止められない
カオルの態度も普通になり、少しずつ仕事も順調に進んだ。
普通と言っても「おはよう」と交わす挨拶と「お疲れ様」以外は、
仕事のことだけで、世間話も無難なことだけだった。
それでも始めの頃のように、睨まれることは無くなった。
ちゃくちゃくと商品が入荷してきたが、新しいメーカーなどは
電話だけでは話しが進まない所も出てきて、
慣れないながらも、なんとか商談に出かける日々が続いた。
「なんだか、こっちって電車がいっぱいあって意味わかんない・・・」
朝からメーカーの住所とにらめっこをしながら、ブツブツと文句を言っていた。
「どこ行きたいの?」
カオルに住所を渡すと、
ペラペラと「ここで乗り換えて、ここの駅で地下鉄で〜」と説明してくれたが
全然意味が分からず「紙に書いて!」と子供の使いのようになっていた。
「おい・・大丈夫なのか?それで・・・」冷めた目で見られながらも、
「大丈夫だよ。なんとか着いてなんとか帰ってきてるから。
その気になれば人に聞けばいいんだし、なんとかなるよ」
呑気なことを言いながら外出した。
かなり苦戦をしたが、それでも人見知りをする性格でもないので
分からなくなれば田舎モノのように、気軽に道を尋ねながら
あちこちのメーカーに挨拶回りをした。
なんとかその日の予定を無事にこなしヘロヘロになりながら戻ると、
裕子さんに、「明日もあるんでしょ?さっき矢吹君に頼んだから明日は
二人で行きなさいね」と言われた。
「え?カオルと行くんですか」驚いて聞き返すと、
「あら。ご不満?」と聞き返された。
「いや、、不満て言うか、、、何をしに?」
「なにって仕事に」お互い変な顔つきで話をしていた。
それを見てカオルが横から「俺は話の内容が分からないから、運転手」
と口を挟み、「仕事いいの?」と聞くと「社長命令だから」と笑った。
話を詳しく聞くと、HPのほうはほとんど出来あがりなのに、肝心の
あたしの商品が入らないので仕事がストップしていると言われた・・・・
「あ〜 すいません。もっとマキ入れてしまーす・・・」と謝り
翌日から数日間はカオルの車でメーカーに顔を出すことになった。
久しぶりに乗るカオルの車は、昔と何も変わっていなかった。
「何も、、、変わっていないんだね?」と車内をジロジロと見ると、
「そうか?まぁ、、、あんまり休みも外出するほうじゃ無いしなぁ」
さほど感心無く答え、メーカーまで車を走らせた。
こうして仕事だとしてもカオルと二人で、またこの車に乗れることが嬉しかった。
隣で澄ました顔をしながらも、前と同じように普通に
「ジュース開けてよ」とか「CD入れ替えて」と変わらない空間に昔を感じた。
相手先に着き、「じゃあ、カオルも一緒にいこ」と誘った。
「えっ・・・ だって俺、意味分からないし。ただヘラヘラするだけでいいの?」
「うん。何も話しないで名刺交換だけしてくれたらいいよ」
二人で会社の中に入り商談をした。
隣で緊張しているカオルを見ながら、きっと昔は自分も健吾に着いて
初めて仕事をした時はこうだったんだなと思った。
話に入りたいけれど、下手なことを言ってしまいそうで、ただ愛想笑いを
してその場をやり過ごしたことを思い出していた。
以前に前の会社で何度か商談をした所だったので、問題も無く話は
スムーズに流れ、トントンと決まって行った。
相手先の担当の人も前と同じ人だったので、緊張することは無かった。
その人は何も話さず愛想笑いをするカオルを見て、
「吉本さん。なんだか松永さんと来てるみたいですね〜」と
カオルが健吾に似ていると笑っていた。
商談を終え、外に出るとカオルはドッと疲れた顔をした。
「うわぁ・・・ 緊張するなぁ?なんだこれ。なんでこんな仕事が好きなのよ?」
「そう?面白いじゃない。自分で好きな商品選べるんだよ。で、売れたら
それがまた嬉しいのよ〜 カオルもバイヤーになっちゃう?」
「なんだか仕事の時は雰囲気違うんだな〜 真面目なんだな」
「なにそれ。ちゃんと真面目だよ。じゃ、次も今の調子でよろしくね」
「うん・・・ 次から健吾のふりするわ」
「健吾のフリねぇ、、、ならお茶くれたお姉さんにも名刺渡さないとね」
「アイツ、、、そんな感じなんだ?」
「うん。動物的に名刺配ってた」
「それは、、、真似できない・・・」呆れた顔をしながら次の場所に向かった。
やはり車の移動だと、それほど時間のロスが無く順調に仕事が終わり、
定時少し前には会社に戻れた。
翌日の商談のスケジュールを組みながら、あれこれと残りの仕事を
