第24章:想いの桜
【SIDE:望月道明】
ずっと前に忘れてしまっていた記憶。
それが何か、俺は覚えていない。
那奈姉にプロポーズした過去。
それは本当に“俺の過去”なんだろうか。
人の記憶は不便なもので、嫌な記憶や忘れたい事はずっと覚えてるくせに、忘れたくない事はすぐに忘れてしまう。
幼き頃の俺が那奈姉とした約束って、どんなのだったんだろう?
それを思い出せなければ、俺は那奈姉に告白できない。
……早く、本当の恋人になりたいのに。
綺麗に咲く満開の花の下で、俺たちはお花見をしていた。
咲良の手作り弁当&那奈姉の手作りサンドイッチ。
「お兄ちゃん、美味しい?」
「おー、まことに美味であるぞ。この卵焼き、味の感じが抜群です」
実は甘い卵焼きはちょっと苦手なのだ。
甘いモノがダメというわけではないんだが、だし巻き卵とかは遠慮願いたい。
俺の場合はほんのりと塩味のする卵焼きの方が好きだ。
それを咲良は見事に作ってくれるのだからすごい。
母さんに頼んでも、いまいちな卵焼きだが、咲良は俺の好みのど真ん中ストレートで味付けをしてくれるのが嬉しいのだ。
「さすが咲良。俺の好みを把握してるね」
「えへへっ。お兄ちゃんの好みくらい分かってるよー。ずっと長い付き合いだもん」
咲良の発言がさらっとブラコン発言に思えた。
うむ、もしや……咲良も目覚めたのか、兄ラブに?
そうか、ついに俺たちが禁断の兄妹愛ルートに?
「――道明……ずいぶんと楽しそうね?」
隣で黙々と食べていた那奈姉の低い声に背筋が凍る。
やっぱりダメですよね、ごめんなさい、調子乗りました。
人生そんなに甘くないです。
現実に夢を求めてごめんなさい。
「那奈姉のサンドイッチも安定の美味しさだよ。うまー!ぐっ、のどに詰まった」
「はい、お兄ちゃん。お茶をどうぞ。あれぇ、お姉ちゃんはどうしたの?私が作ったお弁当は美味しくないの?」
「い、いいえ。咲良ちゃん……とても美味しいわよ」
「なら、いいよね。覚えておいたらいいよ。それがお兄ちゃんの好みの味だから」
満面の微笑みを那奈姉に向ける無邪気な妹。
那奈姉は反面、複雑な表情を浮かべている。
「……え、えぇっ。覚えておくわ。ありがとう、咲良ちゃん」
「どういたしましてっ」
「……くっ……」
な、那奈姉、どうなされたのだ?
雰囲気が怖いので俺はビクッとしてしまう。
何なの、那奈姉がちょいと不機嫌だよ?
「さ、桜が綺麗だなぁ……」
「へぇ、堂々と妹が綺麗だなんて褒めるんだ?」
「桜違いですよ!?咲良が、ではなく、桜の方です。チェリーブロッサム!」
「あら、そうだったの?。ごめんね、私の勘違いだったみたい」
うちのお姉ちゃん、マジで怖いんですが。
最近の彼女は本当にどうしてしまったのだろう?
常に心に余裕を持ちましょう。
……余裕なんてあっても、修羅場は回避できないけどな。
「咲良と桜。確かにややこしいけどさ。咲良は可愛い桜が好きだよな?」
「私は可愛い自分が大好きだけど、それが何か?」
「だから、違うんだってば。いや、咲良は可愛いけどね」
はっきりと言い切れる咲良を俺は尊敬できます、桜違いだ。
自分を好きだと言える人間が世の中にどれだけいるか。
俺は……もう少し自分のヘタレっぷりを直したいです。
「せっかくの桜のお花見なのに雰囲気が悪いよね?お姉ちゃんはそんなほんわかとした雰囲気まで壊しちゃう気?」
咲良~、はっきり言っちゃダメだぞ。
俺だって言えない事なのに。
「うぐっ、そんなことはないわ」
「……ほら、お兄ちゃん。雰囲気読めないHYなお姉ちゃんは放っておいて私とお花見しようよ~っ。綺麗な桜だよねー」
咲良が俺の肩にもたれるように身体を預けてくる。
妹に甘えられるとは何たる幸せ!
最近、膨らみかけの……けふんっ、とにかく幸せなのだ。
「くっ、咲良ちゃん。お姉ちゃんもちょっとそろそろ、貴方に言いたい事があるんだけど、いいかしら?」
ついに那奈姉が切れた!?
「お姉ちゃんこそ、私がお兄ちゃんが大好きな事の何が悪いの?」
なんと、咲良がお兄ちゃんが大好きだと!?
……何だろう、この意味の分からない板挟みは。
無理にテンションあげないとものすごく2人の関係が怖いんだもん。
「あのですね、おふたりさん。なぜにそこまで雰囲気が悪くなったのですか?」
「道明、それは本気?……誰のせいだと思ってるの?」
「ねー。自覚ゼロのお兄ちゃんが犯人なのに」
「え?この雰囲気を悪くしてる真犯人は俺なの?」
頬を膨らませる咲良と、不機嫌な那奈姉。
その問題の根底にあるのは俺のせいだと言う。
考えてみよう、なぜ俺に責任があるのか。
「……分かりません」
「だよね?分かるわけがない。お兄ちゃんだし」
「何のヒントもなく2人の不仲の理由なんて分からんわ」
「まぁ、不仲っていうか、単純な問題なんだけどね?」
咲良は俺の膝上にぴょこっと乗る。
相変わらず小柄なウサギみたいな可愛いさがある。
ツインテールの長い髪が触れてくぐったい。
「んー、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
「意味が分からないぞ、と」
「……み、道明。私も、近付いていい?」
今度は那奈姉が俺の背中に自分の背中をくっつけにくる。
レジャーシートに座る俺、膝上には咲良、背中には那奈姉。
他人からみたらどれだけ羨ましがられるか。
だが、雰囲気的には修羅場チックなので、このハーレムは遠慮願いたい。
「……それでいつになったら本題の答えを教えてもらえるのだろうか」
「これだけされても分からない?ホント、ダメダメだね。はぁ、お姉ちゃん。なんでこんなに鈍い人を婚約者にしたいの?」
「まぁ、そう言う鈍さに救われる事もたまにあるわ」
那奈姉はどこかしら照れた声で言う。
やめて、鈍いとか言わないで!?
