107 アレクサンドロシアの計略
「義妹ガンギマリーはこれからハメルシュタイナーの屋敷に向かい、見舞いと称してこれから武力解決手段で決着をつけてはどうかと提案する。また、その際は決闘の当事者を鱗裂きのニシカとし、これの介添人をシューターとする。皆の者、異存はないな?」
新たに女村長のために用意された寝所で、集まった俺たちは作戦会議をしていた。
女村長は俺とニシカさんを交互に見やりながら確認を取ってくる。
「ああ、問題なんてひとつもないぜッ。本当だったら連中が文句を言いに来た時点でこっちから決闘を申し込んでやればよかったんだ」
「俺は構いませんが、その決闘というのは命のやり取りまでする様なものなんですか?」
ニシカさんは強く意気込んでいるが、やはり俺は決闘がどこまで許されているものなのか確認をしなくちゃならない。
俺は人を殺すために空手や格闘技を習ってきたわけではないので、心のどこかにやはり躊躇があるのだ。
幸いというべきか、俺がこのファンタジー世界にやって来てこの土地で人間の範疇に入る者を相手に命のやり取りをしたことがあるのは、美中年カムラだけだった。
彼との死闘は文字通り思い出すのも恐ろしいものだったが、少なくともあの瞬間だけは体中が興奮に包まれていて、冷静ではなかった。
「通常それはないものといえるが、不慮の事故は決闘に付き物だ」
「不慮の事故……」
「もちろん、不慮の事故は常に想定外の中で起きるものだからな。起きてしまったものはしょうがないと言える」
口角を引き上げた女村長が、わざわざ宿屋の丁稚ゴブリンに命じて用意させた安楽イスに深く座りながらそう言った。
そのまるで意味深な言葉を口にしつつ、雁木マリとようじょを見やるではないか。
ようじょを観察してみると、コクリと頷いて見せるのだった。何かを考えているらしい。
「とはいえ、まかり間違ってもこちらが負けることが許されぬゆえ、気を引き締めて対処をしてもらわねばならぬ。このフェーデは辺境でわらわの足場固めをするための第一歩であるのだからな」
「はあ……」
俺がひとまず返事をしたところで、雁木マリが言葉を続ける。
「問題は相手が介添人の数を増やしてきた時の事を考えておかないといけないわね」
「フェーデには人数制限というのはないのか?」
「もちろんあるわ。普通は当事者と助っ人のふたり、場合によってはもうひとりを加えた三人で行われるの」
「ふむ」
このファンタジー世界における一般的な決闘は武力解決手段と呼ばれていた。
当事者が自らの名誉を回復するために設けられた制度で、当事者の一方が申し込んだ場合は、立会人を仲介して決闘が行われる事になる。
また当事者同士は助っ人を呼ぶ事が出来る。それがふたりないし三人の介添人というわけである。
通常は二対二で行われるのが一般的だが、今回はどちらになるのだろうか。
「ニシカさんと俺がいれば、とりあえずはふたり揃える事は出来る。問題は相手が三人で挑んできたときの事だろう」
「今回はあたしが介添人になる事は出来ないわね、ハーナディンもそう。あたしたちはフェーデを提案する立会人という立場に徹しないといけないわけだから」
そうなると、まさか女村長を介添人に指名するわけにもいかない。
俺はサルワタの仲間たちをぐるりと見まわしながら考えた。
まず目が合ったようじょはどうだろう。いやいや、こんな幼気な小さなレディに決闘なんてさせられない。駄目ですダメー。
カサンドラは……論外だ。そもそも奥さんは武器などまともに握ったこともないだろうから駄目ですダメー!