していると、裕子さんが声をかけてきた。
「どう?バイヤー矢吹は使い物になりそう?」
「どうかな?人見知りが激しいですからねぇ・・・」
「そこがネックよね・・・」と二人でカオルを見て笑っていた。
「俺なりにとても好感度が上がる笑顔で接してきましたよ?」
澄ました顔をしてパソコンに向かっていた。
それから数日はあたしの運転手としてカオルは活躍してくれた。
それでも数日着いて回ったくらいでは、仕事の話には入っていけずに
本人が言う好感度の上がる笑顔で隣でニコニコしていた。
別に本気でカオルのことをバイヤーにしようという訳では無く
あくまで商品が入るまでの繋ぎなので、仕事を教えることは無かったが、
「まゆと仕事するっていうのは・・・絶対馴染めない」と毎日言っていた。
それはこっちも同じ意見だった。人見知りの激しいカオルには無理だと思ったし、
足元を見られるような値段交渉をされる時、自分の力の無さをカオルに
見られるのはやっぱり嫌だった。
その日は、昼前に数件のメーカーを周り終え、
「今のうちに昼食っちゃおうぜ」と言われ、
大きな噴水のある公園の駐車場に車を停め外に出た。
天気がとても良く、6月と言えどもあたしには十分暑いと感じた。
「たしかあっちにオープンカフェとかあったかな?そこのほうがいいか」
「ん?どこでもいいよ・・・ あ!あれ食べたい!」
移動販売車のホットドックを指差し、「あれ!あれにしよ!」と強引に
引っ張っていった。
「えぇ・・・ こんなんでいいの?」
「うん。だってあたしの街にこんなの無いもん!これがいい!」
「田舎モンって感じだな〜まゆ」
少し呆れた顔をしながらも、笑いながら二つ買い噴水の脇に座りながら
軽めの昼食を取った。
「そういやさ。こんな風にするのって初めてだよな」
「そうだねぇ・・・ あまりこっちに来てものんびりと外歩くとか少なかったしね」
「もっといろいろ行きたい所、後からいっぱい思い出したんだよな〜」
「あたしもそう思ったなぁ〜 連れて行ってあげたい所沢山あったんだ」
「お互い、あんまり外出なかったもんな」
「本当だね。引き篭もりだったからね。あたし達」
「桜・・・」そう呟き、大きく噴出す噴水の水を見ながらカオルが、
「花見行けなかったな。見せてやりたい場所あったんだけどさ。
結局、桜が咲く時期に付き合って、次の花が咲く前に終わっちゃったもんな〜」
と言った顔を横で黙って見ていた。
「来年、きっと裕子さんのことだから会社で花見行こう!って言い出すよ。
一緒に行けるじゃない」とちょっと寂しい気持ちを隠してそう言った。
「来年かぁ・・・ もうまゆは結婚準備して辞めちゃうかもなぁ・・・」
そう言ったカオルに普通な感じで、
「それは無いだろな〜」と言った。
「へ?いつまで引っ張るの。お前・・・」
慌てて我に返った。
「そんなことまだ分からないって話。まだ会社スタートもしてないし、
軌道に乗らなきゃ辞めるに辞めれないじゃない!」
「そっか。まぁ、さっきの仕事ぶりじゃ仕事好きって感じだしな。
そのうち彼氏に捨てられちゃうかもな〜」
「カオルだって・・・ そのうち結婚して実家に帰るかもしれないじゃない」
「俺?う〜ん・・・・ どうかな。今のとこ無いなぁ」
「え?そうなの?」今の彼女と結婚を考えていると思っていたのに、
ちょっと驚いて聞き返した。
「えっ?あぁ・・・ まぁ、全然無いって訳じゃないか。
けどほら、それこそ軌道に乗るまで責任あるしな。そう、、それ」
「だよね〜」と二人とも変な空気のまま話をしていた。
噴水に足を入れはしゃいでいる子供を見ながら、カオルがポツリと
「まゆってさ。今の彼氏の他に結婚とか考えた人っている?」と聞かれた。
「結婚かぁ・・・・ なんだか昔は憧れていたと思うんだよね。結婚ってことに。
けど、現実味が増してきたら、勇気が無くなってきちゃって、、、ね。
失敗はしたくないと思うと、人一倍慎重になりすぎちゃって・・・
そうなるといつもギリギリで「これで決めていいのかな?」って思っちゃう」
ギリギリで結局逃げてばかりだなぁ・・・自分の言った言葉にそう思った。
若い頃ならそんな言葉が嬉しくて喜ぶだけで、それほど現実を感じなかったが、
カオルの時と直樹の時は嬉しいというよりも「うわー!」という感じだった。
(そのうち・・・婚期逃してしまうな・・・)と思いながらボ〜としていた。
「普通、女って「結婚して」って言われたら喜んでOKすんじゃないの?
