取り戻した夜
抱きしめられたまま、黙っていた。
2年以上もクリーニングの袋に入っていたTシャツは新しい香りがした。
背中に感じるカオルの暖かさに心臓がドキドキして
その音を聞かれてしまうかもと思うくらい騒がしくなっていた。
そのままカオルの方を向き腕を静かにまわし
シャツ越しに伝わる体温に体を包まれた。
彼女に悪いと思う気持ちよりも、この腕を離したくないという
気持ちのほうが大きかった。
ゆっくりとカオルの手が顔を触り、その手のぬくもりが嬉しかった。
お互い小さく笑い、自然と唇が近づいた。
さっきのような触れるだけのキスでは無く、昔のようなキスだった。
なにもかもが頭から消えていった・・・・・
「まだちょっと熱があるんじゃない?体熱いけど」
そっとカオルの顔を両手で触った。
「どうした?」
カオルの優しい顔を見ながら
もう触れることが無いと思ったその顔をいつまでも触っていた。
昔の自分のしたことを思い出した・・・・
それでも、優しい顔で自分を見るカオルに涙が出た。
流れる涙を優しく手で拭い、瞼にキスをするカオルに
涙が止まることは無かった。
「ありがと・・・まだ好きでいてくれて・・・」
「一度だって嫌いって言ったこと無かっただろ?」
離れていた分のキスを取り戻すかのように何度も何度も唇を重ねた。
何十回、何百回しても足りないと感じながら・・・
「最後の約束・・覚えてる?」カオルの声に顔を見つめ黙っていた。
最後の約束・・・<お互いフリーなら一回くらいつきあうよ>
最後に笑ってメールをしたことを思い出した。
「覚えてるけど・・・でも・・」
でも・・・カオルはフリーじゃない。
「覚えててくれたならいいんだ」
「いや!でもっ!これ以上すると、あ、いや、、これも十分アレだけど・・」
「そのつもりでシャワーって言ったんじゃないの?」
「えーと、、それは、、あの、、そうじゃなくて!本当に気持ち悪いんだなって思って」
「けど、顔はそう言ってないな。俺、分かるもの。まゆがそうしたいときの顔」
「なっ、、自分がしたくて言ってんじゃないの?」
「うん。それもある!」
抜け抜けと笑いながら言うカオルに思わず笑ってしまった。
そしてその昔と変わらないニッコリとした顔に、どうしていいのか分からず
黙って顔を見上げていた。
ギュッと抱き寄せられ「あの・・・」と声を出すと、
「何も言うな。特に彼氏のこと」と口を塞がれた。
(いや・・・そうじゃないんだけど・・・・)
軽く抱き寄せ、ベットのある部屋に入るまでの、ほんの数歩の間に
お互いの服が床に落ちて行った。
自然とカオルのキスに舌を絡め、息が荒くなった自分を感じた。
首、胸、何度となくカオルの唇が振れ
閉じていた足にすっと足を入れカオルの体が滑りこんだ。
慣れた指先が下半身に下り体がビクッとした。
顔を耳元に寄せ
「濡れすぎだって・・・」と小さく笑った。
口にされると急に恥ずかしくなり
思わずカオルの耳を引っ張り、怒った顔をした。
「相変わらずそんなこと言われるの嫌いなんだ?」
知っているくせに、そう言ってゆっくりと指を動かした。
その動きに我慢していた声が漏れた。
「ん・・やっ・・・」
「嫌ならやめる?」
そんなカオルの言葉に答えるのが嫌で話せないように唇を塞いだ。
そのキスを軽く離し、右手で顔を軽く押さえ
顔がよく見えるように少し体を離し、さっきより早く指を動かした。
息が荒くなり、声を我慢することができなかった。
けど、そんな顔を見られるのが嫌で横を向いたが
また右手で強く正面を向かされ、快感に歪む顔をカオルが少し笑いながら見ていた。
「俺、まゆの感じてる顔好きなんだ」そう言って首筋をユックリ舐めた。
慣れた指先と、カオルの言葉に頭の中が白くなった・・・
目を堅く瞑り、イキそうになりそのままシーツを掴む手に力が入った。
そんな仕草を感じたのか指の動きを止め焦らすにいいだけ焦らしながら
胸に唇をつけた。
胸元から首筋までユックリと舌を這わせながら耳元で小さく呟いた。
「もうイきたい?」
体が熱くなりすぎて考えることができなくなりそうな中、
カオルの体にしがみついた。
「指?それとも口?」
恥ずかしくて顔を見れないまま目を堅く瞑った。
