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第26章:好きだから

【SIDE:望月道明】


 那奈姉との婚約問題。

 それは那奈姉の妄想というか、いわゆる夢の話だったらしい。

 まぁ、絶対にそうだ、と言うわけでもなく、本当に約束した可能性がないわけではないが。

 俺に身に覚えがないのも、俺がその当時に動ける状況じゃなかった事も考えてみれば、そう言う結論になるわけで。

 まさかの夢オチだった事にショックを受ける那奈姉。

 

「うぅ……全部、私の勘違いと思い込みだったなんて」

 

 うなだれる彼女。

 でも、俺は嬉しくもあったんだ。

 ずっと前から、あの子供の頃から俺は那奈姉が好きだったから。

 彼女も同じ思いでいてくれたと言う事が嬉しい。

 満開の桜が散る様をふたりで眺めながら、俺は言葉を紡ぐ。

 

「――ねぇ、那奈姉。ここから始めない?ここから俺たちの関係をさ」

 

「私達の関係を?でも、私の思い込みで……全部、私が悪いのに」

 

「那奈姉。本当に大事なのはお互いの気持ちでしょ?過去の約束は確かに大事だったけどね。それは那奈姉が本当に俺を想ってくれたからの思い込みで悪いことじゃない。大事なのはこれからをどうするかってことじゃない?約束がなかったことなら、これから約束すればいい。違う?」

 

 那奈姉には辛い顔をしてほしくない。

  

「とりあえずは、恋人から始めないかな?婚約者ってのは俺たちはまだ子供で早すぎるけど。那奈姉が周囲を説得してくれているのならいずれは、って感じで。どう?」

 

「……え?え?」

 

 驚きを隠せない様子の那奈姉は顔を真っ赤にさせている。

 

「俺は那奈姉のことが好きなんだ。今も昔も変わらずに」

 

 こんな風に告白するのは初めてだ。

 互いに想いあいながらも、言葉にせずにきたから。

 婚約者なんて関係だけが先行して、想いがついてきてなくて。

 那奈姉も俺も不安になり、ずっと話題自体を避け続けてきた。

 それじゃダメなんだ。

 俺は那奈姉が好きだってことを伝えたい。

 自分の言葉で、この想いを――。

 

「私も……道明が好きよ。弟みたいに思ってたけど、あの……ずっと、私にとってはたったひとりの“男の子”だったから」

 

 弟だけじゃなくて、ちゃんと男扱いされていた。

 その事にホッとする。

 

「恋人から始めてもいいの?私でいいの?」

 

「那奈姉以外の誰を俺が好きになれるって言うのさ」

 

「……咲良ちゃんとか?」

 

 咲良か……うん、咲良はねぇ……そのですね。

 那奈姉の指摘に思わず、何も言えずに黙ってしまう。

 

「何、その沈黙?まさか、ホントに?さ、咲良ちゃんは妹なのよ?」

 

「分かってる。分かってます。咲良と俺は、そういう関係とは違うからね?」

 

「本当かしら……。それじゃ、世界で一番、好きな子を選ぶのなら誰?」

 

「……それはもちろん、那奈姉です」

 

 咲良はあくまで俺にとっての可愛い妹なのだ。

 

「うぅ、今、少しだけ間があったわ。ブラコンの妹とシスコンの兄だものねぇ」

 

 拗ねる彼女に俺は焦る。

 どうしよう、どうしよう?

 ここで選択肢をミスるワケにはいかない。

 俺は頑張って最良の選択を思考して選ぶ。

 今はただ、恥ずかしさを恐れずに行動で愛を示すのみ!

 

「ホントだってば。信じてくれ。俺は那奈姉、一筋です」

 

「……微妙に信じられないのよね」

 

「せっかくの告白の時くらい信じてよ。俺が好きなのは那奈姉だよ」

 

 吹く風が桜の花びらを空へとさらっていく。

 その瞬間に俺は那奈姉を自分のもとに抱きよせる。

 

「……んぅ」

 

 ただ、今は信じてもらえるように。

 俺と那奈姉は唇を重ね合う。

 那奈姉は初恋のお姉さんだった。

 従姉弟にして、俺の実のお姉さんみたいに慕っていて、憧れていた。

 俺にとっては那奈姉は、従姉で、お姉ちゃんで、幼馴染で、初恋の人で……。

 たくさんの関係があるけれども、今はこの関係だって胸を張って言いたい。

 

「俺たちは恋人だよね?」

 

「うん……そうね。道明は私の大事な恋人よ」

 

 ようやく俺を信じてくれたのか、嬉しそうに微笑む那奈姉。

 その綺麗な微笑みに見惚れてしまう。

 

「……那奈姉は綺麗だ」

 

「桜みたいに?」

 

「この桜以上に綺麗だよ」

 

 抱擁をしながら、互いの想いを確認しあう……だが、しかし――。

 

「……うわぁ、寒い。ここだけ、雰囲気が寒い。いるよねぇ、どこでもラブイチャつくカップルって」

 

 冷めた妹の声に振り向くと、頬を膨らませる。

 

「那奈姉は綺麗だ。咲良みたいに?咲良以上に綺麗だよ……だって。ふーん、2人だけの空気を作っちゃってさぁ。それにしても、お兄ちゃんは意地悪だね。そういうところで私を比較するなんて」