俺さ、ずっとそう思っていたから、まゆに断られた時ショックだったな〜
初めて「一緒に住もう」って言ったのに。「あれ?」って思ったよ」
苦笑いに近い顔をして、そう言うカオルが可笑しくて笑った。
「あれは断ったんじゃないよ。嬉しかったもん。けど、、あの時は勇気が無くてね。
いろいろ心配だったから、、ほら、家、、、、あ。そうだ。お母さんのこと聞いた。
ヤスから。大変だったね・・・」
「あ?ん、、、まぁね。なんだか今思うと、悪い息子だったなってさ。
言うことは聞かねーし、家も勝手に出るし、しまいには、、、
「まゆと別れたの母さんのせいだ」って正月に帰った時、酔った勢いで
言っちゃってさ。きっと内心そう思っていたんだな・・・俺。
最後の最後に「ごめんね」って言われてさ・・・」
ほんの少しカオルが泣いてしまうんじゃないかと思った・・・
確かに少しはそれが原因でもあったけれど、死ぬ寸前までお母さんに
そう思わせたことに胸が痛んだ。
「ごめんね・・・・」
きっと言葉で謝るくらいじゃ足りないんだろうと思った。
将来のことを真面目に考えて家に連れて行ってくれたカオルに、
(お母さん怖いから来なきゃよかった・・・)と本気で思った自分が申し訳無かった。
「もういいってば。じゃああの時、少しは俺と結婚すること考えては
いてくれたんだ?もうちょっと家のこと隠しておけばよかったな」と顔を普通に戻して笑っていた。
「あ、でももう一人考えた人いたなぁ・・・」
「そうなんだ?」
「うん。健吾」
「えぇー!健吾ぉ?お前、、、それは危険だろ。アイツは勢いで生きてる男だろ。
俺が女なら遠慮する・・・」
「うん。思いとどまって良かったと思ってる」そう言って二人でクスクスと笑った。
それでも心の中では(でもカオルのことは本気で考えたんだよ)と思っていた。
結局、逃げてしまったけれど、そこまで本気で考えてくれていたことに
やっぱり嬉しかった。あんなに気軽に何度も「一緒に住もう」と言っていたから
てっきり付き合う子みんなに言っているのかもと当時は思ったけれど、
そうじゃなかったんだな・・・と今になって思った。
「きっとさ、まゆってガッついて無いから、いいなって思ったんだと思うな」
「なにが?」
「昔さ、ちょっとだけ、、ん〜半年くらいかな?付き合った子には、
逢う度に結婚式が〜 とか 新婚旅行は〜 とか言われてさ、
友達にも「付き合ってるの」とか「結婚するかも〜」とか言われて、
どんどん追い詰められた気がしたんだよな。
なんだか気軽に考えていたのに、周りから固められるっていうか、
俺の意思とは別に他で話が決まってきてさ・・・・
だんだん怖くなってきて、俺、逃げたんだよな。自分のことも
ちゃんとしていないのに、人の面倒なんか見るの怖くてさ」
「へぇ・・・ でも若い時ってさ、結婚に憧れるからね」
「で、その子と付き合ってる時に現実逃避でチャット始めたの」
「あたしも、ちょうどその当時の彼氏と別れて暇で始めたの」
「そう思えばタイミング良かったな。それに遠くの子なら、
そこまで真剣になること無いって思ってたんだ。たまにしか逢わないだろうし、
逃げるのも簡単かなってさ」
「うわ・・最低〜 超危ない人だったんだ・・・」
「いや、もしもってことでさ。また熱い子なら逃げるの可能かなって。
けど、始めからチャットしてる時だって、まゆは良い子だって思ってたよ。
みんなに気使っていたしな。そんなに熱そうなイメージ無かったしさ」
「ふ〜ん。あたしさ、写真見るまでカオルに全然関心無かった。
今思い出しても、オフ会前のカオルの印象が全然無いもの」
「お前ねぇ・・・ それ本人前にして失礼だと思わないのかよ」
「だって本当のことだもの。あたしには遠距離は無理だって思ってたし、
きっと逢うこと無い人だと思っていたから」
「そう思うとさ、すげぇ確率だよな。あんなにネットしてる人の中で
お互いがいいなって思えて、付き合えて、しまいに今は同じ会社だぞ?」
「そうだね。凄いことだよねぇ・・・ 奇跡的だね」
そんな話をして笑っていた。やっぱり別れてないと言えないこともあるんだと
シミジミ思った。昔、付き合っている時は昔の彼氏の話や彼女の話など
聞くとやきもちに繋がって、遠慮して話したことが無かった分、
今日の話がとても新鮮だった。
「そろそろ次行こうか」そう言われ「うん」と立ちあがり車に戻った。
車の中ではまださっきの話の続きをしていて、
延々と昔の彼女のホラーに近い、結婚追い詰め作戦の話をするカオルに
笑いながら車を走らせた。
「だからさ、メールもこなきゃ電話も来ないまゆが新鮮だったんだなぁ・・・
俺のほうが遊ばれてるんじゃないかと思ったよ」
「そう?だってカオル電話もメールも苦手って言ってたじゃない。
苦手なら仕方無いかなってさ」
「普通は大体2ヶ月くらいで文句言われて逃避が始まるのが俺なんだけどね」
「苦手なのにたまにくれる電話が嬉しかったけどね」
「俺、かなり頑張ったものー 俺が毎朝と毎晩メールだぞ?
