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ocher

『おうどいろ』瑯河サイドから淡々と語る話。少しだけ後日談。

※タイトル変更しました。中身は変わりません。

 千年も生きることが出来る瑯河にとっては、百年にも満たない命である人間は、ただ上から慈しむだけの存在であるはずだった。

 最初人界に降り立った動機も、只の興味本位だった。悪臭が渦巻いてはいたが、だからこそ生きとし生けるものの生命感が躍動している、慈しむべき世界だと。

 そんな時たまたま出会った人間の娘――芳春は、取り立てて美しい娘ではなかった。むしろ、何もかもが凡庸な街娘だった。

 けれど心優しく、純粋だった。彼女は少しおしゃべりだったが、其処に悪意は含有しない。その声は、周りのやさしさを伝えるために存在するようだった。その心の美しさを慈しんで、最初は父か兄のような気分で見守っていた筈だった。

 それが、紛れも無い思慕、愛情に変わったのはいつだったか、瑯河には思い出せない。

 いつしか、お互いの心を寄り添わせるように、言葉少なにただ過ごす、陽光の下での時間を瑯河は何よりも楽しみにするようになった。ついにお互い決定的なことを言わなかった。それでも、良かった。ただ、二人はその刹那の時間を望んでいただけだった。


 だが、ありえないはずの芳春の懐妊という出来事の為に、その時間は二度と過ごせぬものとなってしまった。

 芳春の胎内に瑯河の気が入り込んだためだろうと見解が示されたが、瑯河には何でも良かった。彼女に会えなくなることは勿論辛かったが、それよりも彼女の未来を考えればひどく痛ましかった。

 それでも、異形の子かもしれないと使者に聞かされても、芳春は決意を変えないまま、子を産み落とした。人の器と瑯河の一族の素質を持った男児だったと、後で伝え聞いた。

 芳春の死を伝えられたのは、それから幾許も無い頃だっただろう。

 覚悟していたことではあった。二度と会えないのだから、いっそ忘れられても構わないと思っていた。にも関わらず、覚えず涙した。

 自分がこのような身であったために子は父無しとなり、故に家族からは絶縁され、頼るべきところも全く無かったために、ひどく辛い目にあっただろう。それでも、自分を恨むことなく、子どもに愛情を注ぎ続けた彼女の心を、瑯河は尊んだ。否、そういう想いを貫くことが出来る人物だからこそ、瑯河は彼女を慈しんだのだった。


 彼女が死んでから、更に長い時が流れた。

 結局、妻を娶ることは無いままに、瑯河もまた寿命を迎えた。

 最後に、最早唯一となった気がかりであった息子にも会えた。彼の行く先を照らす存在と共に。

 結局瑯河の一族としては生きられない息子ではあったが、跡継ぎなど望んだことはない。不可能にも近かった望みが叶ったことが、ただ満足だった。思い残すことは何も無かった。

 長かった生を、やっと穏やかな気分で終えることが出来る。

 彼は重くなった瞼をゆっくりと下ろした。


 待ってくれているかどうかは分からないけれど、もう一度見に行こう。

 あのかぐわしい春の夢を。


 私の中では瑯河はこういう性格なのですが、何か、淡々と、し過ぎた…!

 何が言いたかったって、結局ちゃんと両想いだった、という事実です。プラトニック難しい…。


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