 

「ぬわぁ!?咲良?いつからそこに?」

 

 いつからいたのか、不機嫌な咲良がそこにいた。

 本当に咲良と桜の言い方はややこしい。

 言葉のニュアンスが違うだけなのに。

 

「咲良以上に?ハッ、またか!?ご、誤解だ、別に咲良と比べたわけじゃ……」

 

「ツーン。誤解でも何でもいいし。それより、恋人になるのはいいけど、お姉ちゃんに言いたい事があるの。ちょっといい?」

 

「な、何かしら?咲良ちゃん?」

 

「……愛してるくせにお兄ちゃんを信じられないって、ホントに愛なのかなぁ?」

 

 咲良はグサっと那奈姉に言葉の矢をつき刺す。

 この子、たまに容赦がないから怖いわ……。

 

「そ、それは……」

 

「お兄ちゃんが好きならちゃんと信じてあげてよ?そうじゃないと、お兄ちゃんは私のものにしちゃうから。冗談じゃなくてね」

 

「……咲良ちゃん」

 

 にっこりと笑みを浮かべる咲良。

 やっぱり、咲良は良い妹です。

 現実問題、俺が咲良のものにされるのは、それは背徳的な危険があるけどな。

 

「そうね。信じあうのが普通だもの。好きな人の事は信じる」

 

「……那奈姉。俺も信じてるよ」

 

 俺たちは手を握り合いあう。

 那奈姉のこの手を俺はこれからも繋ぎ続けていきたい。

 

「そんなわけで、お兄ちゃんの秘密は私の部屋のベッドの下にあるよ。お姉ちゃん、調べたかったら好きにしてね」

 

「――ぬぎゃーっ!?」

 

 最後の最後に咲良が大きな爆弾を爆発させた。

 ここで俺の秘密を暴露するなんて、ひどすぎませんか!?

 兄妹の秘密にしておいた、あのパンドラの箱を今さらカミングアウトするなんて。

 俺の趣味、もとい、危険な品々が入ったあの箱が白日の下にさらされてしまう。

 

「へぇ……咲良ちゃんのベッドの下にあったのね?」

 

「ち、違うのですぞ!?那奈姉、そこには何もない!?」

 

「そこに何があるのかしら?お宝?それとも……ねぇ、道明?」

 

 那奈姉の低い声が怖いっす。

 

「楽しみだわ。何が出てくるのかな~♪」

 

「な、何も出てこない事を祈るよ。ねぇ、咲良?」

 

 何だかんだで、いつものミラクルっぷりで俺を助けてくれるんだろ?

 ほら、これはただの意地悪で実際にはもうどこか別の場所に移してくれていたとか?

 だが、本日の咲良はどこか不機嫌さも残しており、遠慮容赦ゼロで無慈悲に言い放つ。

 

「……お兄ちゃん。奇跡は安売りなんてしてないんだよ?」

 

「と言う事は何の対処もないってことか!?」

 

 そんな、神も咲良にも見放されてしまうとは……ぐすっ。

 家に帰ったらそれはそれで、悲惨な目にあいそうで怖い。

 那奈姉ってばこういう時はマジで容赦がないからな。

 俺はガクッとうなだれた。

 

「さ、咲良ぁ……ひどすぎる。最後になんてことを……」

 

「あははっ。お兄ちゃん、恋人同士に隠し事はダメなんだよ?」

 

「それとこれとは話が違う。世の中にはついていい嘘があるんだ。優しい嘘はついていいと世間では決まっているのさ」

 

「……それのどこが優しい嘘なんだか。さっさと私の部屋から退避させなかったお兄ちゃんが悪いんだよー。ベーっ」

 

 咲良は可愛く小さな舌をチロッと出した。

 うぐぅ……やはり、咲良だけは敵にしちゃダメだったんだ。

 

「ていっ。お兄ちゃんは家に帰るまではこの幸せを満喫していればいいんだよ」

 

 咲良が俺の腕に抱きついてくる。

 腕に伝わるのは柔らかな温もり、おおっ!

 

「あの……咲良ちゃん、そう言う事は控えてもらいたいんだけど?」

 

「私はブラコンだから、お兄ちゃんに甘えてるだけだよ?これからもやめるつもりはないから」

 

「咲良ちゃん、そこだけはまだ続けていくの?」

 

 那奈姉に咲良は「当然っ!」と断言する。

 あれぇ、おかしいな……妹に想われるのは幸せなことのはずなのに。

 どこか修羅場の火種を残しているのは気のせいだろうか。

 

「こらっ。道明もニヤニヤしないっ!恋人は私なの、分かってる?」

 

「お、俺を信じてくれ~っ!?」

 

 せっかく、恋人同士になれても、俺の受難はまだまだ続く。

 だが、俺はこういう展開になるのをある意味、望んでいたのかもしれない。

 大好きな那奈姉がいて、可愛い妹の咲良がいて……今までとあまり変わらない日常が続く。

 そう、これからも幸せな日常を続けていくことができるってはいいことだ。

 だって、俺は幸せを存分に実感ができるから。

 桜並木の下でじゃれあう3人の光景はしばらくの間、続いた――。

 

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