「どっち?」
余裕のある声と共に耳に入れてくる舌にまた体がビクッとする。
「んっ、、もぅ、、どっちでも、、いい、、、」
おかしくなりそうなくらい夢中でしがみつくと、意地悪そうな顔をして
「どっちもするけどな!」とニヤッと笑いアッサリとイかされてしまった。
「相変わらず感度良好だな・・」
「うるさい!エロオヤジ!」
まだイったばかりで体がビクビクしている状態なのに、
「俺、結構・・根にもつほうよ?」
片足を持ち上げ、グッと力強くカオルが入ってきた。
さっきとは違う快感にまた顔を歪んだ。
「こんなにイヤラシイ体・・・そう簡単に忘れる訳無いだろ?」
意地悪そうにあたしを見下ろした。
「そんな、、こと、、ない、、、」
途切れながらカオルの顔を見て言った。
「そんなことあるね。俺がいままで会った女の中でダントツだもの」
そう言ってどんどん体を強く動かした。
直樹の時と違い、自分が自分じゃないと思うくらい激しく感じた・・
「やっぱりシックリくるんだよな・・・お前の体・・・」
その言葉に自分でもそう感じた。
自分でもいままで抱かれた人の中でカオルとするのが
一番気持ちいいと思っていた。
ゆっくりと腕から胸を触りながらほんの少し爪をたてた。
その感覚にピクッと体が反応した。
「やっぱまゆはMだよな」そう言って肩を軽く噛んだ。
(そうなのかな・・・)そう思うほどその歯の感覚が気持ちよかった。
「相変わらず、まゆはわかりやすいな。そんなにイキそうなの
バレバレだと、どーしても意地悪したくて仕方無くなるんだよなぁ」
そう言って動きを止め、笑って顔を見た。
「本当に・・・何年経ってもその意地悪は変わらないんだね」
「彼氏はこんな意地悪しない?」真面目な顔で言われ、
なにも言えず黙って顔を見た。
「カオルだって彼女にこんな意地悪するの?」
また聞きたくないくせに、そんなことを言ってしまった。
その時の顔が少し悲しい顔に見えた。
カオルは何も答えず、激しく体を動かしやんわりとした空気を消した。
罪悪感と激しい快感の中、カオルのちょっと荒い息遣いと
時たま漏れるあたしの声と息遣いが静かな部屋に響いた。
(もう離したくない・・・)そんな思いが頭の中に渦巻き、
ただ夢中でカオルの体にしがみついた・・・
自分でしていることが悪いことだと知っているのに、
そう思えば思うほど、どんどん感じた。
そんなあたしを見て唇を重ね優しく噛んだ・・・
唇が離れ、カオルの動きにすべて身をまかせ
このまま・・・・時間が止まればいい・・・・
そんなことを考えながら、真っ白になっていく自分を感じた・・・
「あのぉ〜俺・・・まだイッてないんだけど」
強く背中に力を入れた手がほどけた時にカオルは笑いながら言った。
「もぅ疲れたぁ、、、」
「じゃあ、ちょっとだけ時間あげるよ。もう一回くらい頑張って!」
そう言って笑いながら鼻にキスをした。
「昔・・・俺以外の男としてもつまらないよって言ったけど、
本当につまらないのは俺のほうだな」
もう何度もイッているのに、それでもまだ足りないような気持ちになり
カオルの耳を優しく噛んだ。
「ちょ、、俺、耳弱いからやめろって」
そう言って笑いながら顔を離そうとするのを軽く押さえ
首筋や耳をゆっくりと舐めた。
首をすくめながら、くすぐったい顔をしてたが、それでも気持ち良さそうに
そのまま舌の動きに黙っていた。
「カオルとするの・・・大好き。 あたしも忘れられなかった・・この体」
カオルとのセックスだけは自分が等身大になれる。
直樹にはできないことも、カオルには遠慮なくできた。
「やっぱり俺達、体の相性ピッタリだろ?」
「うん。本当にそう思う」
不思議なことにカオルとの最初の夜から、あたしはそう感じていた。
ずば抜けてカオルが上手なのかと聞かれれば、そうじゃないかもしれない。
けれど、なにもかもがパズルのピースのようにピッタリだと感じた。
たぶんすべての波長が合うのかな・・・・そう思いながらカオルに笑いかけた。
「まゆ・・もう俺以外のヤツとしないって約束してくれないか?」
真面目な顔をしてカオルが言った。
内心、(あたしはいいけど彼女がいるのに二股?)
