえ、そうなんですか」
感心するハーナディンの隣で、ニシカさんが村の過去の例を引き合いに説明した。
そうか、言われてみればワイバーンを湖畔で仕留めた時、確か女村長の差配で村まで解体し終わったワイバーンを船で運び込んだ気がする。
そこでふと疑問に浮かぶ事がひとつある。案の定、その事を不思議に思ったヘイジョンさんが、
「しかし、そうなると川を遡る時が問題ですなァ。下りは舵の具合に気を使っていればいいでしょうが、川の流れに逆らって上るとなるとどうするんだろう」
「そりゃお前ぇ、ゴブリンの人足が引っ張って川を上るに決まっているだろうが」
そう言って通りを歩きながら俺たちに向き直るニシカさんである。
言われてみれば、この街の人口比率は極端にゴブリンの数が多い様な気がする。
別に城の増築や土木作業をやっている様にも見えないけれど、往来を行きかう人間たちに肉体労働者がたくさん見受けられるのだ。
その大多数はゴブリンだが、そういう肉体労働者的な格好をしているのはドワーフや人間も混ざっている。
ところがニシカさんの言葉にけもみみが異を唱えた。
「でもおかしいよね。それだったら馬を使えばいいのに、どうしてわざわざ人間が曳くの?」
「わかってねぇなぁ、馬は貴重だからだよ。舟頭と馬をロープで拘束していたら、いざ突風で船が煽られでもしたら、川の中に引きずり込んでしまうだろ」
なるほど。馬にロープを固定していると、確かに船の舵が利かなくなった時にそのまま引きずり込んでしまうかもしれない。
ニシカさんの意外な博識に俺たちが感心したところで酒場の並んだエリアへと到着した。
ところがそこへ到着したとたん、背後から大笑いする声が聞こえたのである。
「あはははっ、死ぬ苦しい。あんまり変な事を力説しているから黙って聞いていればそこの長耳お嬢さんは脳味噌に送る栄養分をみんなおっぱいにとられてるんじゃないのかい」
「だっ誰だ手前ぇは、いったいオレ様の説明の何がおかしい!」
振り返るとそこには声の主がいた。
安っぽいドレスに編み上げの三角ショールを羽織った、水商売風のお姉さんが立っていた。
「誰だって言われても、見た通りの酌婦さ」
「その酌婦の女がオレ様に何の用だ。第一、オレ様の言葉の何がおかしい。川を遡るの大変だろッ」
「あんたは魔法も知らない田舎者かい? 川を遡るなら船の帆に風の魔法を送り込めばいい事だろうさ」
「ぐぬぬぬ。魔法だとぉ?」
風の魔法を使えば確かに可能だな。しかもそいつはニシカさんの大得意じゃないか。
「さあどいたどいた、あたしはこの店で働いてるんだ。邪魔しないでおくれ」
お姉さんはそう言って飛龍殺しのニシカさんを睨み飛ばすと、ヘイジョンとハーナディンに流し眼を送りながら妖艶な微笑を浮かべた。
三角ショールと伸びたドレスの胸元から、柔らかな膨らみの谷間がよく観察できた。
うん、大きくもなく小さくもなく、でもきっと揉みごたえは素晴らしい事が想像できるね。
俺がその胸に釘付けになりそうになったところで、あわてて視線を外す。すると図らずともニシカさんの胸が飛び込んできた。
「ンだよ、嘘っぱちだったオレの説を馬鹿にする気か」
「とんでもない。ニシカさんの胸は馬鹿になんて出来ませんからねえ」
不貞腐れたニシカさんは「何言ってんだお前ェは」と鼻を鳴らしてみせたけれど、水商売のお姉さんより胸が大きい事がよほど嬉しかったのか、すぐに勝ち誇ったような顔をした。
「ふん、大きいばかりで使い道のない胸に意味があるのかい? そこのお嬢さんを見てみなよ、そんなものは無くったってしっかり男を捕まえているじゃないか」
大きすぎる胸を張ったニシカさんに向けて悠然とした態度で言葉を返した水商売のお姉さんは、そのまま俺に双眸を細めながら微笑を浮かべて来た。
ごくり、男の心を鷲掴みにする視線きました!
