第21章:甘い罠
咲良の提案でお花見に行くことにした。
ちょうど、今度の土日で桜の見ごろだ。
タイミングを逃せば華も散ってしまうのでいい機会だと思う。
「道明、私にお話って何かしら?」
お風呂に入る前に那奈姉に話をするように誘っていた。
少し待って、お風呂上がりの彼女がリビングに顔をのぞかせる。
パジャマ姿でまだ髪が濡れている状態の那奈姉。
タオルでふこうとしているので、俺は何となしに言ってみる。
「那奈姉、俺が髪をふいてあげよっか?」
「え?あ、うん。ありがとう」
ちょっとびっくりした表情を見せるがすぐに笑顔になる。
「なんだか、道明にしてもらうのって恥ずかしいわね」
ソファーに座る彼女の髪をゆっくりとタオルで拭いていく。
那奈姉の髪は長いので手入れも大変そうだ。
「んー。何だか人にやってもらうのってくすぐったい。でも、気持ちいい」
「小さな頃から咲良の髪をふいてあげてたから、俺は慣れているよ」
「……咲良ちゃん、か。良いお兄ちゃんしてるんだ」
「今はあの子も髪型を変えて、俺に頼む事がなくなったなぁ」
妹に甘えられるのは兄としては嬉しいのだ。
「はい、これでおしまい。どう?」
那奈姉の髪を拭き終わり、俺はタオルを彼女に返す。
「ありがとう、道明。意外と丁寧で慣れているのね。これからまた頼んでもいい?」
「いいよ。那奈姉の髪ってさらさらとしていて、手触りがいいね」
女の子の髪質って男とは全然違うよなぁ。
タオルを受け取った那奈姉は何だか複雑そうに見える。
「那奈姉?」
「何度も言うようだけど、咲良ちゃんと道明って仲が良すぎる兄妹よね?普通はもっと距離感があるものじゃない?そうよ、一般的な兄妹とはちょっと違うと思うわ。その辺の距離感に注意しなさい。いいわね、道明?危ない属性はもっちゃダメよ?」
兄妹仲が良い方だとは自覚があるのも事実だ。
シスコン疑惑はなぜか那奈姉から誤解が解けてくれていた。
でも、未だに俺と咲良の仲を疑う様子がある。
「俺たちはどこにでもいる兄妹だよ」
「私もそう願っているわ」
「あはは……」
笑って誤魔化す俺。
それ以外にどうしろ、と。
咲良の魅力を語れと言うなら遠慮なく語れる。
だが、雰囲気も読まずに語って彼女に嫌われるつもりもない。
「そうだ、那奈姉。話は変わるけど、土日のどっちかにお花見に行かない?」
「お花見?明日ならいいけど、日曜日はいけないわ。明日でもいい?」
「うん。咲良にも言っておくよ」
「え?……お花見って咲良ちゃんもくるの?」
さりげなく咲良を警戒する様子の那奈姉。
やはり、この二人は何かあったのではないか。
「そうだけど?咲良も一緒じゃダメ?」
「ダメってわけじゃないけど……ふたりっきりの方がよかったな。その方がデートっぽいじゃない。咲良ちゃんがダメってことじゃないの。それは誤解しないで。ただ、ふたりでいたいだけなのよ?」
そんなに念押しされた余計にそう思うのですが。
咲良に聞いてもはぐらかされてたし、絶対にこの二人、何かあっただろう。
気になる俺はストレートに聞いてみることにした。
「咲良と何かあった?」
「……あったと言えば、あったし。なかったと言ったらなかったかな」
「那奈姉、俺にできることがあれば言って?協力するよ?」
「ごめんね。変な心配をかけちゃって。でも、これは私と咲良ちゃんとの問題なの。仕方がないのよ。あえて言うなら……私たちは戦う宿命にあったのね」
咲良と同じ事を那奈姉も言った!?
どこのバトル漫画のセリフですか。
「俺には言えないこと?」
「言ってもいいけど、解決はしないわ」
「そ、そうなんだ」
知りたいけど、これ以上は俺は踏み込まない方がいい問題なんだろう。
別に女の子の戦いが怖いから関わりたくないって逃げたわけじゃないんだからねっ。
……戦う女の子は怖いです。
「そんなことより、道明とのこんな風にゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりね」
「そういや、そうだったかな」
いつも何かと修羅場に巻き込まれる事が多いです。
好きで問題を起こしてるわけじゃないんだが。
「大学の入学式はどうだった?」
「いい感じだったわよ。自分が大学生になったんだなぁって自覚をしたわ」
「那奈姉もこれで女子大生なんだよね」
「道明も月曜からは高校生なんだから頑張って」
いつだって那奈姉はお姉さんなのだ。
年上なのだから当たり前の事なんだけどね。
この3歳の年の差って結構大きく感じることがある。
「……那奈姉と俺って3歳違いなんだよね」
「そうだけど……ハッ、まさか、若い子の方がいいの?歳の差が気になったりする?」
「え?あ、いや、そういうわけじゃないんだ」
やばい、年齢ネタは女性は厳禁。
すぐさま、俺はフォローすることにした。
「俺の好みは大人っぽい年上美人だから!」
「……そうなの?」
「やっぱり、お姉様的な魅力がある方が良いに決まってるじゃないか」
「そうなんだ……道明は年上が好きなのね。ふふっ」
照れる那奈姉、なんとかご機嫌斜めはならずにすんだか?
