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嫌なバッティング

直樹のおかげで一番取引したかった大手のメーカーとの契約が実現した。


そこのメーカーは今でも直樹の担当で、

商品の幅が広く2〜3度あたしも買いつけをしたことがある所だった。



「いくら相手が直樹でもよくOKしてくれたね?なんて言ったの」


契約が正式に決まった日の夜、お礼を兼ねて電話をして聞いた。


「ん?そんなにたいしたこと言ってないよ」


「そうなんだぁ・・・あたしなんか速攻断られたのに・・・」


ブツブツと文句を言いながら、あの嫌な担当の顔を思い浮かべた。


「ただ「俺の彼女だから信用あるし。ダメですか?」って言っただけ。

 だからあっちにはそんなフリするんだよ」


「それマズいでしょ!嘘ついたの?うわぁ・・・」


「1年もすれば、しっかりと信用がつくよ。もっと良い売上さえ

 残せば、他のメーカーからも頭を下げてお願いしてくるし。

 まぁ・・・これは内緒な。頼むぞ」


「うん。ありがと。ごめんね、無理なこと頼んで」


ちょっと申し訳無くなった。

直樹に反抗してこうなったのに、迷惑をかけている自分が

世間知らずで甘かったと感じた。


「そんなに気にしないでいいよ。昔の罪滅ぼしだから。

 もっと上手に俺を利用しなって。馬鹿正直はこの仕事にはむかないよ」


「さすが憧れの人だけあるね。あたし見る目あるぅ〜」

「まったく調子いいな。で、もう7月になるけど、どう?だいたい商品は揃った」


「うん!このメーカーから入荷すれば一応は完成かな。

 あとは、もう冬商品に切り替えないとね」


この仕事は先へ先へと行かないと遅れてしまう。

これから暑くなるのに商品はもう秋、冬のことを頭に入れなければならなかった。


「そっか。後、マツのことだけどさ。9月くらいになる予定なんだ。

 次の人の引継ぎもあるし。問題無い?」


「うん。大丈夫。そっちは健吾抜けても大丈夫?」


「あぁ。マツも今がチャンスって言うし、止めることはできないじゃない。

 こっちはなんとかなるよ。精々マツに仕事押し付けて、今度は彼氏でも探しなよ」

終始ニコヤカに直樹の電話を切った。


(もっと上手に利用すれか・・・・そんな器用な性格ならなぁ・・・)


もうほとんどHPも完成し、祐子さんと望月さんは毎日、

宣伝を兼ねて営業に回っていた。

毎日事務所の中はあたしとカオルだけという状態が続いた。


あの夜に慌てた帰ったけれど、特にカオルはそのことに関しては

あまり気にしていなかった。

お互いあの日以来、カオルの彼女のことも直樹のことも話にはあがらなかった。



けれど、由美という人は実在した。

健吾も知っているというその人の存在を電話とはいえ目の前で

見てしまい、もうこれ以上カオルに関わるときっとその人とカオルの仲を

壊してやりたくなると思った・・・・


(どーせ上手くいってないなら・・・・ )


そんなことを考えることもあった。

けど、逆に打ち解けているからこそ、少しくらい冷たい言い方でも

二人は繋がっているのかもな・・・・そんなことも考えた。

結局はなにもできないまま日々が流れていった・・・




7月に入り、本格的に仕事がスタートした。

営業の甲斐があり、検索サイトにも名前は上のほうに載り、アクセス数も順調だった。

最初から好感触な状態に安心した。

大きな注文こそ無いが、そこそこの商品の流れ具合に嬉しくなった。



商品の流れによって在庫の確認、新しく入荷させる品、

オープンすればしたで、またやらなければならない仕事は山のように増えた。


オープン前よりも残業の時間が長くなり、毎日一番最後まで

残って仕事をしても終わりは見えなかった。


「そんなに無理しなくていいわよ?」そんなあたしを見て

祐子さんも心配そうに何度か言ってくれたが、

「健吾が来たら楽させてもらいますから。大丈夫です」と言い、

本当は無理をしながら毎日を過ごした。


仕事が忙しいのもあったが、家に帰っても

(今ごろカオルは彼女と一緒かもな・・・)