そして見ていればすれ違い様にヘイジョンとハーナディンの股間をサラリと触っていくスタイルだ。
何という大胆なタッチ、何という大胆なスキンシップ。
俺にはそれをしてくれなかったけれど、理由はけもみみが俺の腕にすがりついていたからだな。よくわかっていらっしゃる。誰に媚びればいいのか観察眼も鋭い。
「ぼくは彼女に一生涯食べさせてもらってもいいと、一瞬だけ思ってしまった」
「もしも女神様に仕える信徒でなければ、僕もあぶなかった」
しっかりしろよ男ども。
流し眼を送ってそのまま酒場の中に消えていった水商売のお姉さんを見やりながら、情けない発言をするヘイジョンとハーナディンである。
俺が呆れた顔をしていると、けもみみが俺の方を上目遣いに視線を送って来る。
何だ、もしかしたら俺まで彼らみたいな事を考えていたなどと思われたらたまらないね!
今や俺も四人の妻がいる身分だから、よそでそんな気分になって一生を女性に捧げようなんて考えるはずもない。だが俺も男だから強く迫られたら困っちゃうね。いや、そんな事になったら家族崩壊の危機である。困ったことにならない様に気持ちを引き締めた。
けれども、どうやって誤解を解こうかと思っていたら、どうやら違ったらしい。
「シューターさんも、そういう風にしたら嬉しい?」
「……そ、そういう事はひとがいない場所でしましょうね」
「うんっ、任せてよ」
この娘の考えている事はよくわからないな……
見よう見真似で水商売のお姉さんみたいな事をしようと俺の股間に手を伸ばして来たけもみみである。
もしかしたらカサンドラあたりに言い含められてきたのかもしれない。
うちの正妻は我が家の奥さん方の取りまとめ役であるし、こうして考えるといよいよ頭が上がらない風情である。
これからはより一層、奥さんたちを大切にしようと心に誓う吉宗であった。
◆
悠然と立ち去った水商売のお姉さんの務めるという酒場に、俺たちはひとまず入ってみる事にした。
時刻は元いた時間なら午後六時過ぎぐらいだろうか。外の景色はちょうど山間に陽が落ちて、空を赤く染め上げつつあるところだったので、もうちょっと遅い時間かもしれない。
ひとまず空いている席を見つけた俺たちは、五人揃って腰を落ち着ける。
丸いテーブルの席順は俺の右となりがけもみみで、左隣がニシカさん。反対側にハーナディンとヘイジョンさんという具合である。
エルパコは俄然やる気の顔でイスをさりげなく俺の方に近づけてくるのがいじらしいね。
頭をなでなでしてやると、嬉しそうに眼をすぼめてみせた。
「おい親爺、とりあえず人数分の酒を持って来いよ。あと適当につまめるものを頼むぜ」
「あいよ」
「一応言っておきますけどニシカさん、これは情報収集という大切な仕事なんですからね」
「んなこたわかってるよ。オレ様は酒なんかに負けないぜ」
あんたはブルカの街でも深酒して正体不明になっていたじゃないか。
店で働いている給仕のドワーフを捕まえて注文をしたニシカさんを、俺は一応たしなめておいた。
「それにしても、この店の名前は変わっていましたね」
「妙に古びた建物ですし、もしかするとこの街が出来てからずっとあるのかもしれないですなあ」
ハーナディンとヘイジョンが天井を見上げながらそんな事を口々に言う。
この街には珍しい木造作りの酒場は、驕りの春亭という意味深な屋号だった。
確かに、驕りなんて単語が酒場の名前に使われているところは面白い。
どういう意味だろう? と小首をかしげているけもみみを見た俺は、適当に思いついた事を口にしてみる。
「きっと日銭を稼いで剛毅になった男たちが、この繁華街で金を落としていく様を屋号にしているのだろう。驕りはおごりたかぶりの意味で、現金を手にして気が強くなった旦那方が酌婦のお姉さんたちに奢るという意味にもかけていたりするんだろうかな」
「なるほど、さすがシューターさんだね。奥さんとしては鼻が高いよ」
嬉しい事を言ってくれるねえ。ぴこりと耳を立てて羨望のまなざしを送って来るエルパコは、ちょっと口が開いていた。
そういうところもかわいいね!
