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昔のように

頭を撫でられる感覚に薄れていた意識が少し戻った。

目を瞑ったままだったが、もうさっきほどは体調も悪く無く

頭に感じる手の動きが気持ち良かった。


(誰だろう・・・)


そう思ったが、まだ少し体が重く

目を明けるほどまではいかなかった。


(あれ?デスクにいたのに。なんだか横になってないか?

 どこに寝てるんだろ)



だんだんと意識がハッキリしてきて

目を明けようとした時、その頭を撫でている人の声が聞こえた。



「なんでこんなに無理するんだか・・・毎日、毎日、夜中まで」

カオルの声がした。


(あぁ・・・この撫で方はカオルだったんだ・・・・)


そう思うと、急にもう少しだけこのままカオルの手の感触を

味わっていたくなった・・・・

こんな時じゃないとそんなことも、もう無いだろうしそうしてくれたのが嬉しかった。


「こんな時になにもできない彼氏なんか別れたらいいのに・・・

 俺じゃなんにもできないじゃん・・・」


盗み聞きをしているような自分が(いいのか?)と思いながらも、

そのカオルの独り言をそのまま寝たフリをして聞いていた。



「こっちまで来たら別れたって期待するだろーが。変な期待させる

 くらいなら、目の前に現われるなよなぁ〜。いい加減忘れようって思ったのに」



その言葉を聞いてドキッとした・・・・

(まだ・・・好きでいてくれている?)そんなことを考えながら

必死で寝たフリを続けた。


手の動きが止まり、スッと立ちあがったような動きが聞えた。

でもいつ目を明けていいのか、タイミングがわからずただジッとそのまま動かずに

目を開けたいのに我慢していた。


(きっと目がピクピクしてるかも・・・)


そう感じながらも必死で、できるだけ自然な寝たふりをしていた。


ギシッ・・・という椅子の音と少しだけ揺れる感触に

(わ!開けなくてよかった・・・ まだ近くにいたんだ!)と驚きながらも黙っていた。



唇に懐かしい温もりを感じた。

その感触にカオルのキスだとすぐにわかった・・・

ほんの一瞬のことだったのに、ものすごく長い時間に感じて・・・


あまりの驚きに目を開け黙ってカオルの目を見ると

一瞬カオルは驚いて「わっ!」と言ったが、


「あの、ほら、熱、、そう!熱どれくらいかな?って・・・

 で、その体温計無いから額くっつけようとして。

 で、えーと、ごめん。ちょっと、間違って、、、」


お互い気まずい感じで離れた。

彼女に後ろめたい気持ちになりながらも、さっきの言葉と

今のキスに内心喜んでいる自分がいた。

でも、上手くそれをカオルにどう表現していいのかわからずに、


「あ・・・うん。いいの。もう大丈夫。ごめん」

と言い、慌てて二人でデスクに戻った。


まだ唇にはカオルの感触が残っていた。

なにが<ごめん>でなにが<間違って>なのか会話が成立していなかったが、

お互い慌てて、なにも突っ込まずオドオドしていた。


「あの、まゆ、、今日もう帰ったら?後から部長にそう伝えておくし。

 まだ顔色悪いからさ。あ、、俺、終わってから家になにか

 差し入れするから。それまで寝てな。毎日遅いんだろ?」


「あ・・・うん。そうだね!今日もう急ぎの仕事は無いし。

 そ、、そうさえてもらおうかな?祐子さんにそう伝えて」


このまま二人でいることが耐えられなくなり、

それだけ言って事務所のドアを飛び出した。



家に戻り・・・・

(あれは・・・なんなんだろぅ・・・・・)

痛い頭をさらに酷使して考えた。

体中が汗でベタベタしていたのに気がつき、部屋のエアコンを入れ

そのままシャワーを浴びた。

さっきの貧血のような感覚はもう無かった。


シャワーを出るとヒンヤリとした空気に少し体が楽になった。

そのままベットに入り時計を見るとまだ5時前だった・・・


(後から来るって言ったけど・・・きっと来ないな。

 あんなに気まずい空気の中、飛び出してきちゃったし・・・)


そんなことを考えながら目を閉じた。


さっきのことでいつもベットに入ってから悶々と考える

カオルと彼女のこともスッカリ頭から消えていた。


ただ頭の中には

(まだ好きでいてくれるなら・・・それが本当なら・・・

 まだ間に合うのかな?直樹と別れたって言えば、、、どうにかなるのかな?)