そう思うと素直に「うん」と言えなかった。
黙ったまま顔を見ていると、
「もう他のヤツにこんな顔するまゆのこと考えるの嫌なんだ・・
俺もしない。だからまゆもするな」
そう言って強く首筋に口をつけた。
(昔・・・こうしてキスマークつけてもらったな)
遠距離で家に帰る時に、帰ってから寂しいからつけて!と
せがみ何度かつけてもらったことを思い出した。
首筋に痛いと感じるほど吸い付くカオルに
「ちょっと・・・そこは目立つような気がする」と言うと
「だってわざとだもの」と笑った。
同じような所にカオルにも何箇所か吸い付き痕をつけた。
「俺達、ガキみたいだな?」お互いクスクスと笑った。
「約束する。カオルも本当に約束できる?」
「ん・・・できる!」
内心、見たこともない彼女がきっと泣くのだろうと感じた・・・・
こんなことして、、、本当にいいのだろうか・・・
そんな不安が体に広がった・・・
そしてまたカオルの動きに体をまかせた。
(カオルがいるなら、どんなに恨まれてもいい・・・)
体がどんどん熱くなり、肩を掴んだ手に力が入り知らないうちに爪をたてそうに
なってしまう。
耳元でわざと呟く言葉に頭が痺れてくる。
「んっ、、もぅ、、、、」
「もう何?言わないと、、俺わかんないよ」
カオルの意地悪に目に涙が溜まってくる。
焦らされることで、どんどんと神経が敏感になる・・・
そして、、こんな風になるのは相手がカオルだからと頭が理解する。
カオルの首にしがみつきお互いの頬が触れた・・・
耳に唇を寄せ、自然と口から今の気持ちが溢れ出した。
「カオ・・ル・・・愛してる・・・」
吐息にも似た消えそうな声で言った・・・
その言葉と同時にカオルが小さく声を漏らした・・・
「ふぅ〜」と大きな息をつきカオルが体の力を抜き上に重なった。
「俺も・・・」もう一度、優しくキスをして言った。
いままで<愛してる>という言葉は誰にも言ったことは無かった。
そこまで誰も好きになりきれていなかったのかもしれない・・・
自分で言った言葉にチョット・・・ビックリした。
「つーか、いきなりそんなこと言うなよ。早くイッちゃうだろ!」
「だって、、、つい言っちゃったんだもん」
せっかくシャワーに入ったのに無意味なくらいお互い汗をかいていた。
クーラーの風が心地よかった・・・
懐かしいカオルの腕枕はやっぱり誰よりもシックリきた。
そのままのかたちで何度もキスをして、お互いニッコリと笑った。
けど、時間が経てば経つほど、罪悪感が鮮明になってきた。
「こんなこと・・・彼女が知ったら泣いちゃうね・・・」
そう言った自分の目にジンワリと涙が滲んだ。
それは申し訳無くて滲んだのか、行かないでという言う意味で滲んだのか
分からなかった。
「それを言うなら、、まゆの彼氏だろ・・・」
そう言ってカオルは黙って上をむいた。
それまでの雰囲気が一転したかのように、二人の間の空気が
変わったような気がした。
「彼氏に初めて抱かれた時もいまみたいな感じだった?
俺のこと全然考えないで「愛してる」とか言った」
少し冷たい言い方でそのまま天井を見ながらカオルは言った。
初めて直樹に抱かれた日をぼんやりと思い出していた。
けど・・・それは今とは違い、カオルのことを考えるのが
辛くて・・・一人になるのが怖くて・・・・
そんな思いのほうが大きくて直樹の元に行ったような気がした。
「そんな事無い・・・・
「愛してる」なんて・・・いままで言ったことないもん・・・」
(いまさらだよな・・・・)
部屋が妙にシーンとした感じがした。
今になってカオルのことがやっぱり一番好きだったなんて
言う資格は無いのに・・・
お互いなにも言わずにそのまま沈黙が続いた。
けれど、心の底では(もう自分の側にずっと居て欲しい)
そう考えていた。
黙ってカオルの胸に顔をつけた・・・
(もう離れたくない・・・・)
さっきあんなことを言ったが、あれはその場のピロートークだったのでは
ないだろうか・・・そう思うともう一度この空気の中で聞くのが怖くなった。
「今・・・彼氏のこと考えてる?」
昔のように軽く頭に手を乗せながらカオルが聞いた。
「ううん・・・・ 」
「じゃあ俺とヤッちゃってマズいな〜とか考えてる?」
「ううん・・・・ そんなこと思ってない。カオルは?