女の子は本当に気難しい。
「道明?ねぇ、たまにはお姉ちゃんも甘えてもいい?」
笑顔の那奈姉はそう言うといきなり俺に抱擁してくる。
お風呂に入りたての石鹸のいい香り。
髪からはシャンプーの匂いだろうか、フローラルな匂いがする。
女の子ってどうしてこんなにもいい香りがするのだろうか。
いや、男からフローラルな香りしても変なだけだが。
「な、那奈姉?」
「いいじゃない。たまには甘えさせてくれても。咲良ちゃんにならいつもしてるでしょ」
「いつもしてるほど、羨ましい兄妹でもないです」
それにああみえて、咲良も最近は成長してるので手を出しづらい。
マジで女の子の成長具合をなめちゃいけないよ?
「今、咲良ちゃんの事を考えてたでしょ?」
「そんなことはありませんっ」
「むぅ、そりゃあれだけ美少女なんだから兄妹でも気になるだろうけど。不愉快よ」
那奈姉はぎゅって力を込めてくる。
……まずい、何がまずいって?
そんなの俺の“理性”に決まってるだろう!?
俺に当たる那奈姉の胸の膨らみがね……正直、たまらんのですよ。
でも、それ以上に好きな女の子から抱きしめられて、黙っていられる男はいるか。
否、いません……でも、ここから先の手をだせるほど勇気もない。
“理性”と“ヘタレ”の戦い……ここがいわゆる、天王山!
……そして、わずか数秒の戦の結果、俺の理性は呆気なくヘタレっぷりに負けた。
くっ、ヘタレっぷりの方が勝る俺は自分が情けない。
なんてことだ……手を出したくても出せないとは何たる不覚!
「道明は……抱きしめられるのは嫌?」
「そんなことないさ~」
緊張して思わず声が裏返ってしまった。
何たる恥ずかしさ、でも、那奈姉は特に気にする事もない。
「そう。私は道明の温もりを感じられるのが好きよ。ずっとこんな風にしていたいな」
「……俺もだよ、那奈姉」
那奈姉と抱擁しあい、幸せを感じ合う(胸の感触もGOOD!)。
おー、いつもよりまして良い雰囲気だ。
だけど、こういう時のオチは咲良に見つかるとかそんなオチなんだろうなぁ。
分かってるよ、どうせこれは甘い罠……さぁ、悪戯好きの神様、この場面で俺をどう絶望に落とす?
今日はどんな罠で俺にオチをつけるつもりだ。
「ねぇ、道明……私のこと、どう思ってる?」
俺が神への挑戦を受けてる時、那奈姉はグッと俺に顔を近づける。
「……っ……!」
神様、これはキスして良い場面ですか、これは!?
たとえ、それが甘い罠だとしても、俺は……やる時はやる男なのだ。
ついに俺の“理性”の“限界解除”。
俺は自分の理性に素直になり、勢いで、那奈姉の唇に自分の唇を触れさせる。
「――んぅっ……!?」
不意打ちとかではなく、俺の意思でした初めてのキスは気持ちのいいものだった。
やがて、唇を離した那奈姉はバッと俺から距離を取り、顔を真っ赤にさせる。
もしや、キスのタイミングが悪かった?
「あ、あの、那奈姉?そ、その、つい雰囲気に流されてですね」
「……うぅ、道明のくせに!道明から私にキスするなんて……ずるいわよ」
「ずるい?……何が?」
「き、キスはお姉ちゃんからするって決まりなの!年下のくせに。お姉ちゃんをドキってさせちゃダメなんだからね?」
恥ずかしさに耐えられなくなった那奈姉はリビングから出て行ってしまう。
ひとり残された俺はキスの余韻の残る自分の唇を指で触る。
「にやにや。何のオチもなく、キスできた……やべぇ、めっちゃ顔がにやける」
どうやら、本日は悪戯好きの神様はお休みだったらしい。
たまには何事もなく、甘いままで終わる事があってもいいよね。
その後、にやけた俺を気持ち悪がる母親に注意されるまで、俺はずっとにやけていた。




