第22章:決戦の朝
いつもよりも少し早い目覚め。
「んー、春の朝は心地いいな」
冬のように寒いわけでもなく、夏のように暑いわけでもない。
過ごしやすい意味でも俺は春が好きだ。
今日は那奈姉と咲良の3人で花見をしに行く事になっている。
ちょいと最近は雰囲気が悪い2人なので心配している。
「さぁて、起きますか」
俺は着替えを終えてリビングに降りると、キッチンでは咲良が何やら料理をしていた。
ピンク色のエプロンをつけてる妹は可愛い。
「おはよう、咲良」
「あっ、お兄ちゃんだ。おはよー」
「どうしたんだ?咲良が朝ごはんを作ってくれているのか」
咲良は料理上手な妹なのだ。
将来はいい嫁になれる素質があると思うよ。
「違うよ。今、作ってるのはお花見のためのお弁当でーす」
「おおっ。咲良の手作りお弁当!?」
「せっかくのお花見だからね。今日はお兄ちゃんの好きなメニューにしてあげる。お兄ちゃんの好みは私も把握済みだもん」
「さすが、咲良だ。愛してるぞ」
俺は思わず彼女の頭を撫でる。
「くすぐったいよ、お兄ちゃん」
ホントに素晴らしいほどに兄想いな良い妹です。
咲良、最高っ。
だが、しかし――。
「……くっ、その手があったわね」
俺たちの後ろで声がするので振り向くと何やら悔しそうな顔をする那奈姉がいた。
いつのまにそこにいたんだろう。
「おはよう、那奈姉。どうしたの?」
「うぅ……それは……」
彼女はキッチンで料理をする咲良を見ていた。
「あー、お姉ちゃんだ。今ね、お弁当作りをしてるの。そうだ、お姉ちゃんもする?」
咲良は微笑みながら那奈姉を誘う。
那奈姉はなぜかビクッとした反応を示した。
「え、えっと……」
「んにゅ?どうかしたの?私と一緒じゃ嫌とか?」
「そうじゃないわ。そうじゃないんだけどね……」
那奈姉は俺の顔を見て、困った表情を浮かべている。
俺を見られても分からんよ?
「もしかして、お姉ちゃん。料理ができなかったりして」
「グサッ。そ、そんなことないわよ?」
「えー。違うの?お姉ちゃん、料理ができるなら一緒にやろうよ」
おや、おかしい……那奈姉は料理はできるはずだ。
俺の記憶では昔は彼女によくお菓子とか作ってもらっていたからな。
「違うぞ、咲良。那奈姉は料理はできるはずだ」
「ふふっ。お兄ちゃん、その情報は古いね。今の那奈お姉ちゃんはね、料理できないのよ!」
びしっ、と那奈姉に指を突き付ける彼女。
咲良、もしや、その情報を知ってその質問をしたのか。
だとしたら……咲良ちゃん、ちょっと意地悪です。
って、それよりも問題は那奈姉だ。
「那奈姉が料理できない?」
「叔母さんから聞いたの。ほら、昨日、電話したじゃない」
昨夜は那奈姉のお母さん、つまり俺にとっての叔母さんから電話があった。
主な話の内容は「那奈をよろしくね」という、婚約者絡みの話だったのだが。
俺の外堀が既に埋められている実感をした。
『道明くんが高校卒業したら那奈と結婚するのねー』
とか、すっかり叔母さんもその気だった。
うちの母まで『那奈ちゃんにはもったいないわ』やら『孫はいつくらいかしらね』と姉妹で話が盛り上がっていたのだ。
俺、本当にこのまま那奈姉と結婚しちゃうのか。
望んでる事のはずなのに、色々と喜べないのは今の気持ちを確認しあえていないせいだ。
そして、その問題は那奈姉との再会から全く前に進んでいない問題でもある。
それはさておき、何やら咲良は思わぬ情報を得たらしい。
那奈姉は咲良を前にしてどこか怯えているようにも見える。
「叔母さんからの情報では那奈お姉ちゃんは料理ができないらしいよ?そこが心配だって電話で言ってたもの」
「そうなのか?でも、那奈姉、俺が子供の頃によくお菓子を作ってくれたりしたよな?」
俺がそう尋ねると、彼女は顔をうつ向かせたままだ。
「昔は、でしょ。那奈お姉ちゃん、何年か前に料理中に火傷しちゃってそれ以来、火を見るのが怖くてダメなんだよね?だから、料理も作れなくなっちゃったんだって」
「……うぅ」
唸る那奈姉を追い込むように咲良は言う。
「ほら、お姉ちゃん。火を使うのは私がするから一緒に料理しようよ。でも、お兄ちゃんの婚約者とか自称してるわりに、料理ができないんじゃ、お嫁さんなんてなれるのかなぁ?」
「うぐっ……うぇーん、咲良ちゃんがいじめるわ」
那奈姉は逃げるようにリビングから出ていく。
咲良と那奈姉、その対立はかなり深刻な物らしい。
これが咲良の言う「戦う宿命」ってやつなのか。
……ただ単に那奈姉に意地悪してるだけにしか見えないが。
「咲良、やりすぎ。那奈姉をいじめるな」
「えー。いじめてないよ?私のセリフのどこに意地悪だと感じたの?」
「それは……どこって言うのは言いにくいが」
発言内容はそんなに悪いわけじゃない。
ただ、ニュアンスと言うか、言い方がちょっと挑発的だったのだよ。
咲良は料理を続けながら会話を続ける。
「お姉ちゃん、料理できない事を気にしてるみたいだね。火が怖いのは仕方ないと思うし、味付けとかが致命的なわけじゃない。精神的なものなんだろうね。トラウマっていうのかな」
それを分かっていて、那奈姉を追い込んだのか。
咲良、この子はさり気にSっ気があるのでは?
