57.暗殺者、次なる敵の標的となる
暗殺者ヒカゲが、死者を復活させた。
その事実は、その場にいた人間たちしか知らない。
だが、それを知る人間以外のものが、存在した。
ヒカゲたちが暮らす世界の遥か上空。
魔神たちが居城としていた天空城よりも、さらに遠く、遙かな先。
次元の壁を越えた先に、そこはあった。
そこは【天界】と呼ばれる、死者の魂のみがたどり着ける、人生の終着点。
死者は神の使い、天使たちによって、その魂の行く末が決定づけられる。
さて。
死んだ魂たちは、まず門番たちの元へと向かわされる。
そこは真っ白で、何もない空間だ。
その空間にぽつん一つだけ、机がある。
その机の上には様々な書類が山積みになっている。
その机の前には、死した魂たちがずらりと、整列されている。
彼らに裁きをくわえているのは、身なりの整った女だ。
一見すると人間に見え無くない。
整った顔。
長い髪はバレッタでまとめられている。
スーツとネクタイを締め、一見すると役人のように見えなくもない。
「では次の方」
役人の前には【天使:デュナミス】とプレートが置いてあった。
デュナミスは書類に目を落とす。
そこには、死者の生前の行いが書いてあった。
デュナミスは無感動にそれに目を通し、判子を手に取る。
「残念ながらきみの魂は地獄行きだ」
「なっ!?」
裁かれた魂は、デュナミスにくってかかろうとする。
「どうしておれさまが地獄へ行かないといけねーんだよ!」
魂は、まだ生前の面影を残している。
見るからに極悪人面をしたそいつが、デュナミスにくってかかろうとする。
だが悪人が声を荒らげても、デュナミスは顔色一つ変えることはなかった。
「仕方あるまい。君は生前、何一つとして善行を積んでこなかった。それどころから他人の命を平気で奪った……悪人だ」
デュナミスは冷ややかな目つきで、悪人を見下ろす。
「罪には罰。当然だろう?」
「てめえ!」
悪人が殴りかかろうとする。
だがデュナミスは顔色一つ動かさなかった。
ボッ……!
と、悪人の魂が、何もせずに消滅したからだ。
「ふぅー……」
デュナミスはため息をつくと、机の上に乗っていたミネラルウォーターのペットボトルを手にする。
水を飲んで、一息つく。
その顔に微塵の動揺も見えなかった。
いまひとつ、人間の魂が完全に消滅した。
つまり、人一人を、このデュナミスという女は殺したことになる。
しかし彼女は顔色一つ変えなかった。
「さて、次ぎ」
次なる死者を裁こうとした、そのときだ。
デュナミスの前に、年若い女神がやってきたのだ。
「やーやーどーもどーも」
金髪の女神だ。
ラフな格好に、背中からは白い翼を生やしている。
「これはセラフィム様。こんなところに何の用事ですか?」
「やー、かったいなぁ。デュナミスちゃんかったいよぉ。もっと気楽にいこーぜぇ」
「……それで? 上から何かご命令がくだったのでしょうか」
「あいっかわらず乗りの悪い女~。まーじむっかつくぅ」
ふぅー……とデュナミスが疲れたようにため息をついた。
天使にとって、女神とは上位の存在。
つまり自分の上司に当たる。
だがどうにもこのセラフィムという女神は、神らしい威厳をまるで感じさせないのだ。
「お父様から命令よん。デュナミス、ちょっとあんた下界にいってきて」
セラフィムは指を鳴らす。
デュナミスの目の前に、1枚の写真が現れる。
そこには、黒髪の、特にこれと言って特徴の無い少年だった。
「この人間が、どうかしたのですか?」
「こいつねー、死者を復活させたらしーのよー」
ぴくっ、とデュナミスのこめかみが動く。
「……ほぉ」
「あんたも知ってのとーり、人間が死者を復活させてはいけない。これは禁忌目録……つまり、創造主である我らがお父様が定めた世界のルール。それをこの人間は破った。お父様は激怒なさってね」
「……つまり、禁忌を破ったその人間を捕まえてこい、と?」
セラフィムは酷薄に笑うと、首を振る。
「違うわ。そいつをぶっ殺してきて」
「殺す……」
「そ。何人たりとも、人間の力で死者を復活させてはいけない。だってそんなことしちゃったら神の威厳ががたおちだもの。当然よね、人間は神に祈りを捧げず、その男に縋るようになるんですからね」
スッ……とデュナミスが立ち上がる。
「承知いたしました。速やかに、このものを排除してきます」
そう言ってデュナミスは頭を下げると、ぱちんっ、と指を鳴らす。
一瞬でその姿は消え、やがて別の場所へと転移する。
……そこは教会だ。
人間たちの街にある、ごく普通の教会。
