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第七十九話:沈黙の尋問、動き出す影


聖都サンクトゥム・ルミナの夜は、地上のどんな闇よりも深く、そして清浄な沈黙に包まれていた。


だが、その光が届かぬ場所では、二つの異なる密室が、静かな、しかし激しい緊張に支配されていた。


一つは、港近くの仕立て屋の屋根裏部屋。闇滅隊の隠れ家だ。


地下での死闘を終え、戻ったファム、ナシル、ハヤテ、シズマの四人は、捕虜とした糸使いの少女の尋問を行っていた。


「―――嘆きの森の主が、目覚める時が」

少女は、狂ったように笑いながら、それだけを不吉に繰り返す。


「ちっ、これ以上の情報は引き出せそうにねえな。ナシル、この言葉の意味を至急ライアスたちに報告だ。リリアナが貴賓館に戻った今、あの石の解析と合わせ、何か分かるかもしれん」

ファムの言葉に、ナシルは静かに頷き、密使を放った。


その頃、もう一つの密室。


巡礼団に与えられた、壮麗な貴賓館の一室。


部屋の空気は、持ち帰られた一つの『石』によって、息が詰まるほどの緊張に満ちていた。


ライアスは、テーブルに置かれた布に厳重に包まれたそれに視線を固定したまま、剣の柄を固く握りしめている。


傍らでは、潜入任務を終え、東方諸侯の諜報員ジエンの手引きで、誰にも気づかれずに貴賓館へと帰還したリリアナが、蒼白な顔で石の分析を続けていた。


「……ダメです、ライアス殿。何度調べても、この石からは魔力も、邪気も、何も感じられません。まるで、ただの石ころのようですわ。ですが……」

リリアナは、石から指を離し、震える声で続けた。 


「ですが、私の魂が、本能が、これが途轍もなく危険な『無』であると叫んでいます。これ以上、関わるべきではない、と」


「闇滅隊からの詳細な報告が待たれるな。彼らが捕らえたという捕虜から、何か聞き出せれば良いが……」

ライアスがそう呟き、二人が次の一手を思案していた、まさにその時だった。


コン、コン、と。


部屋の扉が、控えめに、しかし確かな意志を持ってノックされた。


ライアスとリリアナに、緊張が走る。


「……誰だ?」


「夜分に失礼。帝国のヴァレンティンだ。少しお話をさせていただきたくてな」

その、慇懃無礼いんぎんぶれいな声に、二人は息を呑んだ。


扉が開き、現れたヴァレンティンは、芝居がかった笑みを浮かべた。


「ほぉ。ずいぶんと物々しい空気だ。まるで、何か良からぬ『隠し事』でもしているかのようだ」

彼は、ライアスを通り越し、リリアナと、彼女が咄嗟に背後に隠した「石」に、探るような視線を向けた。


「今宵、大聖堂のあたりで、少々『騒ぎ』があったと耳にしてね。どうやら、リリアナ殿も、夜の散歩を楽しまれていたとか。何か、面白い『拾い物』でもなされましたかな?」

ヴァレンティンの言葉は、核心を突いていない。


だが、ライアスには分かった。


この男は、何かを嗅ぎつけている。


そして、自分たちを試しているのだ、と。


「……帝国の将軍が、他国の魔術師の散歩にまでご興味がおありとは、恐れ入る」

ライアスが、皮肉で返す。


「我が帝国は、同盟国がこの敵地の中心で、無用な『火遊び』をしていないか、心配しているだけなのだが」

ヴァレンティンは、ゆっくりとリリアナに顔を近づけ、声を潜めた。


「もし、何か『厄介なもの』を拾ってしまったのであれば、我々が相談に乗るが? 小国だけで抱え込むには、この聖都はあまりに広く、そして闇が深い」

その追及は、不気味な圧力があった。


ライアスが、怒りと屈辱に唇を噛んだ、その瞬間。


二人の間に、音もなく、一つの影が割って入った。


聖堂騎士団の伝令係に完璧になりすました、ジエン。


「ライアス様、闇滅隊より、緊急のご報告にございます」

ジエンはヴァレンティンを一瞥だにせず、ライアスに一枚の羊皮紙を滑り込ませた。


ライアスは、その羊皮紙に素早く目を通し――そして、その顔から血の気が引いた。


羊皮紙には、ファムたちからの詳細な報告と、捕虜の少女が発したという、予言が記されていた。

『―――嘆きの森の主が、目覚める時が』


内なる敵の計画の断片。


そして、外なる大国からの、底知れぬ圧力。


二つの報せを同時に手にし、ライアスは、この聖都が、巨大な蜘蛛の巣の中心であることを、今、改めて思い知らされたのだった。


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