そればかりが頭の中に何度も浮んだ。


けど、そんなことをいまさら言う勇気が自分にあるのかと言えば

きっと無いと思った。

流されやすいくせに、自分ではなにも行動できないことは知っていた。



しばらくして頭がボンヤリしながら眠りに落ちた・・・








部屋が真っ暗で、何時なのか分からなかった。

ただ、インターホンの音で目が覚めたような気がして、

枕もとのスタンドを点し、携帯を見ると10時を過ぎていた。


ピンポ〜ン・・・・


(あ・・・やっぱり鳴ったんだ・・・)

そう思い、受話器をとるとカメラにカオルが写った。


「あ・・・今、終わったの?」


「う、、うん。あの、軽く食べられる物買ってきたんだ。

 どう?少しは良くなった」


「うん。今、ロック開けるね」


受話器を置き、カオルが部屋に来るまでの間、

少しでもドキドキする気持ちを落ち着けようとした。


(落ち着け・・・落ち着け・・・)


ドアを開けると、目を合わせずに壁のほうを見ながら、

カオルがサッ・・・と袋を目の前に出した。


「あ。これ・・・ サッパリした物にしたから。

 夏バテもあるのかなって。あっちより暑いだろ?

 じゃ、、俺行くわ。明日も具合悪いなら休めよ」

そう言ってコンビニの袋を手渡し玄関を出ようとした。


「あ!あの、、ちょっとあがっていかない?

 せっかくだから・・・・ あ、、もし嫌じゃなかったらだけど・・・」


咄嗟に帰ろうとするカオルを引き止めた。

そんなことを言ったことに内心ビックリしながらも、カオルの顔を

黙ってみていた。


「えっ!でも、、具合悪いだろ?」


予想していなかったのか、少し戸惑ったようにカオルが答え、

オドオドしていた。


「ううん。少し寝たらもう大丈夫になったし。

 あ、、でも、、、彼女とか来るよね。ごめん。いいの・・・」


(うわぁ・・・どうして嫌味っぽく言ってしまうんだろぅ・・・・)


「いや、、じゃ、ちょっとだけ」


そう言ってカオルはドアを閉め中に入った。

自分から「どーぞ」と言ったのに、部屋にカオルをあげたことに動揺して

慌ててドアを開けずに後ろのカオルのほうを見ながらリビングに

入ろうとして閉まったドアに頭を打った。


「うわぁ!いったぁ〜」


頭を押さえて、あまりの動揺っぷりに自分で恥ずかしくなった。


「お前・・・熱あるんだろ?てゆうか、目見えてる?」

呆れた顔をして言うカオルに「大丈夫!大丈夫!」と言いながら中に入った。


「適当に座って。いまなにか出すから・・・あ、ありがとね」

コンビニの袋を軽く上げお礼を言った。

「おぅ。コンビニじゃなくてもっと違う物って思ったんだけど、店無くてさ」


「うん。いいの!いいの!どーせ何も食べないで寝ようって思ってたからー」


キッチンに歩きながらカオルに話かけたはいいが、

咄嗟に昼間のことを思い出し、これからどんな会話をすればいいのか

頭がこんがらがっていた。




冷蔵庫から冷たいお茶を出してカオルの目の前に差し出した。

「あ・・ごめん。ビールのほうがよかったでしょ?

 でも、、あたし飲まないから・・・買ってこようか?」


「いや、いいよ。これで!」


一気にお茶を飲んだカオルが

「彼氏って酒飲まないの?こっち来てから一回も部屋に

 来てないとか?まゆの部屋だって男の匂い感じないな」

そう言って黙って部屋を見渡した。


(ヤバい・・・・)


そう思ったが、「そ、、そうかな?」と変にヘラヘラと笑った。


「いやぁ・・・会社出たらやっぱり暑いな〜。俺、デブかよって

 くらい汗だらけ・・・」そう言ってシャツを引っ張り笑った。


「あ・・・シャワー入る?」


「えっ・・・・」


(シマッタ!いくらなんでも、そりゃ無いだろ!)


「あ・・いや、、汗かいて気持ち悪いかなって。あたしも帰ってすぐに

 入ったから。だから、ちょっと言ってみただけ。うん」



そんなあたしを見て、引きつった顔で笑っていた。


「なんでそんなに慌ててるの?いや、入りたい気持ちは山々だけど、

 またこの汗だくの服は着れないから遠慮しとくよ」


「着替え・・・あるけど?前にカオルが置いていった服・・・」


自分で自分の首を締めすぎな発言をするこの口を

どうにかしたかった。

慌てると、余計なことをどんどん言ってしまう・・・


(ん〜)と少し考えながらも、カオルは黙って浴室を見ていた。


「マジで?本当に入っていいなら入るぞ俺。

 もうさっきから気持ち悪くて死にそうだから」


「あ・・うん。いいよ。全然!」


そう言ってベットの脇に置いてあったダンボールから着替えを出した。

クリーニングの袋に入ったままのTシャツなどを持ってカオルに渡した。


(あたし何してるんだろう・・・・)


「あ、、じゃあ、、そうする。サンキュ〜」



シャワーの音が聞こえてくると、妙に冷静になる自分がいた。

(あたしどうする気でそんなこと言ったんだろ・・・・)

これじゃまるで誘ってるみたいだ!