前の彼女が知ったら、殺されるな、、、俺」
「けど、それも半年くらいじゃなかった?」
「半年かぁ・・・ でもその頃、まゆの仕事忙しかったしな。俺も忙しかったし」
「あのまま付き合っていたらよかったな・・・ あたし馬鹿だったなぁ・・・」
つい窓の外を見て、話の流れに沿ってそんなことを言ってしまった。
急に車内が静まり(あれ?)と思ってカオルを見ると、黙ってこっちを見ていた。
「え?どうしたの?」
「あ、、いや、、、あのままって、、、」
「あ、、その。違うってば。それならそれでも、良かったかもなって。
カオルのこと嫌いって思ったこと無かったしさ、自分には勿体無いって
そう思っていたから。あ〜 えーと」
お互い「あー」とか「いやいや」とか繋がらない会話にジュースを飲んだりして、
誤魔化しながら外を見ていた。
「あ、あの看板そうだよな?」ちょうど話が続かなくなった所で、
上手い具合に次の会社に着き、お互いちょっと安心した。
「じゃあ、、、話の続きは終わってからで・・」
「もう話は終わったよ。じゃ、行こうか!」
エレベーターの中で、さっきの自分の言動を思い返して冷や汗が出ていた。
そして、その言葉に対して戸惑ったカオルにやっぱり、もう終わったことなんだと
思い知らされたような気がした。
(いつまでも想っていちゃダメなんだ・・・・)
隣で「あ、ボタン間違った!」と一人で騒ぐカオルを見ながらそう思った。
やっぱりもう時間は取り戻せないんだなって痛いほど感じた。
やっとすべての商談を終え、会社まで車を走らせていた。
どことなくさっきの会話以前は、せっかく普通な感じで話をしていたのに、
すっかり雰囲気を壊してしまったように感じた。
「もし健吾来たら、仕事楽になりそう?」
「うん。そうだねぇ・・・ あれでもあたしの上司だったから」
「今度は下だからいじめられるな」
「ねぇー もうわざと意地悪してやる」
仕事の話ならば、気まずくなることも無く普通な感じで会話が出来た。
もう余計なことは言わないでおこう・・・ 気まずくなるだけだと思った。
「さっきの話さ・・・ その、今でもって・・」
「あ、いいの。その話は昔話に花が咲いたって感じのこと。
気にしないで。さーて、戻ったらどこのメーカーに連絡しようかなぁ」
そう話を切り、それ以上の話をしなかった。
(こんなことを「後悔先に立たず」って言うんだなぁ・・・)
そんなことを思いながら窓の外を黙って見ていた。
会社に着き、書類や荷物を降ろし、
カオルはサンプルが入った大きなダンボールをトランクから降ろしていた。
「なにか持っていこうか?」
「あ、じゃあこれ・・・ちょっと後ろ向いて」
言われたように後ろを向くと首にスッとなにかをかけられた。
「え、、なにこれ?」とクッと引っ張りそのモノを見ると、ターコイズの石が見えた。
サッサとダンボールを持って会社に入るカオルの後姿を見ながら
首にかかった物を外して見ると、この前買えなかったと言ったチョーカーだった。
(本当は買えたんだ・・・)
どんな気持ちでこれをくれたのか聞きたかったけれど、
「だってそれ欲しかったんだろ?そんだけ」そう言いそうなカオルに
期待をしてはいけないと思い、そのまま黙って事務所に戻った。
「あのぉ、、、コレさなんだけど」
首にかけたチョーカーを軽く押さえカオルの顔を見た。
「ん。そっちのほうが似合うな。俺はいつも見えないからお揃いだって
バレないよ。欲しかったんだろ、やるよ」
笑う顔にやっぱり昔に戻りたくて、黙って見ていたら絶対に泣きそうで、
慌ててトイレに行った。
止められそうに無い自分の気持ちと、動けない持ち前の行動力の無さが
重なり、動揺しながら鏡に映るターコイズの石を見ていた。
(どうしよう・・・・)
優しくされた分だけ、心臓がキリキリと痛み目が赤くなっていった。
そしてお礼を言うのを忘れていた・・・