この世界は一神教。
唯一神である【父】を信じるものたちの教会が、あちこちにある。
デュナミスはその中の一つへと足を運んだのだ。
「おお! 天使様ではございませんか!」
法衣に身を包んだ老人が、デュナミスの前に跪く。
「天導教会の司教よ。貴様に命令を下す。【13使徒】を今すぐに集めよ」
デュナミスが司教にそう命じる。
「おおっ! 一大事なのですね! わかりました、すぐにやつらを呼んで参ります!」
司教は慌てて教会の奥へと消えていく。
ややあって、純白の衣装に身を包んだ、騎士をつれて、司教が戻ってくる。
その数は13。
13人の男女は、全員が、黒髪をしていた。
彼ら彼女らは【13使徒】と呼ばれる、天導教会が所有する13本の【剣】にして、天に代わって裁きを与える【執行者】だ。
「使徒たちよ。この男を殺せ。今すぐにだ」
そう言って、天剣たちのリーダーである男に、デュナミスは写真を渡す。
「んっんー? なんですかい、こいつもおれらと【同郷】っすか~?」
リーダーのとなりに座っていた、軽薄そうな男が言う。
「いや、貴様らと違い、こやつは【異界】から呼び寄せた人間ではない。その末裔だ」
「ほー、んじゃおれさまたちと同じくらいのチカラがあるっつーわけすね~」
「口を慎みなさい。天使様の御前ですよ」
「へいへい。わーったよリーダー」
リーダーである男が、写真を懐にしまい、頭を下げる。
「かしこまりました。我ら13使徒が、総力を挙げてこのものを排除します」
「ああ。任せたぞ、異界の戦士たちよ」
彼らは立ち上がる。
彼らはかつて、デュナミスが異世界から呼び寄せ、力を与えた存在。
俗に言う、【転生者】と呼ばれる、地上最強の13人の少年少女だ。
彼らはデュナミスに頭を下げると、その場から一瞬で消える。
一人残されたデュナミスは、ふぅとため息をつく。
そのときだった。
「……誰だ?」
デュナミスは、教会の片隅を見やる。
そこにいたのは、白いネズミだ。
「……シュナイダー」
「おや、バレてしまいましたか」
白いネズミは、白いスーツに身を包んだ男へと変化した。
「下界に追放された堕天使が、わたしに何のようだ?」
吐き捨てるように、シュナイダーに向けていう。
「いえ、ちょっとしたご挨拶にと思いまして」
「挨拶……だと?」
ええ、とシュナイダーは薄ら笑いを浮かべながら、デュナミスに近づく。
「あなたがたはヒカゲくんを標的に定めたようですねぇ」
「……貴様の、息のかかった者だったのか……」
もちろん♡ とシュナイダーが笑う。
「……貴様、何を企んでいる?」
「別に何も。私はただのメッセンジャーですよ」
シュナイダーはデュナミスの前に立つ。
「あなたはどうやら、転生者たちをヒカゲくんにぶつけるみたいですが……無駄ですよ」
「……なんだと?」
「送り込んだところでヒカゲくんを強くするだけです。今ですら十二分に強い彼が、もっと強くなる。もっと、あなたたちの手に負えなくなる」
「まさか。人間ごときが、神が自ら力をあたえし13使徒に、かなうはずがないだろう」
だがシュナイダーは答えない。
微笑んだままだ。
「戯れ言だ」
「私は忠告しているんですよ、【姉さん】」
シュナイダーがニコニコしながら、デュナミスの肩に手をかける。
「気安く触れるな。天界を追放されたおまえは、もう弟でもなんでもない」
「冷たいですねぇ。まあいいです。私は忠告しましたよ。あなたは唯一の私の家族ですからね。死なれては困ると思って、善意で忠告したのですよ……」
デュナミスはシュナイダーをにらみ付ける。
「貴様……やはり何か企んでいるのだな。下界に追放した後、魔神とか言う神の出来損ないたちとともに天の座を狙っていたようだが……よもやまだ諦めてないとでも?」
するとシュナイダーは、微笑んで返す。
「さて、どうでしょうかね」
そう言って、シュナイダーはきびすを返す。
ボッ……! とその体が、粉々に砕け散った。
【相変わらず酷いなぁ、姉さんは】
「……ちっ」
シュナイダーの声が、どこからか聞こえる。
あやつの実体は、無数にある。
完全消滅させることはできないのだ。
【ともあれ、あなたがた天界がヒカゲくんを排除しようとするのなら、どうぞご自由に。しかし十二分に気をつけることです】
シュナイダーは、最後にこう言った。
【でないと、私の育てた黒獣が、あなたがた天界をまるごと喰らってしまうでしょうから】
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