男の鈍感力っていうのは褒め言葉じゃないよね?
「……この状況を見て分からないのなら、お兄ちゃんはそこまでだね」
まさに両手に花、いや、桜の花を合わせたら花づくしなわけで。
背中越しに那奈姉の温もりを感じる。
「あのさぁ、ふたりとも怒らないで聞いて欲しいんだけど……」
「なぁに、鈍感なお兄ちゃん?答えを外したら、これからは鈍兄って呼ぶよ」
「うぐぅっ。もしかして、俺ってば……ふたりにめっちゃ愛されてる?」
この状況を客観的に判断しての結論。
自惚れだと言われるかもしれない。
だが、この状況はどう見てもそうとしか思えない。
「私たちは家族愛として、ラブラブだね」
「お、おぅ。やはり、そうなのか!」
「微妙な正解だけどね。ホントの正解は……ムグッ!?」
いきなり那奈姉が背後から咲良の口を押さえ込む。
「咲良ちゃん。あんまり悪戯がすぎるとお仕置きするわよ」
「みゅぎゅ、ふみゅー、むぎゅぅ~!?(違うもん、悪戯じゃ、ないんだから~っ)」
何とか那奈姉の手から逃れた咲良は反撃にでる。
「お姉ちゃんだってダメなくせに。肝心なところでビビって逃げてちゃ、何も始まらないと私は思うなぁ?ねぇ、お兄ちゃん」
「はい?」
「――私ね、お兄ちゃんが……好きみたいなの」
……お兄ちゃんが、好きみたいなの?
お兄ちゃんが好きみたいなの……好きみたい……好き……。
お、俺が好きみたいなの、だと~っ!?
「さ、咲良!?それはいわゆるラブという意味で?」
「ううん。家族愛の意味で」
「ガクッ。愛の告白ではないのか」
「愛の告白じゃないけども、ブラコンだと自覚せざるをえないくらいには好きかも」
あの咲良が……ブラコン宣言?
俺は振り返ると、口をパクパクさせてる那奈姉がいる。
俺より驚愕しているのですが、もしや、これが不仲の原因なのか?
「まぁ、昔から仲が良かったから兄ラブになるのも自然だと思うの」
「さ、咲良ちゃん?なんで、それを道明に……」
「お姉ちゃん。大事な話をしてるから黙っておいて。今は咲良のターンなの」
有無を言わせない咲良の笑顔。
さすが那奈姉と従姉妹と言うべきか。
うちの家系は笑顔で相手を黙らせる血筋なんでしょうか。
「お兄ちゃん、私は妹として好きだから。それだけは覚えておいてね?」
「お、おぅ。お兄ちゃんも咲良が好きだぞ」
「うん、知ってる。お兄ちゃんはシスコンだもんね」
サァ……っと風が吹いて小さな桜の花びらが舞う。
可愛い妹、咲良がそっと囁いた。
「それと、私はお姉ちゃんの事も好きだから。一応」
「え?あ、うん。ありがと。私も咲良ちゃんが……うーん」
「なんでそこで悩むの!?悩まないでよ~っ」
咲良は不満そうに頬を膨らませて拗ねる。
ホント、那奈姉は素直じゃない。
「ふんっ。いいもん。お兄ちゃん達は桜でも見てくれば?私はここの後片付けするから」
彼女は俺と那奈姉の背中を押すと、ニコッと笑う。
「……お兄ちゃん、頑張れ」
咲良……ホントに俺の可愛い妹だよ、お前は。
ここで那奈姉に告白するのはタイミング的にもいいかもしれない。
告白に不安はあるが、いつまでも先のばしていても仕方ないからな。
俺は頷くとそっと咲良の頭を撫でる。
「ふにゅぅ」
くすぐったそうにしている妹はいつもの可愛い妹だった。
「それじゃ、咲良に甘えて、その辺でも歩こうか、那奈姉?」
「……そうね」
まだ呆然としている那奈姉を連れて俺たちは歩み出す。
後ろで見送ってくれる咲良。
俺は良い妹をもったよな。
さぁて、ここからは俺のターン。
俺もたまには男を見せますか。
……。
道明と那奈を見送る咲良は「ふぅ」とため息をつく。
「うぅ、まさかホントに自分がブラコンだったなんて」
自覚していなかった事を自覚する事で、彼女は今までの自分の行動にも納得する。
「前からお兄ちゃんっ子だと思ってはいたけどね。お兄ちゃんと同じだとは……ふみゅぅ」
咲良はそっと目の前の桜に手を伸ばす。
ゆらゆらと舞い落ちる花びらを受け止めた。
「まぁ、これからも今まで通り、甘え続けるってことでいいんだよね。お兄ちゃん」
妹として兄に甘えることを、当たり前のように続けていくだけ。
「あれ、そう言えば昔に……あぁっ!?」
そして、彼女は思いだす。
ブラコンゆえに過去の自分がしたある行為を――。




