pale blue
口の悪い面倒臭がりと、被虐趣味(仮)副級長の会話リターンズ。
※品の良い会話ではないです。
※ちょっとばかしアンチハーレム要素が含まれます。
あくまで語り手の主観的な意見ですが、読後の責任は負いかねますため、自己責任で閲覧をお願いします。
「ハーレム願望って女子にとっては下種い欲望?」
何だか最近聞きなれて来た朗らかな声と共に、前の席ががたがたと鳴る。無論ポルターガイストなんて非科学的なものではなく、人間の手によるものだ。前の席の椅子を勝手に占拠したのは、我がクラスの副級長である。
「ねえその『また面倒臭いのに絡まれた』的な小蝿を見るような目やめて!」
「そういえば冷たくされると興奮するんだったっけ」
「因みに優しくしてもらえればときめきます!」
「何されても嬉しいって? まあ、随分尻軽だこと」
「そんな! 俺の女王様はお前だけだよ! 疑わないで!」
適当にあしらうべく、我ながら暴言と分かっているものを投げつけるが、副級長は楽しげに茶番めいた言動を止めない。
っていうか誰が女王様だ誰が。
「ほら、ハーレム羨ましいなあって言ったら乙女の敵!みたいな発言されたじゃん?」
しかも何事もなかったみたいに話を再開させやがった。
言っとくがそんな感情的な風には言っていない。ただそんなこと口にした時点で大抵の人間はドン引きするだろうってだけだ。
「日本で重婚は無理だって現実を忘れたの? 二次元行きたいの? プレス機に飛び込めば?」
「確かに二次元の存在にはなれるかもしれないけれども! そういうことじゃないのよ!」
大袈裟に嘆きを現したいのだろうが、何故か副級長はあたしの机の上で突っ伏して泣き真似を始めた。他人の机の上で何をする、という意味も込めて、あたしは無言で、手にしていた文庫の角をその頭の上に落とす。イイところに当たったのか、副級長は言葉にならない悲鳴を上げて悶絶した。
「…………って何で、舌打ちしてるの…俺被害者、お前加害者…」
小刻みに震えが残った声で抗議を示した彼に、あたしは簡潔に答えた。
「突っ伏したのが邪魔だったのに、よく考えたら今のじゃどかないばかりか邪魔される時間が増すばかりで、失策だったなって」
実行は手軽に出来るが、その結果が良くなかった。のけぞりそうな方法を考えるべきだった。
「世界に一人だけの俺をもうちょっと大切にしてください…」
「変態の種は咲かせなくて良いでしょ」
これでいい加減何処か行くだろうと思ったが、懲りなかったのか、彼はゆっくりと身体を起こした。
「……いや、ふと疑問に思ってさ。お前、合理主義者じゃん?」
「普通よ」
「『ハーレムって少子化に貢献するかも』くらい言いそうかなって」
納得できなくもない。大奥とかハレムとか後宮とかは、元々そのためにあったようなものだろう。一人の男の子孫をなるべく多く残すためのシステムだ。さっきのこいつの譬えを流用するならば、種を蒔くための花畑、といえば良いのだろうか。
「ねえその下半身丸出しな思考何なの?」
「その変態扱いはむしろ泣くべきかな!?」
「何で上半身ついてるの?」
「いや人体構造的には普通のことを問い詰められても!」
「ちょんぎれば脳みそでものを考えるようになるのかしら」
「何をでしょうか女王様!?」
だから誰が女王様だと。
「で、何でハーレム反対っぽい雰囲気出してんの?」
本気で図太いなこいつ。
不承不承、あたしは本題に戻った。ああ面倒臭い。
「現代におけるハーレムって非合理的だから」
「うん?」
「言ったでしょう、現代日本は一夫一妻制。だから、社会システムがその上に成り立ってる」
「…あー、相続とか? 内縁関係と婚姻関係がおんなじとはいかないし」
「問題なんざそいつが死ぬ前からあるでしょ。
男が…そうね、例えば三人、女を囲ってるとする。で、女一人につき、二人ずつ子どもが出来ると仮定する。男は何人養わなきゃならない?」
「うわあ…九人、はきっついわー……」
これくらいは誰だってすぐ計算できるだろう。副級長も顔を顰めた。