そんなことを考えるくらいなら、こうして仕事に没頭しているほうが気分的に楽だった。


「じゃあ、今週から日曜は休みにしましょう。当初の約束だからね。

 みなさんお疲れさまでした。休日はゆっくりしてね」

そう言った祐子さんの言葉も、


これで毎週休日があることで、カオルが彼女と会いやすくなって

しまったことに内心重い気分になった。


(あ〜・・・本当に性格が悪い・・・・)


自分でそんなことを一番に考えてしまう所が嫌だった。

毎週土曜日がくる度、気分は落ち込んだ。


何度と無く「じゃぁ・・・お先に」と帰るカオルを見送り、暗い気持ちになった。

「まゆちゃんまだ帰らないの?」と裕子さんに聞かれても、

「うん。残すと気持ち悪いから」と笑って一番最後まで残り、

ふとした時に、きっと彼女といるであろうカオルを思い、

(どうしよう・・・)とウッスラと目が曇ったりもした。


どうもこうも無いのに、ただ勝手にそう思いこみ悲しい気持ちになった。

それもこれも自分の昔の軽はずみな行動が元かと思うと、戻れるものなら

あの時に戻り、ちゃんと気持ちを伝えてカオルと一緒にいたかった。


きっと昔、別れた時カオルは今と同じ状態だったんだな・・・

まだ好きでいてくれたのに、私は離れた場所で直樹といた。

連絡を待っていたカオルはきっと今と似たような気持ちで毎日を過ごして

いたのかと思うと、今の苦しい気持ちは当然の罰だと思った。


会社の鍵を各自持っていることで、何度か日曜も

一人で出勤をしたりもした。

こうしてどんどん寂しい女になっていくんだ・・・・

そう思えば思うほど、どうにもできない自分が小さく見えた。



目の前にいるのにカオルが遠い。


毎日が不安だった。

目の前にカオルがいても、もうカオルの側には違う人がいる・・・


その現実が辛くて辛くてどうしようも無かった。

みんなが帰り、一人で黙々と仕事をすることで辛い気持ちを隠している自分が惨めだと感じていたが、今のあたしにはそれしか逃げ場が無かった。


暗い給湯室でコーヒーを入れながらため息をついた。

「なにやってんだろ、、、あたし」



デスクに置いたあった携帯が鳴りフッ・・と我に返った。

着信の名前は久しぶりに見た「向田直樹」の文字が浮かんでいた。



(直樹だ・・・)



直樹の笑顔が頭に浮かび急いで電話に出た。


「もしもし」

「あ・・・寝てた?」

「ううん。仕事してた」

「おっ!俺の万年筆の効果がもう出た?

 あれ持つと仕事しないといられない気持ちになるんだよな〜」


直樹の冗談に救われた気持ちになった。


「直樹は?まだ仕事なの」

「俺もそろそろ帰ろうかな〜って思ってたんだけど、ちょっとまゆのこと思い出してね。隣に彼氏でもいたらすぐに切ろうと思ったけど・・・大丈夫そうだね」


「おかげさまで。一人で残業してるくらいだもの、ぜんぜん心配してくれなくて大丈夫」


誰かが自分の存在を想ってくれたことが嬉しかった。

そこまで心が乾いていたなんて・・・


「彼氏できた?」

「ううん。毎日仕事ばっかりでそんな暇ないもん」


「そうなんだ〜。俺も全然だよ。まぁ、会社と家の往復だけで出会いも無いけどな。おまけに会社の中ではまゆと付き合っていると思われているんだから、そんな話も出てこないだろうし・・・」


