表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/227

第六十話:嘆きの森の主

 

 古びた社の、固く閉ざされた扉。


 ヤシマの剣士、シズマが、その全ての精神を、霊刃の切っ先の一点に集中させた、まさにその瞬間だった。


 扉の、その表面が、まるで生きているかのように、ぶるりと脈打った。


 そして、その中央から、黒く、粘つくような呪詛が、じわりと滲み出す。


 それは、あたかも、この社そのものが流す「嘆きの涙」のようだった。涙が滴り落ちた場所から、紫色の、おぞましい光を放つ「眼」が、ゆっくりと開かれた。


「……何!?」


 その「眼」に睨みつけられた瞬間、一行は、魂の芯まで凍てつくような、凄まじいプレッシャーを感じた。


「怯むな! 斬れ、シズマ!」


 ハヤテの叫び声に、シズマは、寸分の迷いもなく、その刃を振り下ろした。


「―――破邪顕正!」


 シズマの霊刃が、結界の核―――開かれた「眼」の中心を、正確に貫く。


 ギシャアアアアアアアアアアアアアッッ!!


 これまで聞いたこともない、甲高い、断末魔のような絶叫が響き渡る。


 次の瞬間、凄まじい轟音と共に、呪いの扉は、内側から爆ぜるように、木っ端微塵に吹き飛んだ!


  吹き荒れる邪気の嵐に、一行は思わず腕で顔を覆う。


 やがて、嵐が収まった時、彼らの目の前には、社の本殿へと続く、暗く、そして、おぞましい気配に満ちた道が、ぽっかりと口を開けていた。


「……行くぞ」


 バルカスの低い声を合図に、一行は、覚悟を決め、社の本殿へと、足を踏み入れた。


 本殿の内部は、自然の洞窟をくり抜いて作られたような、歪な空間だった。


 壁や床は、黒い粘液のようなもので覆われ、中央には、巨大な、脈打つ心臓のような、おぞましい「呪物」が安置された祭壇があった。


 この地の生命力を吸い上げ、呪詛に変える、まさに呪いの発生源だ。


 しかし、そこには、人の姿は一人もいなかった。


「罠だ! 皆、警戒しろ!」


 ファムが叫んだ瞬間、本殿全体が、まるで生きているかのように、激しく震え始めた。


 床や壁から、黒くねじくれた巨大な木の根が、無数に突き出してくる。


 それらは、社の石材や、転がっていた魔物の骨などを、まるで捕食するかのように取り込みながら、一つの巨大な、人型の何かを形作っていく。


 顔はない。


 ただ、その胸の中心に、先ほど扉に現れたものと同じ、紫色の、涙を流す樹液のような光が灯る、嘆きと怒りの集合体―――この森を、土地を、守っていたはずの「古の森の主」が、呪いに取り込まれ、歪められた姿だった。


「……カ……エ……レ……」


 地響きのような、苦悶に満ちた声が、洞窟全体に響き渡る。


 次の瞬間、森の主は、その身体から、無数の鋭い茨の鞭を放ち、一行に襲いかかってきた!


「盾を構えろ! 前衛は、絶対に下がるな!」


 バルカスと護衛騎士たちが、大盾を構え、その物理的な猛攻を、必死に食い止める壁となる。


 盾に叩きつけられる茨の一撃一撃が、鋼を容易く凹ませ、凄まじい衝撃を彼らの腕に伝える。


「ちっ、こいつ、硬えだけじゃねえ!」


 ファムは、俊敏な動きで茨をかわしながら、森の主の足元へと潜り込む。


 だが、足元の地面が、突如として、底なしの沼のように変化し、彼女の動きを封じようとした。


「ファム! 足元に気をつけろ! 敵は、この洞窟そのものだ!」

 ナシルが、鏡の欠片で、呪詛の魔力が大地を流れる様を看破し、叫ぶ。


「ならば、その流れ、断ち切るまで!」

 ハヤテとシズマが、左右から同時に仕掛けた。


 二人の霊刃が、森の主の、太い腕となっている木の根を、次々と斬り祓っていく。


 だが、斬られたそばから、床や壁から新たな根が伸び、瞬時に再生してしまう。


「キリがないぞ、これでは!」

 ハヤテが、焦りの声を上げる。


「ロザリア殿、どうだ!?」

 バルカスが、後方で守られているロザリアに叫ぶ。


 ロザリアは、青ざめた顔で、必死に、森の主から発せられる「声」に耳を澄ませていた。


「苦しい…痛い…助けて…うらめしい…人間…許さない…」

 その断片的な声から、彼女は、この化け物が、元々は、この森を愛する、心優しき存在であったことを理解した。


「ダメです! あの人を倒しても、ダメなんです! あの人は、ただ、苦しんでいるだけ! 本当の敵は、あの祭壇にある『呪物』です! あれを浄化すれば、きっと、森の主も、元の姿に…!」


 ロザリアの叫びに、一行の目標が定まる。


 だが、祭壇へ至る道は、荒れ狂う森の主の、茨と呪詛によって、完全に閉ざされていた。


「道は、我らが作る!」

 バルカスは、覚悟を決めた。


「ハヤテ殿、シズマ殿! 合わせてもらうぞ! 全力で、奴の注意を引きつける!」


「承知!」


 バルカスとヤシマの剣士たちが、残った全ての力を振り絞り、森の主の正面から、決死の攻撃を仕掛ける。


 その猛攻に、さすがの森の主も、その意識を、三人の戦士へと集中させた。


「ロザリア殿、勇者殿! 行けぇ!」

 バルカスの絶叫が響く。


 その声に、ロザリアは、恐怖で動けない樹の手を、強く握りしめた。


「行きましょう、勇者様! 私たちにしか、できないことです!」


「む、無理だって! 俺、行ったら死ぬ!」


「死なせません! 私が、貴方を、絶対に守りますから!」

 ロザリアの、その必死の瞳に、樹は、レオの最後の顔を重ねていた。


 二人は、仲間たちが命がけで稼いだ、ほんの一瞬の隙を突き、呪詛の嵐の中心、脈打つ祭壇へと、走り出す。


 それに気づいた森の主が、地を揺るがすほどの、怒りと嘆きに満ちた咆哮を上げた。


 陽動を仕掛けていたバルカスたちを薙ぎ払い、その、最も巨大で、最も禍々しい茨の腕を、祭壇へと向かう、か細い二人の頭上へと、無慈悲に、振り下ろした。



 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

 皆様の応援が、何よりの執筆の糧です。よろしければブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