幕間:東方からの風
東の海の果て、幾多の島々が連なる、海洋国家「ヤシマ」。
その、武士たちが支配する国は、大陸の、どの国とも、異なる、独自の文化と、歴史を持っていた。
そして、今、その国の長である、クロガネは、先日参加した、大陸中央での「対魔王連合会議」から、帰還していた。
クロガネは、国の中心である、天守の最も高い一室で、瞑想に耽っていた。
彼の前には、二人の側近がひざまずいている。
一人は、くノ一装束に身を包んだ、若き諜報部隊の頭領アヤメ。
もう一人は、ヤシマが誇る最高の刀鍛冶にして、軍師でもある老師マサムネだ。
「―――クロガネ様。長旅、お疲れ様でございました。して、彼の地は、いかがでしたか。西の王たちは」
老師マサムネが、問いかけた。
クロガネは、ゆっくりと瞑想に閉じていた目を開いた。
その瞳には、大陸で得体の知れないものを、目の当たりにしてきた、深い思索の色が浮かんでいた。
「……マサムネよ。そなたは、正しかった」
その静かな、第一声に、アヤメとマサムネがわずかに顔を上げた。
「……かの、若き王。アレクシオス。あの男、ただの若造ではない。その瞳の奥には、我ら武人とは、全く異質の底知れぬ『深淵』が宿っておった。あれは、ただの王の器ではない。理そのものを盤上から見下ろしているかのような、そんな男よ」
クロガネは、立ち上がると、自らの愛刀を手に取った。
「そして、それ以上に、気に掛かるのは、やはり、『聖勇者』。正直、あれは理解の外にあった。ただの愚かな小僧に見えた。だがガルニア帝国の横暴な特使が、あの小僧を前にした時、確かに、何かを『恐れ』ておった。あれは、我らの知るいかなる魔術とも、呪詛とも、異なる何かだ。……あるいは」
彼は、そこで、一度言葉を切り、この世の理そのものについて語るかのように続けた。
「……あるいは、そなたも、知っておろう、マサムネよ。我が国に、古くから、伝わる、『星の詠み』のことを」
マサムネの、その鋭い眼光が光った。
「……『世界の、均衡が大きく崩れる時、西の地に、二つの巨大なる光が現れる』。一つは、『混沌』。もう一つは、その混沌を飲み込むほどの、新たなる『理』。……そして、その二つの光は、互いに惹かれ合い、やがては一つとなりて、世界を新たなる形へと、作り変えるだろうと」
クロガネは、静かに、頷いた。
「……混沌が魔王……いや、あの勇者か。そして、理が、あの若き王、か。俺はこの目で、その両方を見てきた」
彼の武人としての魂が、久しく感じたことのない、強い興味の光をその瞳に宿していた。
これまでヤシマは、大陸のどの国とも深く関わることはなかった。
だが、その静かなる歴史が、今、大きく変わろうとしている。
「アヤメ」
「はっ」
「……我が国、最高の『忍び』を、数名、選抜し、ロムグール王国へと、送れ。表向きは、連合への、軍事協力、という名目でな」
「……御意。して、その、真の目的は?」
クロガネは、その、問いには、答えなかった。
その分厚い胸の内で、一つの大きな決断を下していた。
この、ヤシマという国の未来を、遠い西の国の若き王のまだ計り知れない器に賭けてみよう、と。
東の果ての、武士の国が、今、静かに世界の、大きなうねりの中へと、一歩を踏み出した瞬間だった。