「お兄ちゃん、慰めてあげれば?この選択肢がうまくいけば好感度UPするかもよ」
「これがいわゆる運命の選択と言うやつなのか」
「……まぁ、お兄ちゃんの言葉なら大抵のセリフでお姉ちゃんは喜ぶと思うけどね」
俺は咲良に促されて、那奈姉を探しにいくことにした。
とりあえず、部屋に行ってみると、那奈姉は拗ねていじけていた。
ベッドの片隅で膝を抱えるように座っている。
「笑っちゃうでしょ。婚約者とか言っておいて、料理ができないなんて」
「あ、あの、那奈姉?」
「将来的に料理のできない女の子は面倒だって思ってるんでしょ」
「思ってないよ。そんなの、別に……」
那奈姉がこれだけ凹んでいるのを見るのは、『パンドラの箱』騒動の時以来だな。
あの時とちょっと事情と凹み具合が違う。
「今は火を使わないクッキングヒーターもある。頑張るわ、道明のために。だから、私以外の子を選ぼうとはしないで。見捨てないでよ、道明」
まるで雨の中で捨てられた子猫のようにすがる瞳を俺に向ける。
「別に心配はしてないけど?」
「ハッ、まさか『俺には咲良がいるからな』とか思ってたり!?一生面倒を妹に見てもらうから別にいいさ、とか思っちゃっているの?だとしたら、私の存在価値って……うぁああ……」
「――ちょい待ち。俺、どこまでもシスコン扱い!?」
そんなお兄ちゃんにはなりたくありません。
いじける那奈姉はかなりネガティブのようだ。
「咲良ちゃん、可愛いものね。料理上手で、可愛くて、アレでしょ。『咲良は俺の嫁と』か思ってるんでしょう。メインヒロインは咲良ちゃんの方がよかった、妹属性の方が人気あるからねって」
「言ってないし、思ってもいない。ほら、那奈姉。凹んでないで元気出してよ」
那奈姉、混乱しすぎだ。
咲良いわく、ここで俺が那奈姉を慰めれば好感度急上昇らしいが、俺には自信がないぞ。
「那奈姉、俺はね、料理ができなくても……」
那奈姉が好きだ、と言おうとしたのだが。
「料理できない女の子は嫌い!?うぇーん」
「言ってないよ!?話を最後まで聞いて!?」
「うぅ、道明にだけは知られたくなかったのに。料理できない私なんてポイ捨てされちゃうのね、ぐすっ」
やべぇ、マジ凹みしてる……俺が下手に何か言うとダメっぽい。
どうすればいいのだろうか。
料理できないことくらいで、俺が那奈姉を嫌いになるわけがない。
それに火が苦手なら仕方ないじゃないか。
無理にトラウマを克服しろなんて言えないよ。
でも、きっとそれは那奈姉にとってはとても辛いことで、気にしていることなんだ。
俺にできるのは那奈姉を励ます事。
そして、俺がその程度で嫌いになる事がないと断言する事。
俺はそっと那奈姉の手を握り、彼女に優しい声色で言う。
「――ねぇ、那奈姉。昔の事、覚えてるかな?」
彼女を傷つけたくなんてない。
沈みきった顔よりも笑顔が見たいんだ――。