するとニシカさんが食いついてきた。
「ばっか、適当な事を言ってるんじゃねえよ。どうせ違うに決まってるぜ」
「そうかなあ。なかなか的を射た由来の考察だなって僕は感じましたけど、芸術家のヘイジョンさんはどうです?」
「うーん、驕りってのはもしかするとこの街の成り立ちにも意味がかかっているのかもしれませんね。きっと辺境諸侯の街がまだ少なかった頃は、重要な中継拠点だったんですよ」
「お前ぇら何にもわかっちゃねえなあ。驕りってのは、むかしここいら一帯にはびこっていた蛮族どもの事を差しているのさ。こいつら馬鹿だから、油断して滅ぼされたんだぜ」
「その辺境にはびこっていた蛮族って、黄色い蛮族なんじゃないですかねぇ……」
みんなが口々に適当な事を言って(最後のは俺)いるのを眺めていたら、厨房から小樽のジョッキをかかえた先ほどのお姉さんが登場する。
「適当を言ってるのはおっぱい姉さんでしょうが。そこの若いお兄さんが言う通りに、驕った男に奢らせるから店の名前がそうなってんのさ。はいお待ち、ビール人数分だよ!」
若いお兄さんというのは俺の事かな?
このファンタジー世界にやって来てからは若作りに見られる俺である。
人数分のビールをそれぞれのテーブルの前に置いていくお姉さんだが、どうもひとつ数が多い。と思うと、お姉さんは野郎ふたりの席の間に腰を落ち着けて、自分のビールも引き寄せた。
「んだよ、何で手前ぇが座ってるんだ」
「見りゃわかるだろ、ここはあたしらみたいのが旦那方に酒をお酌するお店なんだよ。わかって入ってきたんじゃないのかい?」
「まあ、オレ様は酒が出てくればどうでもいいけどな。とりあえず乾杯しようぜ!」
相手にしていられるかとばかりニシカさんは強引に話を打ち切って、小樽のジョッキを持ち上げた。
ひとまず適当に注文した酒のアテをつまみながら、それぞれグビグビとやる。
するとさっそく水商売のお姉さんを相手に、ヘイジョンさんが絵具の入った道具袋を引き寄せて話をはじめているようだった。
「あんた、芸術家だったのかい?」
「そうなんですよ。さるお貴族さまに召し抱えられていましてね、そのお貴族さまの旅行にご一緒させてもらっているんですよ」
俺の方をチラリと見ながらヘイジョンが言葉巧みに説明をした。
釣られてこちらを見やる酌婦のお姉さんである。
「そうなのかい。芸術家って言うけれど、何をするひとなのさ」
「絵画ですねえ。肖像画、風景画、時には建築の設計だってやっちゃうんです。今日はたまたまお貴族さまが、ご当地の領主さまにお呼ばれしていて暇が出来たんですよ。だからかわいこちゃんの似顔絵を描いてまわろうかと思いましてね。ご許可を頂いてきたんです」
するとヘイジョンに水商売のお姉さんが身を寄せる。
まんざらでもない顔をしてヘイジョンは鼻の下をヒクつかせていた。
「でも、そのお貴族の旦那さまはそこにいるじゃないのさ」
「色々と事情があるんですよ」
「ふうん。じゃあさ、あたしの絵を描いてくれよ」
「いいですとも。とびきりの美人さんに仕上げて見せますよ」
「何だい、それじゃ実物のあたしが美人さんじゃないみたいじゃないのさ」
「そんな事はありません、その美しさを忠実に再現してみせるというわけです。さあ、ぼくのために素敵に笑ってください」
何だかこのままふたりの事は放っておいていいかもしれない。
相手にされていないハーナディンの方は、つまらなさそうに何かの干物を口にくわえてビールをチビチビやりながら、けもみみに話しかけている。