「じゃあもう「別れた」って公表したら?狙っている人はいると思うけど」

「別にいいよ。今はまだそんな気分じゃないからね。相変わらず忙しいし」

「そっか・・・」


ちょっとだけ間が空き、お互いクスクスと笑った。


「まゆ。来週、そっちに出張あるんだけど会えないかな?」

「えっ、、そうなんだ。うん、大丈夫」


「じゃあ、、、仕事が終わりそうな時間ハッキリしたらメール入れる。いつも何時くらいに終わる?」


「一応定時は6時だけど、、、」

「分かった。それに合わせるよ」

「うん・・・」


電話を切り、直樹の声に気持ちが落ち着いた。

独りぼっちだったさっきの気分から少しは浮上できていたけれど、また誰もいない事務所が広く感じた。


相変わらず毎日、毎日、あたしは仕事ばかりの時間を過ごした。

他のことを考えると弱い人間になってしまいそうで、どこか壊れたかのように頭の隅にはいつも仕事のことを置いていた。


直樹と会う約束をした日。

いつもは誰よりも遅い退勤なのに、その日は定時に帰り支度をするあたしを見て、

祐子さんや望月さん、、、カオルまでもが黙ってこっちを見た。


「あ、、、まゆちゃん、、、今日は早いのね?」

「えぇ。今日はちょっと用事があるので・・・。って、、、何か急ぎの仕事ありますか?」

「えっ!ううん!そうじゃないの。珍しいな〜と思って」


「あ、、えぇ。たまには、、、ちょっと人に会うんで」

「へぇ〜。だれだれ?男?やるぅ〜♪」


祐子さんの言葉にカオルが顔をあげ黙ってこっちを見ていたが、スッと立ち上がり

「じゃ、俺も今日は帰ります」と上着を着た。


(彼女と約束なのかな・・・)


胸がチクッ・・・と痛んだ。


カオルの方を見ないように「じゃ、お先に失礼します」と先に事務所のドアを出たが、

エレベーターで追いつかれ一緒になってしまった。


お互い無言で上がってくるエレベーターを待ちながら一つずつ点くボタンを見つめていた。


「彼氏に会うの?」

「え?」

「今日はいつもよりお洒落しているなって思ってたから」

「そうかな・・・。別に気にしてなかったけど」


なんとなく、、、直樹と会うことをカオルに知れるのが嫌で、返事をしないで曖昧に服装のことだけで誤魔化した。


「カオルは、、、デート?」

「うん」


お腹がグッ・・・と重くなったような気がしたけれど、無理に笑顔を作り

「そうなんだ。楽しんできてね」と頑張って笑った。


「どこで待ち合わせ?」

「えっ、、どうして?」

「送ってやるよ。どーせ車出すから」

「い、、いいよ!電車で行くから」


「プリンスホテルだろ」

「えっ・・・?」


直樹の宿泊先を知っていたカオルに驚いて俯いていたのにカオルの顔を見た。


「健吾と一緒の出張らしいな。健吾「怖いなぁ・・・」って文句言ってた。

 俺、今日アイツと飯食いに行くんだ」


「あ・・そうなんだ」


カオルが彼女との約束じゃないことに一瞬ホッ・・とした。

が・・・すでに隠しても直樹に会うことはバレていた。


「まだ終わらないみたいだな。ロビーで待っててくれって言われたんだ」

「うん・・・。そうみたいだね」

「玄関で待ってて。車回すから」


カオルはそれだけ言って先に駐車場に向かって歩いていった。


(あたしが・・・直樹に会うと分かっていても顔色ひとつ変えないってことが、

 もう答えだよね)


分かっていたけれど、そんな現実が悲しかった。


ホテルまでの道のりが長く感じ、お互いこれと言って会話をすることも無かった。

スピーカーから聞こえる歌だけが耳に流れていた。


ロビーに着き、ちょっと離れた席で待とうと歩き出すと後ろをカオルが着いてきた。


「どうしたの?」

「え、、別に離れて座ることも無いだろ」

「ま、、まぁ、、、そうだけど」

「それにまゆの彼氏も見たいし」


あたしはカオルの彼女なんか見たくない。てゆうか、見るのは絶対嫌だ。

けど、カオルは平気なんだな・・・

そうだよね・・・


自分はなんて小さいんだろうと、改めて感じた。


目の前で煙草を吸いながら外を見ているカオルをチラチラと見ながら、

なんだか落ち着かない気持ちで直樹が来るのを待っていた。


「あ。来た!」


カオルの声に顔をあげると、直樹の後ろに少しだけ驚いた顔をした健吾が見えた。


(うん・・・驚くよね。あたしがここにいる時点で・・・)


健吾は軽くカオルに手を上げた後、あたしの方を見て

「よっ!」と笑い、チラッと直樹を見た。


「ごめんな。遅くなって」

直樹の言葉に「ううん」と少しだけ笑い、その場から立ち上がった。


「初めまして。まゆと同じ会社の矢吹と申します」


突然、席を立ち直樹に挨拶するカオルを緊張した顔をして見ていた。



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