「まあ女のほうも働きに出るかもしれないけど、単純計算、一夫一妻の家庭よりも夫からの『取り分』が三分の一ずつになるわけでしょう? よっぽどの収入がなきゃやってられない。自分たちの生活もさることながら、子どもを育てるのだってタダじゃない」
そもそも少子化が進んだのは、女性の社会進出云々もあるだろうが、物凄く明け透けに言えば、子どもに時間と金がかかるからだ、とも言われている。子どもってものは産んではいおしまい、じゃない。育てなきゃならないし、育つまでは子どもに対してそれなりの責任を負わなきゃならない。だからこそ子育てに父親も参加しなければならないだのイクメンだのという言葉が出たのだ。となれば、現代日本でハーレムとやらがどれほど非現実的か分かる。あたしが思うに、二股三股が其処ら彼処で容認され始めたら、下手したら今よりも少子化が進むだろう。
「そもそも、男のほうが生まれやすいとか言うけど、とはいえ男女の人口比は其処まで極端じゃない。ってことは、特定の人間の遺伝子を増やすとかの目的がない限り、一夫一妻制のほうが結果としては合理的でしょう」
あくまで個人的な意見だが。
「おおうシビア!」
「あんたは元々あたしをそうやって評価してたんでしょう。今更何?」
「そーだけどさあ…」
頬杖をついた副級長は深々と溜息を吐いて、あたしを見上げる。
こいつは、態度から評価すれば単なる面倒な奴だが、ついでに拭いきれないマゾ疑惑が付きまとうが、どうもそればかりではないらしいとはこの間の一件で分かった。副級長なんてやってるんだから、割とバランス感覚には長けた奴なのかもしれない。
そういうわけで、馬鹿話の雰囲気から一転したその物憂げな態度に、耳を傾けるくらいはすべきだろうと踏んだ。
「そのシビアさから心配要らないようでいて、でも心配なんだよなあこの女王様」
繰り返すが、誰が女王様だ。
っていうか、あたしがどうしたっていうのだろう。
「ほら、お前、うちのクラスで唯一、あいつに靡かなかった女子じゃん?」
あいつ、は分からなかったが、クラスで唯一の女子、という言われ方には心当たりがあった。あれか、例のリアルハーレムか。
「だから悪目立ち、って言えば良いのかな」
「理解できない」
例の男子に靡かなかった女子は、それこそ他のクラスにはごまんといる。それで何故あたしが目立つことになるというんだ。
「クラスで『ただ一人』っていうのがミソなんだよ。難攻不落みたいな扱い。ま、実際にそうなんだけどさ。なんてったって、女王様だし?」
しつこい、という意味を込めて、まだ持っていた文庫で今度は彼の顎を下からノックした。ぐ、と一度息を呑みこんでから、けれど彼はこれ以上軽口を叩くこともなく、話を続ける。
「で、そうするとさあ、妙に盛り上がっちゃう奴が居るんだよな」
「…………物凄く面倒そうだけど。どういう意味」
面倒なにおいはかぎつけられたが、問題の本質がまだ分からない。
だからまあ、などともにゃもにゃと躊躇ったのち、副級長は声をひそめた。
「お前がオトせたら凄くね?みたいなことを、言い出した奴が居るんだよ」
「そんな面倒なこと言い出した野郎は口にスチール缶ぶっこんで顎外すぐらい許される気がする」
やだ安定!と副級長は笑った後、もう一度声を低める。
「うん、まあそんな馬鹿ってそうそういないと思うけど、一応心の隅に掛けといてな。
遊び半分で仕掛けて来る奴がいるかもだけど、間違っても俺と同じような対応しちゃだめだよ!」
一応自覚はしている。あたしはあまり人間の機微には聡くないし、むしろすぐにどうでも良いと思ってしまう。特に相手の感情を読み取らなければならない場面では億劫になる。だから相手を怒らせることだって多い。その辺り、コミュニケーション能力が決定的に欠如している。
それを考えれば、何度あたしが言葉を暴投しても、茶化して笑って関わって、ついでに何故か心配までつけてくる副級長は、やっぱり被虐趣味でもあるんじゃないかと思うけど。
「忠告は有難く受け取っとく」
生かせるかどうかは分からないけど。
言葉の後半は面倒なので内心だけで告げたのだが、副級長は分かってしまったかのように、小さく肩を竦めた。