「エルパコさんは、どうしてサルワタの騎士見習いになったのかなあ」
「……ぼくは騎士見習いじゃないよ、シューターさんのお嫁さんだから」
「うん。でも、お仕事は騎士見習いだろう?」
「シューターさんの役に立ちたいから。それに、ぼくは騎士見習いじゃなくて猟師だよ」
俺に腕を回した状態で、エルパコはちぐはぐな会話をハーナディンさんとしていた。
女を引っ掛けて話をするならよそでやってくれないかな。この娘は俺の奥さんなんだからさ。
「おいシューター。オレは前から思っていたんだが、オレがいつまでたっても嫁に行けないのは辺鄙な村の、これまた外れにある集落でくすぶっているからだと思うんだぜ」
「はあ、そうかもしれませんね」
「考えてもみろ。サルワタの森の王者、ワイバーンだって食っちまう女だぞ? 街の男どもならこぞって嫁にしたいと泣いてお願いするに違いない」
「なるほど、蛮族が好みの男性もいるかもしれませんねぇ」
「あー。そのビール、いらねぇならオレにくれよう」
誰よりも早くグビグビ飲み終わった小樽ジョッキをテーブルに置くと、ニシカさんは勝手に俺の酒杯を奪い取った。
「ああうめぇ。酒は命の水だなぁおい。酒が進んでないんじゃねぇか? 飲めよ」
「そうしたいのはやまやまなんですがねえ」
ニシカさんは俺の酒杯を奪っておいて調子のいいことを言っている。
と、見せかけて。
実はニシカさんにしろけもみみにしろ、どうやら適当な会話をしながらこの酒場の中を喧騒に耳を傾けているらしかった。
お馬鹿な会話をしている様で、ふたりの耳は頻繁に反応してる。
少し前までは多少すいていた酒場も、酌婦のお姉さん方が出勤して出そろったと見えて野郎どもの顔がいっぱいになっていた。ゴブリンや人間はもちろんの事、俺たちの村では珍しいドワーフに、見た事もない様な獣面の猿人間がいる。
猫面の猿人間なんてはじめて見たよ。やっぱりいるもんだなあ、定番猫面。
いよいよ陽が落ちきった頃である。
そろそろ教会堂の宿泊所でくつろいでいたカサンドラや雁木マリのもとに、領主の館から晩餐会の招待が届いている頃かもしれない。
いい感じに夜の繁華街も盛り上がってきたことだし、ここはヘイジョンさんに任せて移動するとするか。
そう思ったところでニシカさんがいい感じに切り出してくれる。
「おいシューター、オレは飲み足りねぇ。場所変えてどっかで飲もうぜ」
「そうですね、ヘイジョンさんはそのまま残る感じでいいですか?」
「こちらのお嬢さんに聞いてみたら、酌婦のお姉さんたちにお酒を奢ってくれるんなら、いくらでもここで似せ絵を描いてもいいって許可を頂きました」
いつのまにか例の水商売のお姉さんだけではなく、別の女の子もヘイジョンさんの周りに集まっている。
モテモテですね芸術家くん。
「僕もこの場はヘイジョンさんにお任せするとして場所をかえるかな。エルパコさんも退屈しているみたいだし」
「ぼくはシューターさんと一緒がいいな」
「この通り、退屈しているらしい」
苦笑を浮かべたハーナディンを見届けて、俺は席を立った。
お勘定はヘイジョンさんに余裕を持たせて、女村長から預かっている路銀を置いていくことにした。
ブルカ辺境伯金貨で一枚分に相当する、騎士修道会銀貨四〇枚がぎっしり詰まった路銀袋から、十枚ばかりおいていく。元いた世界の額におおよそ換算すれば十万円ぐらいかな。
賑やかとは言ってもこんな下町の酒場だからいくらなんでも足りると思うけどね。




