第23章:思い出の味
まさに咲良の本領発揮、いじめられる那奈姉。
最近不仲のふたりの話の流れで、那奈姉の意外な弱点が発覚。
なんと、彼女は料理ができないらしい。
しばらく前に料理中に火傷をして、それ以来、火が苦手になったそうだ。
料理のできない女の子。
それを俺に知られ、捨てられるとかワケの分からない危惧で戸惑う那奈姉。
別に俺はそれくらいで彼女を嫌いになるはずがない。
だけど、那奈姉にとってはとても気になる事だったんだろう。
拗ねてしまう彼女に俺は過去を思い出しながら言う。
「ねぇ、那奈姉。昔の事、覚えてる?」
「昔って、どのくらい前の事?」
「まだ那奈姉がこっちに住んでた時さ。よく那奈姉って俺や咲良にお菓子作りをしてくれたじゃないか」
「あの頃はまだ料理ができたもの。今みたいに火は苦手じゃなかったわ」
那奈姉の手作りのお菓子は美味しかった。
クッキー、ケーキなど叔母さんと一緒によく作っていた。
「あの頃、俺の一番好きな物って何だったか分かる?」
「カレーとか、ハンバーグとか?」
「それもそうだけど。一番好きだったのは那奈姉の作ってくれたものだよ」
そのヒントを頼りに那奈姉は少し考えるそぶりを見せる。
「あの頃はまだ手の込んだものは作れなかったわ」
「シンプルだけど、美味しくて俺は好きだったよ」
「……もしかして、サンドイッチ?」
「正解。俺は那奈姉の作ってくれたサンドイッチが一番好きだった」
当時の俺の好物とも言えるものだった。
思い出の一品、ハムエッグサンド。
シンプルながらも俺の好みにベストマッチ。
今でもコンビニで買ったりするが、やっぱり那奈姉の手作りモノが好きだな。
「それくらいなら今でも作れるんじゃない」
「でも、あの程度のモノ、誰でも作れるわ。一番好きだったなんて嘘でしょ?」
「ホント。好きだったよ。あれは那奈姉が作ってくれたから好きだったのかな」
俺のさりげない一言に顔を真っ赤にさせる。
自分でもちょっとカッコつけた感はあるが。
でも、その言葉は俺の本心だ。
思い出のサンドイッチを作れるのは那奈姉しかいない。
「……道明はまだ子供だったから、あれが美味しいと感じただけ。今、食べても、普通の味よ。市販の材料だったし、こだわっていたのは味付けとか、その程度だもの」
「それが大事なんじゃないの。料理って、食べさせる相手の事を考えるものだって、昔の那奈姉は言ってなかった?俺、那奈姉の手作りの料理を食べてると、すごく幸せだった」
そして、それを嬉しそうに見つめる那奈姉の笑顔も好きだった。
思えばあの頃からの俺の初恋は始まっていたのかもしれない。
当たり前の事なんだよな。
誰だって、好きな人の手料理が一番好きなんだ。
「久々に食べたくなったんだ。また、作ってくれない?」
「道明の期待に応えられなかったら、どうすればいいの?」
「深く考えないで作って欲しい。俺は文句なんて言わないし」
ここで味にケチをつけるような性根の腐った人間ではない。
それに、那奈姉の味覚がダメなんじゃない。
ならばこそ、料理には期待できるのではないか。
「ホントに何でもないものよ?作り方なんて簡単で、味付けだって本当に普通なんだから。特別な物じゃないの」
「それがいいんだよ。ねぇ、那奈姉……お願いだ。また作ってよ、サンドイッチ」
「うぅ、道明にお願いされたら断れないじゃない」
那奈姉はちょっぴり涙ぐませた瞳を俺に向ける。
「道明は優しい子ね。昔と変わらないわ」
「そうかな?」
「えぇ、私の知る道明のままよ。趣味が少し変わって心配していたけども、人間の本質は変わっていないようで安心した」
「……う、うん。趣味は関係ないからね」
趣味=エロい方面のアレですか?
それはおいといて、昔の俺と変わっていないのは多分、那奈姉との関係だ。
お姉ちゃんとして大好きだって気持ち。
今はそれに女性としての愛情もあるけどね。
那奈姉が一番大事な女の子って気持ちは強い。
「それじゃ、道明のリクエスト通り、サンドイッチを作るわ。材料はあるかしら」
「多分、あるよ。なかったら買ってくるし」
近所の24時間営業のスーパーまで行けばいいだけだ。
料理を作ろうとしてくれる那奈姉の気持ちが大事なのだ。
このまま、スムーズに終われば、ちょっといい話で終わったのであろう。
だが、しかし――。
俺たちのほんわかとした雰囲気をぶち壊す事態がキッチンでは待っていた。
「あれ?今きたの。遅いよ。お弁当はもう全部できちゃったよ」
俺の天使、咲良がにっこり笑顔を浮かべて言う。
「……な、なんだ、これはっ!?」
テーブルの上の皿にはサンドイッチ、それもハムサンドが並んでいる。
しかも、美味しそうだ……さすが咲良、俺の好みを把握している。
って、違う、問題はそこじゃない。
隣の那奈姉は唖然としてしまっている。
せっかくやる気を出してくれたのに。
咲良はとっくに那奈姉の状況を察知し、先手を打っておいたのだろう。
「――今のお姉ちゃんでも作れるのはこのくらいかなって思って、ついやっちゃった」
ホントにやっちゃったよ、おいっ!?
咲良の本気モードが容赦がなさすぎる……那奈姉が可哀想だ。
ここぞとばかりに那奈姉を追い詰め過ぎだ。
「えぐっ……」
やばい、那奈姉が再び拗ねてしまうではないか。
せっかくいい感じにまとめようとしていたのに。
そんな雰囲気を読んだ咲良が笑って言う。
「あははっ。冗談だよ、冗談。ごめんね、意地悪しちゃった。ほら、私が作ったのは朝ごはんにして、お姉ちゃんが作ったのをお弁当に持っていけばいいよ。材料もまだまだあるし。ちゃんと“お姉ちゃん”でも作れるように用意しておいたから」
「……あ、ありがとう、咲良ちゃん」
那奈姉、笑顔を作ってるつもりだろうけど、全然笑えてないよ!?
「えへへっ。どういたしまして。あっ、火がダメなお姉ちゃんの代わりに卵は焼いておいてあげたから」
「……ぅっ……」
咲良の無邪気な態度に必死に笑顔を作ろうとする那奈姉。
無邪気と言ったが、咲良の場合は計算の場合があるからな。
これが女の戦いってやつなのですか。
2人のはざまに立ち、険悪な雰囲気が怖すぎて、部屋に帰りたい。
結局、那奈姉は無言のままサンドイッチ作りを始める。
思い出フラグをあっさりと咲良に壊されてしまい、微妙な感じになってしまった。
このまま3人でお花見に行って、俺たちは大丈夫なのだろうか、いろんな意味で。




