第27章:Rパニック
【SIDE:望月道明】
はれて那奈姉と恋人同士になれた。
過去の約束なんかより、今の言葉の方がよっぽど意味があるってことだ。
「俺はちょっぴり臆病になっていたんだよな」
那奈姉に嫌われたくなくて、恋愛の話題だけは避けてきた。
それがいけなかったと今になって思い知る。
「人を好きになるってのは難しい事だと思わないか、咲良?」
「思わないよー。恋愛なんてただの性欲の言い訳でしょ」
「咲良ちゃんが妙に大人な目線でびっくりだ」
「さっき、少女マンガにそう書いてたの。恋愛なんて難しく思ったら負けだもん」
咲良は那奈姉との交際に微妙に不機嫌なのだ。
「こっちはただいま、勉強中なので邪魔しないで。恋愛の話題は不愉快だから禁止!」
「うぐっ、ごめんなさい」
ちなみに那奈姉はただいま入浴中で、暇なので咲良の部屋にきたわけだ。
机に向かって勉強中なので邪魔しないようにする。
「暇そうなお兄ちゃんに漢字の勉強。人の夢と書いて何て読む?」
「人の夢と描いて儚いだろ?定番だね」
「正解。次は人の為にと書いて?」
「えっと……偽る、かな。人のためなのに偽りってのも悲しいね」
漢字って時々、考えさせらるような漢字があるよな。
「正解~っ。今度は難しいよ。不正と書いてなぁんだ?」
「不正?よくないことってなんだ?分からん」
「分からないの?不正と書いて歪んでいるって書くんだよ」
「おーっ。そうなのか」
それは思い浮かばなかったぞ。
歪んだ心が悪い事をするってことか。
「私が一番良い言葉だと思うのはこれかな?信じる者と書いて何でしょう?」
「……信じる者?信者ってことか?」
「そうそう。信者と書いて儲けるという漢字になる。宗教は儲かりそうだものね。人が何かを信じればお金が集まる。そして、信者からお金がっぽり。まさに楽して儲ける、人間の真理だねー」
「咲良、そんなに明るい笑顔で言うのはやめようね?」
まぁ、宗教なんてのはお金集めが仕事のひとつではあるが。
儲かると言う字は信者と書く……覚えておこう。
それはさておき、俺は手持ちぶさたになり、適当に咲良の部屋を見渡す。
ちなみに、咲良の部屋においてあった俺のコレクションは無慈悲にも那奈姉に没収されて、ただいま、裁判をまつ被告のような心境です。
那奈姉が恋人になって、せめて、寛大な処置をしてくれる事を望む。
パンドラの箱は開けちゃダメなんだよ……えぐっ。
俺は何かないかなっと咲良の部屋を見渡す。
俺の視界に入ったのは黒い布切れ。
「……なんだ、これ?」
俺が適当に掴んだものは……。
「なっ!?」
それは女物の下着でした。
「……黒か。咲良も大人になってるのだな」
と独り言をつぶやいてしまうと俺はハッとする。
咲良が冷たい視線をこちらにむけていた。
「やー、お兄ちゃんのエッチ」
「ま、待て、誤解だ!?これは違う。そ、そのですね」
「無駄な言い訳はいらないけど。お兄ちゃんも男だよね。妹の下着に興味がある変態さんですか?私とお兄ちゃんは仲がいい方だと思うけど、遠慮はあってもいいと思うの」
「誤解なんだっ!?」
俺は慌てて、ブラを手放すと誤解を解こうとする。
「まぁ、欲しいならあげるけど。盗まれるよりはましだもの」
「待ってくれ。俺はそこまで変態ではない。ただ、咲良に黒は似合わないと……あれ?これ、咲良にしては大きくないか?」
「むぅっ。お兄ちゃんの変態っ!」
しまった、胸元が寂しい咲良に地雷発言してしまった。
容赦なくぬいぐるみがこちらに向けて放り投げられてくる。
「だ、だから……げふっ……俺は、ぐがっ……変態ではなくて、ぐは……ガクッ」
言葉を告げる前に顔面にぬいぐるみが次々と当たる。
地味に痛いし、咲良のぬいぐるみコレクションは数が多すぎる。
やがて、俺はぬいぐるみの山に埋もれるようにして沈んだ。
「ご、誤解なんです。ごめんなさい」
「ツーン。お兄ちゃんは失礼すぎるから嫌い」
「うぅ。咲良に嫌われた……で、これは誰の下着なのだ?」
「那奈お姉ちゃんのが私の下着に混じってたの。あとで返そうと思ってたのに。お兄ちゃんが返しておいて」
やばい、咲良に俺が下着好きの変態だと思われてしまう。
「違うんだよ。誤解なんだよ、咲良~っ?」
「ふんっ。お姉ちゃんと付きあえたからってあんまり調子に乗らないように」
俺はぬいぐるみに埋もれながら、咲良に嫌われたことにショックを受ける。
変態扱いされるわ、嫌われるわ……俺はついてない。
「咲良ちゃん、道明を知らない?」
どれだけぬいぐるみに埋もれていただろうか。
部屋に那奈姉の声が聞こえる。
「お姉ちゃん。お兄ちゃんならそこにいるけど?」
「そこって……これ?」
那奈姉の声が聞こえたので、俺はぬいぐるみの山から抜け出す。
山積みのぬいぐるみ、どれだけの数がこの部屋にはあるんだ。
「げふっ。俺に何か用、那奈姉?」
髪をまだタオルで拭いている状態の彼女、お風呂上がりの那奈姉は色っぽさがある。
「顔を見たかっただけなの。……でも、何でぬいぐるみに埋もれてるわけ?」
「咲良の逆襲を受けただけだ」
俺は這い上がりながら、何かを掴んだ。
ぬいぐるみにしては少し薄い感触が……?
