13 飛龍を狩る者たち 後編
村の共同墓地ではしめやかに三人の犠牲者の葬儀が行われていた。
ワイバーンによって命を奪われた勇敢な猟師たちの亡骸を前に、俺たちは司祭さまの聖訓を聞きながら黙祷をささげる。
しかし参列者がわずかに十数名というのが解せない。何しろ村を襲撃したワイバーンを撃退するために命を落としたのだ、もう少し村人たちが集まってもいいはずだというのに。
女村長と亡くなった猟師の家族、そして猟師仲間だけ。
ここにも猟師たちに対する村の態度が表れている様に俺は思った。
猟師ははなつまみもの、ッワクワクゴロさんは俺にそう言ったのを覚えている。
理由はわかる。
女村長の命令で放牧されていた家畜たちはそれぞれの畜舎の中に集められていたし、村人たちは遠出する事も禁じられていた。最低限の農作業を除けば、極力外出しないように村民たちはしている。
けれども葬儀ぐらい顔を出してもいいもんじゃないのかね。
よそ者の俺ですら嫁のカサンドラと参列して、亡くなった猟師たちに手を合わせているというのに。俺は薄情者の村人たちに心の中で文句を垂れながら、股間の位置を修正した。
葬儀に参列した者たちは、この地域の風習に従って首に紅のスカーフを巻いている。
それは喪章の様なものであり、死人が無事に次の人生を見つけ異世界にわたっていくまで身に着けるのだという。
司祭さまの語る聖訓の一説を聞きながら、なるほどこのファンタジー世界の住人にも異世界という概念があるのかなどと感心した。
時間がある時に、司祭さまにそのあたりの事、この世界の神話体系についてでも聞いてみようかと思った。
だが今は亡くなった先輩猟師たちの仇を討つ事が、残された猟師たちと俺の役割だ。
葬儀を終えてカサンドラとともにいったん我が家に引き上げようとしていた俺に向けて、女村長が声をかけてきた。
「納得いかないという顔をしているな。村人が葬儀に参列しなかった事が気に入らないのか」
女村長は俺にそんな事を聞いてきた。
「いえ、そういうわけではないんですがね。何か事情があるのだろうと」
「当然ある。ワイバーンは自分の仕留めた獲物に対して執着する傾向がある、という伝承が残っている」
それが事実かどうかまでは定かでないと、女村長は続けた。
「つまり、亡骸を目当てにまたワイバーンが来るかもしれないと、村人たちが考えていると」
「あくまで言い伝えだが、確認するすべがないのだから村人たちは恐れているのだ」
よく言えば自分たちが二次災害に巻き込まれるのは怖い。
まして亡くなったのは村のはなつまみ者である猟師たちである。ともすれば村人たちは迷惑にすら思っているかもしれない。
「どうしてここまで猟師たちは嫌われなくちゃならんのですかねえ」
「もともとこの村は、開拓のためにわらわと、わらわの夫であった先代の村長と二代にわたって切り開いてきた場所なのだ。そして猟師や木こりたちは、もともとこの土地で生活をしていた人間だ」
そうなのか? と俺は俯きながら隣で話を聞いていたカサンドラに振り返って聞いた。
「はい。わたしのお父さんは、もともとこの村ができる前からサルワタの森で狩りをして生活をしていました……」
「ユルドラは腕のいい猟師だった。昨日命を落とした猟師たちも、さらわれたッサキチョもまた、優れた猟師であった」
しみじみとしながら嫁の言葉を引き継いで女村長が言う。
ユルドラとはカサンドラの父親さんの事だろう。
「開拓のために移民してきた村人からすれば、猟師どもは赤の他人だ。それに村人どもは、猟師たちがワイバーンを仕留めそこなった事を責めるだろうな」
「そんな理不尽な。あんな化物相手に俺たちはどうすりゃいいってんだ」
つまり俺たちはスケープゴードにされるって事かよ。
「ワイバーンを仕留めねばおさまりがつかんのだろう。昨夜な、」
言葉を区切った女村長がコホンと咳払いをして髪の毛を耳にかけた。
おや。
いつもは腰まで長いストレートの髪を垂らしている女村長だったが、サイドの髪を耳にかけた瞬間にいつもは隠れているその耳が姿を現した。
村長の耳はやや先端が尖っていた。
エルフか? エルフなのか? エルフの女騎士で、村長なのか?