マズいな〜って思ってる?」
お互い腹の探り合いのようなことをしているような気がした。
その言葉にカオルがちょっと笑った。
「思ってないよ。俺、会社で初めて会った時に、
もしかして別れてきたのかな?って期待したし・・・・
でも付き合ってるよって聞いてそれは違うんだと思った。
けど、、もし少しでも上手くいってないなら・・・・って、ずっと思ってた」
嘘をバラすなら今なのかな・・・・
そう思いながらカオルの話を聞いていた。
「でも・・・この前彼氏から電話きたじゃない。
普通の顔して会いに行こうとしてるまゆを、どう引き止めようか
考えていたけど、、、結局なにもできなかった・・・
あの日、仕事なんかしてなかったんだよ・・・
ただ(今ごろ会ってるんだな・・)ってそう思うだけで
なにも手につかなかった・・・」
頭を触っていた手をそのまま動かしながらカオルが言った。
どんどん嘘をバラすきっかけを逃しそうな気分になった。
「おまけに、どんな奴が一度見てやろうって意気込んで行ったのに、
あんなに格好イイの見ちゃったら、、、なんだか情けなくてさ。
余裕ある顔で挨拶までされちゃって、、、食事まで誘うくらい大人でさ」
「カオル・・・彼女とどうなの?」
その問いになにも答えずただカオルは黙っていた。
「大人の男はこんなことしても・・・
きっとまゆのこと許すんだろなぁ・・・ 」
そう言って撫でていた手でポンッと頭を軽く叩いた。
「俺・・・向田って人のこと、、何度も考えた・・・
なんでまゆなんだよって、、、、
寄りによってまゆじゃなくてもいいだろって、、、
健吾から電話きて、誘ってるって聞いてから何度も会いにいこうと思った。
けど、まゆは絶対裏切らないって、、そう信じてた、、、」
小さくポツポツと言うカオルの声に胸が痛くなった。
そんなに苦しませたことに・・・・・
それと同時に、きっとカオルの彼女が同じ思いをするかもと
思うと嘘をついていることを言うことができなかった。
きっと今なら「もう別れているの・・・」そう言えば
カオルは戻ってきてくれるかもしれない。
そんな見えない自信があった。
けど、また自分のわがままで知らない人まで苦しめても
いいのかと思うと言えなかった・・・・
散々今夜カオルを独り占めしたくせに・・・・
キュッとタオルケットを掴んだ手に力が入った。
言おうか・・・・・言わないか・・・・頭の中でグルグル回った。
「まゆ・・・別れてくれるよな?彼氏と・・・」
カオルの声が部屋に響いた。
「カオル・・・別れるの?彼女と・・・」
「俺のことは気にすんなよ・・・ じゃ、帰るわ・・・明日健吾が来るから
部屋どうにかしないとな。まゆはもう寝ろよ?散々イジメて疲れさせた
俺が言うのはなんだけどさ。本当は朝までいたいけど部屋に
健吾のダンボールが届いてすごいことになってるんだ」
スッとベットから立ち上がり、うちに置いていたTシャツやパンツを履き、
「Yシャツ・・・頼むな。今度、朝ここから会社行く時に
着るよ。おやすみ・・・」
額にゆっくりとキスをして部屋を出ようとした。
幸せな気持ちと悪いことをしたという気持ちが交差した。
考えれば考えるほど心が痛くなった・・・・
こうなることを願っていたはずなのに、不安な気持ちだけが残った。
さっきとは違う苦しい気持ちにまた涙が出てきた。
やっぱり今日だけは側にいて欲しかった・・・
「カオル・・・」ドアに手をかけたカオルに向かって声をかけた。
「ん?どうした」
「今日だけは、、、もうちょっと一緒にいて欲しい・・・」
そう言うあたしの顔を見てベットに座った。
「仕方無いな〜。泣くなよ!じゃあ、朝早く出るよ。それでいい?」
「うん・・・そうして欲しい・・・」
「甘えちゃって〜」頭をクシャとしながら、ベットに横になった。
安心して胸に顔をつけ目を瞑った。
「もう泣くな・・・」
そう一言言って頭にアゴが当たるのを感じた。
やっぱり側にいてくれたことに、涙が溢れた・・・・
これで本当に昔のように戻れるのか不安な部分と、
今だけは自分だけのものだと感じることに、いつまでもカオルのシャツが
濡れていた。
「まゆ、、愛してる・・・」
カオルの言葉に嬉しくて漏れそうな声を我慢しながらいつまでも泣いていた。