では冒険者の二人組、ダイソンは少し不安が残るがエレクトラの細剣の捌きはかなりのものだから安心出来る。
ぼんやりした顔のエルパコは、たぶんそこそこは動けるはずだろう。しかしこのけもみみがどの程度の対人格闘術を持っているのかを俺は確認した事がなかった。
ッワクワクゴロさんの弟ッジャジャマくんと、野牛の兵士タンスロットさんは、まあ並と言えば並だろう。これを使うならエルパコかエレクトラを俺は指名したいね。
そしてカラメルネーゼさんと俺は目が合った。
妖艶な笑みを口元に浮かべると青味がかった不思議な髪色のそれをふさりとしてみせて、俺を見返してきた。
エレクトラとけもみみ、それからカラメルネーゼさんがやってくれるなら、この三人から選べばいいわけか。
だがひとつ確認しておきたい事がある。
「ちなみに、この決闘に拒否権はあるんですかね?」
「どうしたお兄ちゃん。まさか臆病風に吹かれたというわけではないだろうな」
「いやあ、そういうのは相手を見てからじゃないわかりませんねえ。ワイバーンみたいな相手が出てきたら、さすがに俺は拒否したいですよ」
「あっはっは、そんな馬鹿な事などあるはずがないだろう。遠い国ではワイバーンを使役しているというけれど、それは仔龍の頃から餌付けをしてはじめて成功するというではないか。ありえんありえん」
女村長は大笑いして手をヒラヒラさせ相手にしなかった。
すっかりアレクサンドロシアちゃんは失念しているようだが、俺ん家には仔龍の頃から餌付けしている最中のバジリスクのあかちゃんがいるんですけどねぇ……
ただ、可能性としては限りなく低いという事はわかったので黙ってうなずいておく。
「で、拒否権というのはあるんだろうな?」
「当然それはあるわ」
雁木マリに聞いてみると、決闘はもちろん拒否する事も出来るのだが、その際は相応額の慰謝料や身代金などを要求される事になると続けてくれた。
この様な物騒な法システムが存在している事に異世界の恐ろしさと理不尽さの一端を垣間見られると俺は生唾を飲み込んだものだけれど、それなりのルールが定められていた。
「まあ何も問題がない場合はそれでよし、三人目が必要な場合、お頼みするのが可能なら実力的にカラメルネーゼさんにお願いするのがいいと、俺は思います」
カラメルネーゼさんは貴族軍人の出身で騎士爵さまだからな、居住まいを見ていても、恐らく剣術かなにかが出来る雰囲気は出ている。もしくはあの蛸足は何かを期待させてくれるじゃないか!
……しかしまあこれはどうしてもという場合だ。自分で言っておいてなんだが、サルワタ領からすれば部外者であるカラメルネーゼさんにお願いするのもどうかと思うしな。
すると女村長が、
「ふむ。カラメルネーゼよ、シューターはそう言っているが、頼めるかの?」
「わたくしはいつでも構いませんことよ。このところ槍を振るう事もまるでありませんでしたから、いい腕慣らしになりますわ」
「そうだの」
「ですわねえ。その点わたくしは子爵家の娘ですし、わたくし自身も騎士爵ですので問題ありませんわ」
やはり騎士見習い時代からの付き合いで、アレクサンドロシアちゃんも武芸の腕に信頼を置いているとかな?
しかし騎士爵だと何がいいのだろうか。騎士爵ふたりで納得顔をしてウンウン言っているので、俺は雁木マリに助けを求めた。
「あの、どういう事でしょうか?」
「それはね、フェーデを使う事が出来るのは、原則として高貴な身の上の人間に限られているからよ」
つまり貴族や領主、騎士の階級にある者にのみゆるされた自力救済措置なのである。
一般人が、道端を歩いていて難癖をつけられ、いちいちフェーデが可能な世の中であるならば、道端であちこち決闘騒ぎが起きている事になるだろう。
さすがにそれはない。
「じゃあニシカさんは猟師だから武力解決手段に持ち込めないんじゃないですか?」
「お兄ちゃんは馬鹿だな、鱗裂きのニシカとエルパコはお兄ちゃんの部下なのだから、これは騎士見習いだ」
どうしても一般領民がそれを行わないといけない場合のみ、領主によってその階級が引き上げられ、例えば騎士身分としてフェーデが行われることになるのだそうだ。
そんなセコい手が使えるなんて……
「逆を言えば、今回はカサンドラに懸想をした不埒者が領主の小倅であったというのが幸いしたわね」
「その理屈はおかしいぞ。相手が農民の小倅であったならば、わざわざカサンドラに訴えてくる馬鹿はいなかったことになるじゃないか。無礼討ちも出来る事だからな」
やはりこの世界は優しくない。
ある意味で俺はそう思った。
◆
雁木マリは修道騎士ハーナディンを連れて宿屋を出て行った。
向かった先はまず話を通しに教会堂へ、そしてゴルゴライの領主ハメルシュタイナーの屋敷である。
出ていく間際「任せてちょうだい」と意味深に女村長へ言って見せたのが印象的だった。
だから各々の部屋にサルワタの人間たちが退出していったのを見届けてから、俺は改めて女村長に質問したのである。
「何を企んでいるんだ、アレクサンドロシアちゃん?」
「ふむ、お兄ちゃんには何もかもお見通しとみえるな。まあそこに座ってくれ」
女村長は宿屋の板窓をわざわざ手ずから閉めてみせると、光の魔法を起こして安楽イスに腰を落ち着けた。
俺は寝台に腰を掛けながら前のめりになる。
アレクサンドロシアちゃんの顔を見ていると、とても悪い面をしていた。
やはり何かを企んでいるのに違いない。
「このゴルゴライをわらわたちのものにするぞ。今回の件はいい機会だ、難癖をつけてきたのはゴルゴライ領主の馬鹿息子どもだったが、お兄ちゃんは決闘でその馬鹿息子を殺してしまえ」
「?!」
いきなり何を言い出すのかと思えば、アレクサンドロシアちゃんはひじ掛けに腕を置いて手を組んで見せ、冷酷にそう宣言をするのであった。