アレクサンドロシアちゃん記号てんこ盛りだな。
「殺された牛の飼い主のジンターネンが、わらわの屋敷まで苦情を言いに来ていた。牛の保証はいったい誰がやってくれるのか、外出禁止令が出ている間の牛の餌はどうするのか」
この村の牛や羊は普段放牧させる事で餌は勝手に食べてくれるものだとか。すると畜舎に繋がれている間は干し草を用意してやらなければならない。
なるほどワイバーン悪けりゃ猟師まで憎いという寸法である。
猟師が憎いのかよそ者が憎いのか、猟師は移民の村人にとっちゃ他人でよそ者だ。つまり両方だ。
ジンターネンさんは恐ろしい人物で、俺にも敵愾心まるだしだったしな。
「わらわも村の支配者として、ワイバーンの危険は排除しなければならぬ」
「そうですね」
「そうしなければ村の統率が乱れ、わらわの施政に抗うものが出てくる」
「そうなるかもしれませんね」
何と答えていいかわからない俺は、嫁と顔を見合わせながら適当に相槌をうっておいた。
カサンドラはこういう時、俺の背中に少し隠れるようにして逃げる。
俺を頼ってくれていると思えばかわいくもあるが、どう考えても逃げているだけだ。
ここで俺の服の袖でも掴んでくれれば、ちょっと萌えるんですけどねぇ?
あ、俺全裸だわ。
服無いから袖もないわ。
スカーフ、つまんでみます? なんなら息子でも……
元気になった息子を両手で覆い隠しながら、俺は咄嗟に笑って誤魔化した。
「今度こそ俺が役に立って見せますよ」
「期待しているぞ。よそ者の戦士よ。ところでッワクワクゴロはどうしている?」
「ああ、ッワクワクゴロさんなら、石塔で見張についているはずですよ」
俺たち三人は村で一番の高さを誇る石塔に振り返って見上げた。
以前にあそこの地下牢にぶち込まれていた事がある。嫁ともそこで出会った。うんこガン見してたの懐かしいなぁ。今でもしてるけど。
あそこのてっぺんに見張り台があるのだ。
ッワクワクゴロさんたちは生き残った猟師、怪我のない無事な猟師たちと手分けして監視のローテーションを組んでいた。
もしもワイバーンが飛来すれば来襲を知らせる鐘が鳴る。
ワイバーンは基本、昼行性なので見張は夜明けとともにはじまり、夕陽が落ちるまで続けられる。
戦いで亡くなったり傷ついたりした者を除いて、五体満足な猟師で残った人数は俺を含めてもたった八人しかいなかった。
「今はふたりで詰めているはずですね」
残りの猟師った俺を含む六人は葬儀に出ていた。
そして猟師たちはみんな復讐を誓った顔をしていた。
「おそらく今日の未明か、あくる朝にでも街から冒険者たちが到着する。ッワクワクゴロに伝えてもらえるか」
「ギムルさんが戻ってきたのですか?」
「いや、義息子が街を発つ前に伝書鳩を飛ばしてきた。できるだけ早く向かっているそうだ」
「なるほど。伝えておきます」
俺と嫁は女村長にペコリと頭を下げて、女村長を見送った。
去り際にひとつ質問。
「村長さまはもしかしてエルフなんですか?」
「ああ、この耳か。残念だがわらわはゴブリンハーフだ。ヒトとゴブリンの愛の子だよ」
「あ、愛の子」
「フフっ。エルフじゃなくて残念だったな」
「いえ、とんでもない」
なるほど、アレクサンドロシアちゃんが猟師や木こりに気を使ってくれるのは、ゴブリンの血が入っていたからなのか!