「なっ!?道明、何を持ってるのよ!?」
「……へ?」
俺が掴んでいたのは先ほどの那奈姉の下着。
「ご、誤解だ!?これは、その、事故だ?」
「どこが事故よ。どこが!私の部屋からとったの?」
俺は那奈姉に怒られて、睨みつけられる。
まずい、恋人になってすぐにこんな事態を迎えるとは想定外。
ていうか、恋人同士になっても立場関係は相変わらずのままですか。
「ち、違うんだってば。咲良、誤解だろ?俺が悪いわけじゃない」
「え?お兄ちゃん、何を言ってるの?」
あっさりと、咲良が俺を見捨てた!?
素で答える咲良に俺はもうなすすべがない。
「さ、咲良、ひどすぎる……それは咲良の洗濯物に混じっていただけで、俺が盗んだわけではありません。俺を信じてくれ!」
「……最近、男の娘っていう女装男子がいるらしいの。もしかして、そっちの趣味に目覚めたの?」
「目覚めてない!?いらない誤解はやめて!?」
ランジェリーパニック。
あまつさえ、俺の女装疑惑まで付け加えられてしました。
恋人と妹にいじめられて、もう泣きそうです。
「あー、道明?そんなにしょげないでよ?誤解して悪かったわ」
那奈姉が誤解を解いてくれたのはそれから30分後の事だった。
変態、女装趣味、その他もろもろの暴言を言われ俺はぐったりとしている。
咲良が「混じってたのはホントだよ?」と認めてくれたおかげで助かったのだが、せめて、30分前に認めて欲しかった。
「しくしく、いいよ、もう……那奈姉に俺が信頼されてないのが分かったから」
「状況証拠的には疑いようのないほどに現行犯だったんだもの。私も、おかしいなってのは思っていたんだけどね」
「……だいたい、俺が那奈姉の下着なんて盗むわけないし。嫌われる事をこの俺がするとでも?本気でその辺のことだけはちゃんと認識してください。あと、俺はノーマルです。女装癖は一切ありません」
俺は那奈姉が好きなのに信じてもらえないのは辛いっす。
何だか、恋人になっても変わらない関係にはため息をつきたくなる。
「ごめん。許して?ね?」
「……ひとつだけお願いを聞いてくれたら許そう」
「ホントに?私にできる事なら何でも言って?」
俺はここぞとばかりに那奈姉に頼みこむ。
これが最後のチャンス、起死回生のためにも勇気を出して言うんだ。
「……俺にパンドラの箱を返してください」
「――あん、ふざけてるの?」
「ひっ!?ご、ごめんなさい。調子に乗りました!?」
一瞬で場の雰囲気が凍るような絶対零度の視線を向けられてマジでびびる。
超がつくほど怖っ!?
「な、那奈姉。何でもって言ったのに」
「あれはあれで、道明には反省してもらわないといけないもの。これとそれは別よ」
「うぅ……男の子なんだからしょうがないんだよ」
姉と弟。
昔からの立場関係は恋人になって少しは変わったかと期待したけども。
今も変わらずに姉弟の関係は変わらない。
俺はまだまだ那奈姉に敵う日は遠いらしい。
でも、いつの日にか、俺は……那奈姉に頼られたりするようにはなりたいな。
だが、現実はそんなに甘くないのだ。
「そうね。そっちの話もまだ終わってなかったわ。私を騙して、あんなにもたくさん隠していたなんて。そっちの方の話もしましょうか?」
「ぐはっ、やぶ蛇だった!?」
「心配しなくてもいいのよ、道明。ただ、今日から私たちは恋人だもの。……私以外の女の子に視線が向くような事がないようにしてあげる。道明には前々からゆっくりとお話をしようって思っていたのよ」
「――ま、待つんだ、那奈姉。早まるな、俺は那奈姉一筋ですから……う、うわぁあああ!?」
不敵に笑う那奈姉に俺は容赦のない仕打ちを受けるのだった――。