けど、いまさら浴室のドアを開けて「やっぱり出て!」とは言えない・・・


オロオロしながらカオルが持ってきた袋の中を見た。

簡単なお惣菜やお茶、果物やビールが入っていた。

どれも二人分で、玄関で帰ろうとしていたくせに

本当は一緒に食べようとしていたんだと思った。


ビールを冷蔵庫に入れ、惣菜を器に盛り

他になにか作ろうとキッチンに立ち簡単な料理を作っていた。


「いいの?寝てなくて」

タオルをかぶり髪を拭きながら後ろからカオルが覗いていた。


「あ・・うん。もう大丈夫。少し寝たし。寝不足だったんだと

 思うんだ・・・最近遅かったから」

そう言いながら、そのまま料理を続けた。


「なんか懐かしいな〜 まゆがそんなことしてる姿って」

横で笑っているカオルの視線を感じた。


「俺さ、何度やっても目玉焼きが綺麗にできないんだよなぁ・・

 それ見る度に「まゆって上手だったんだな」って思ってたよ」


目玉焼きくらいで褒めてくれるカオルがちょっと可笑しかった。

直樹だったら、あたしよりも料理が上手だから

いつも以上に気を使って作っていたのをなんとなく思い出した。


「目玉焼きなんて簡単だよ・・・・それにあたし料理はいまいちだし。

 カオルくらいしか褒めてくれないよ。健吾だって馬鹿にしてたし」

笑いながらレタスを千切っていた。


「あんまり家庭的な女と付き合ったことないからかな〜」


千切ったレタスを横からとり、なにもつけないまま口に入れて

シャクシャクと音をたてて食べた。


「彼女は作ってくれないの?あたしなんでも喜んで食べてくれるから

 カオルに作るの大好きだったよ。味覚音痴だから一番楽だった」


「味覚音痴まで言うのかよ・・・・」


昔のような冗談を普通に言いながら笑っていた。

でも、やっぱり彼女のことを聞いてもカオルははっきりとは答えなかった。

聞きたくないけど、つい口から出てしまう。


「けどさ・・・ほんの少ししかあのキッチン使ってるまゆなんか見たこと無いのに、

 あそこ見るといつも思い出してたなぁ・・・」

テーブルに寄りかかりながら、タオルを肩にかけ笑いながら言うカオルに

「そうだね・・・ ほんの少しだったもんね」と笑いかけた。


「料理以外もあったけどね・・あのキッチンの思い出は〜」


ニヤニヤと上を見て何かを頭の中で想像している顔をした。


「相変わらずエロオヤジだよね、、、今なに考えてるか分かった・・・」


「え?俺からエロ取ったら何も残らないもの〜」

「まったくだよね。歳いってどんどんパワーアップしてんじゃないの」


そんなくだらない昔話にも思わず笑みが零れていた。



ちょうどそこに携帯が鳴り、電話に出ると祐子さんだった。


「もしもし。まゆちゃん?大丈夫―!矢吹君から聞いたんだけどー」

「あ、すいません。もう大丈夫です。勝手に帰って申し訳ありません」

「ううん。いーの!いーの!何か買っていこうか?」


そう言われて一瞬カオルの顔を見た。

(え?)というようなカオルの顔を見て、祐子さんにここに来ると言っていなかった

んだなと思い、ただニコッとしてまた電話に意識を向けた。


「いーえ。大丈夫です。もう食べたから。明日はちゃんと出勤しますから」

「そう?もし朝起きて無理だと思ったら電話ちょうだいねー」

「はい。分かりましたー」

少し慌てながら電話を切り、カオルの方を見た。


「祐子さんが何か買っていこうかってさ」

「わっ!部長くんの?俺、この格好まずくない?」

「ううん。来ないよ。大丈夫」

少し慌てていたカオルにそう言うと、(そっか。よかった〜)と笑っていた。


「今日さ、本当は一緒に食べようって思ってたでしょ?

 ビールまで買ってたくせに〜 言えばいいのに。もうビール冷えてるよ。飲む?」



お互い目が合い、どことなく真面目な顔をしているカオルに

胸がギュッ・・・となった。

慌ててまた自分の手元を見て、料理を続けた。

しばらく見られている視線を痛いほど感じた。



(あたし、、、なに引きとめてんだろ。もぅ・・・)


帰らないでと言いたいのに何も言えず、

お互い沈黙した空気に黙っていた。

なんだか熱とこうして部屋に二人で居られることに昔のように感じ

いつもの自分より寂しくなっていた。


なにか一言いわれると泣きそうで・・・

苦しくて苦しくて・・・


今にも泣きそうな自分を止めることだけに

必死になっていた。


そんなあたしを見てカオルはソッと後ろにまわり

「俺・・・やっぱ、、ダメだわ・・・まだ好きだ・・・」


そう言って優しく抱きしめられた・・・・



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