◆
冒険者は夜明が訪れる前にこの村へ到着した。
いかにもファンタジー世界を想像できるような強烈な印象の冒険者たちを俺は期待したのだが、現実はそんなもんじゃなかった。
全身を鎖帷子でキメたヴァイキングみたいな集団だった。
手に持つ武器は様々だ。
槍に鉞のついたハルバートや、槍の先端がクロスボウみたいになっているもの、巨大な網にトラバサミ。トラバサミは国法で領主にのみ許可されるものと聞いていたが、彼ら冒険者は王とギルドの許可のもとに自由にそれを使う事ができるそうだ。
そして、切れ味よりも耐久性を重視した様な刃広の長剣をお揃いで腰にさしていた。
傭兵集団か何かと見間違える様なものものしい武装だが、さもありなん。
時に領主間の紛争ともなれば、傭兵たちにまじって戦にも参陣するらしい。
彼ら冒険者たちは、猟師と同じ様にワイバーンの様なモンスター級の獲物を仕留める事も生業としているが、猟師たちが自分たちが熟知したフィールドで罠をはり、長い時間をかけた経験で狩りをするならば、冒険者たちは力技でモンスターどもをねじ伏せる。猟師は弓などのアウトレンジで獲物をしとめるが、冒険者は近接戦闘だ。
たのもしいじゃねえか。
「遺体を餌にして、ワイバーンをおびき寄せるだと?!」
まだ太陽が昇り切る前に村長の屋敷前に集められた俺たちは、冒険者たちのリーダーが切り出した秘策を耳にして驚愕していた。
素っ頓狂な声を出したのは、生き残った猟師たちの中でもっともベテランのッワクワクゴロさんである。
「お前たち、死者を冒涜するつもりか!!」
怒声を上げるッワクワクゴロさんに、いつもの愛嬌の良さは欠片も無かった。
当然だろう、仲間たちの死体を掘り起こして、村の空き地に晒せというのである。
「そうだ。貴様たちもゴブリンの猟師であるなら、そのぐらいの事は理解しているはずだろう。ワイバーンは自分の仕留めた獲物に執着する。必ず取り戻すためにここへまた飛来するはずだ」
「それは当然俺たちも知っている。だが伝承じゃないか」
「事実だ。俺たちは何度もあのワイバーンと戦ってきた。もう一度言うが事実だ」
「……しかし、しかしその亡骸は俺たちの仲間だ。仲間だった猟師だ。簡単にはいと差し出すわけがないだろう! 村長も何とか言ってやってください!」
説明をした長身の中年冒険者に向かってッワクワクゴロさんは食ってかかった。
助け舟を求めて女村長を見やったが、残念ながら彼女は眼を閉じて考え込んでいるのかすぐには返事をしない。
「もしかしてお前ら、死んだ猟師の死体がどれもゴブリンだからと言ってこんな計画を口にしたんじゃないだろうな。そもそも死んだ仲間たちの家族には何と言って説得するんだ。その役は俺たち村の人間がやる事になるんだぞ!」
「めちゃくちゃな事を言っているのは俺も理解しているつもりだ、ゴブリンの旦那」
中年冒険者はため息交じりに言葉を続けた。
「それでも、確実にヤツを仕留める方法はこれしかないんだ。考えてもみろ、ワイバーンの営巣地まで俺たちが分け入って、ヤツの縄張り内で俺たちがどうやってワイバーンを仕留められるんだ。もしもそれをやるならば何日もの下準備をして、長期戦で挑まなければならなくなるぞ」
「それはわかっているが、しかし。人情というもんがあるだろう」
「放置すれば被害が増えるぞ。俺は依頼人に従うまでだから拒否するならば別の手を考えるが……」
そうしている余裕はこの村にはない。
ワイバーンの襲撃時に仕留め損なったせいで、村の人間はいつまた空の王者が飛来するのだろうかと怯えて暮らしていた。
すでに最初の襲撃から数日が経過していて、腹を空かせたワイバーンがまたいつ襲いかかってくるのかは知れない。
「いいんじゃねえか? 死んだ猟師も状況は理解してくれるさ。オレが犠牲者だったら喜んで自分の亡骸を差し出すさ」
ッワクワクゴロさんと冒険者たちが睨み合っていると、そこに横槍が挟まれた。
声の主は女で、ポンチョをまとい背中に長い弓を背負っている。
「もっとも、死んじまったら喋る事はできないがね。アッハッハ」
何がおかしいのか周囲の空気も無視して笑い出すその女に、ッワクワクゴロさんたちはしかめ面をしていた。
「おい、誰が鱗裂きを呼んだんだ。アイツは昼間から酒を飲んでいる様なロクデナシだぞ」
「……いやぁ人手が足りないと思ってな。それにアイツの腕は確かだし」
小声でゴブリンの猟師たちが女の話をしている。
何者なんだポンチョの女。有名人か? そんな疑問を俺が脳内で浮かべていると、
「だ、そうですな。そちらの女性は賛成みたいですが。説得は村長さん、お願いできますね? 高い金を払ってもらったうえに、俺たちだってこんな事は頼みたくないがね、成獣のワイバーンを短期決戦で仕留めるにはこれしかないんだ。最善の策であると進言します」
冒険者たちは女村長に向き直って言葉をぶつけた。
完全武装の冒険者たちの集団は、そこに存在しているというだけですさまじい圧迫感がある。
何れも歴戦のツワモノというように面構えは恐ろしく、顔や腕など露出している場所にも傷だらけという具合で、とても逆らえる様な雰囲気ではなかった。
空気に飲まれそうになった俺たち猟師の雰囲気を切り崩す様に、女村長か口を開いた。
「わかった。わらわが全責任を負う形で、その作戦を許可する。死んだ猟師たちの家族はわらわが説得する」
「村長、それでいいんですかい?!」
「ッワクワクゴロよ、ワイバーンに埋葬した共同墓地を掘り起こされるよりも、それはわらわたちの手でやった方がよい。そして何か失敗した時は、すべてわらわの責任だ。首なり叙勲なりをかけてもよい」
苦りきった顔をした女村長はそう言って手を振ると、会見を打ち切ってしまった。
◆
冒険者の応援とともに、女村長の支配権が及んでいる周辺集落からもぞくぞくと猟師たちがかき集められた。
村の総人口は六〇〇人を超えるというなかなかの規模だったが、周辺集落はせいぜい五世帯、七世帯とまばらな家族な集まりがあるだけで、村との距離もそれほど離れていない範囲だ。
周辺集落より呼集された猟師の数も、あわせて十名そこそこだった。村の猟師、周辺集落の猟師、冒険者たち、そして俺。せいぜい三〇名に満たない面々が討伐隊となった。
埋葬されたばかりの亡骸は墓地から掘りだされ、牛の襲われた牧草地に野ざらしにされた。
早くも悪臭を放ち始めた亡骸を餌にするために、女村長が遺族の説得をした。
意外な事に、遺族たちは無言でその案を受け入れたのだ。
「どうして家族はあっさりと引き受けたんだと思う?」
どうしてもそれが理解できなかった俺が、俺と一緒に見張り台で監視役に立っていたカサンドラに質問した。
俺たちは互いに背中を向けあって、互いに反対側の視界を睨み付けている。表情は知れないが、うかばない声音がそよ風にのって聞こえる。
「……それは、もしも遺体を差し出す事を拒否したら、もうこの村に居場所がなくなるかもしれないからです」
嫁の言葉はかすれ声そのものだった。
「あんたもまさか、そういう理由で俺の嫁になる事を受け入れたのか」
「…………」
カサンドラは答えなかった。たぶんそういう事なのだろう。
「よそ者の俺のせいで、とんだ人生設計に不具合を生じさせて悪かったな」
「いえ、大丈夫です。わたしは平気ですから」
「安心しろ。このワイバーン退治が無事に終わって少しは生活に余裕ができたら、今よりマシな生活ができるだろうさ。そのためにもワイバーン退治で、今度こそひと働きしないとな……」
「あのう、くれぐれもご無理はなさらないように……」
気を使って俺の方を振り返ったカサンドラだったが、どうも嫌そうなのが顔に出ている。
やっぱおっさんと結ばれたかったよね、幼馴染だし。
そんな事を考えていると、次の瞬間に嫁は俺の腕にすがりついた。
「おいおい、まだ昼間だぜ? 仕事中にいちゃいちゃしてるのを村長に見つかったら……」
こまったちゃんだなカサンドラは、と言いかけたところで嫁はきっぱり否定した。
「違います! 見てください、あれ。空に黒い胡麻粒が!」
何を言っているのかと思って嫁の指し示す方向を俺は凝視した。
俺には何も見えない。どこに胡麻粒がある?
よーく眼をこらしていると、確かに何か黒い粒がある。
ステルス機かな?
「あれ、カタチがしっかり見えてきました。ワイバーンです!」
普段は控えめで大人しいカサンドラが、俺の腕を何度も引っ張って声を荒げた。かなり遠目が効くのは猟師の娘だからかな。
「まじかよ。敵襲!」
俺はあわてて石塔の鐘を鳴らすべく、鐘からぶら下がるロープを何度も振り回した。
不規則に舌が鐘に当たると大音響で村中に伝わり、すぐさま村の罠の周辺に討伐隊の人間たちが集まって来るのだった。
ここで必ず仕留めてやる。
俺は嫁と心に誓った。
今回で決着をつけるつもりが思ったより文字数が多くなってしまいました。
そろそろワイバーン編を終わらせたいと思います。




