表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/227

幕間:敗軍の将、独房にて

 

 ロムグール王国の王城、その最も深い場所にある、石造りの独房。


 かつて、王国の「北の守護者」として、その名を大陸に轟かせた、エルンスト・フォン・マーカスは、今、その全ての栄光を剥ぎ取られ、ただの囚人として、冷たい石の床に座していた。


 窓もない、蝋燭の灯りだけが頼りの、この薄暗い独房。


 だが、彼の心は、驚くほど、静かだった。


 王の橋での、あの、あまりにも、一方的な敗北。


 彼は、負けたのだ。アレクシオスという、底知れぬ王の策略と、そして、自らが知り得ない、規格外の「不確定要素」によって。


 ゴトリ、と。


 独房の、頑丈な鉄格子の、小さな食糧口が開かれ、簡素な、黒パンと、水の入った器が、差し入れられた。

 マーカスは、ゆっくりと、それに、手を伸ばす。


「……エルンスト・フォン・マーカス。貴殿ほどの男が、このような場所で、残りの生を終えることになるとは。実に、嘆かわしい限りですな」

 鉄格子の向こうから、静かだが、どこか、全てを見透かすような、老人の声がした。


 そこに立っていたのは、一人の、背筋を、まっすぐに伸ばした、老獪な男。


 ロムグール王国宰相、イデン・フォン・ロムグール。


「……イデンか。わざわざ、敗軍の将を、嘲笑いにでも、来たか」

 マーカスは、皮肉で、返した。


 だが、イデンの瞳には、嘲りの色など、微塵もなかった。


 あるのは、氷のように冷たい、静かな、しかし、燃えるような、怒りの色だった。


「嘲笑う? とんでもない。私は、怒りに、腸が煮え繰り返る思いで、ここに立っているのですよ。貴殿の、その、あまりにも、愚かな行いに対して」


「何……?」


「エルンスト殿。貴殿は、ただ、若き王に、反旗を翻したのではない。貴殿は、このロムグール王国そのものを、そして、貴殿の祖先が、血を流して築き上げた、王家との誓いを、裏切ったのですぞ」

 イデンの声は、静かなまま、しかし、その一言、一言が、断罪の刃のように、マーカスに突き刺さる。


「ふん、王家への誓い、だと? あの、腐りきった、先代や、その前の王がか? そして、今度の、世間知らずの小僧がか? イデン、貴様こそ、何を言う。俺は、この国を、王家を、正すために、立ったのだ!」


「正す、ですと?」

 イデンは、その言葉を、鼻で笑った。


「そのために、得体の知れぬ、影の力に、手を、お貸しになったか。その力が、この国に、どれほどの災厄をもたらすかも、考えずに」

 その問いに、マーカスの瞳が、初めて、鋭い光を宿した。


「……イデン。貴様には、分かるまい。俺が、なぜ、そこまでして、王家を、正そうとしたのかが」


「いいえ、分かりますとも」

 イデンの声が、さらに、低くなった。


「なぜなら、私自身もまた、あの、愚かだった頃のアレクシオス陛下を見て、同じことを、考えておりましたからな。……この国を守るためならば、王に成り代わることすらも、辞さない、と」


「!?」

 マーカスは、絶句した。


「ですが、エルンスト殿。私と、貴殿とでは、決定的に違う点が、一つだけある」

 イデンの瞳が、マーカスを、射抜いた。


「私は、この身に、たとえ、庶子としてであろうとも、ロムグール王家の血を引く者。私の全ての行動は、この王家と、国体を、守るためにある。たとえ、王、個人を、排除することになったとしても、な。……だが、貴殿は、違う。貴殿は、ただ、マーカス家という、自らの家の、プライドと、野心のために、国を、戦乱に陥らせようとした。その違いが、お分かりかな?」

 イデンは、冷ややかに、言い放った。


「貴殿は、王家に仇なした。それも、最も、愚かで、そして、醜い形で。……故に、貴殿を、許すことはできない。この、私が、だ」

 その、あまりにも、絶対的な、そして、歪んだ、王家への忠誠心。


 マーカスは、生まれて初めて、この、長年の政敵であったはずの、宰相イデンの、その、本当の、底知れなさを、垣間見た気がしていた。


 彼は、ただの、宰相ではない。


 王家そのものを、自らと同一視する、最も、危険な、番人だったのだ。


「……若き王は、変わられた。彼が、真に、この国を背負う、王の器たるか、このイデン、まだ、見極めている最中にございます。ですが、少なくとも、彼が、この国を、良き方向へと導こうとしている限り、私は、彼の、剣とも、盾ともなりましょう」

 イデンは、そう言うと、静かに、一礼し、踵を返した。


「……エルンスト殿。独房での、残りの時間、貴殿が、裏切った、その『誇り』について、ゆっくりと、お考えになるが良い」

 その、冷たい言葉だけを残し、宰相は、闇の中へと、消えていった。


 後に残されたマーカスは、ただ、呆然と、その場に、座り込むことしか、できなかった。


 彼は、アレクシオスにではない。イデンという、この国の、最も、根深い場所に潜む、本当の「番人」に、完全に、敗北したのだ。





ブクマと評価を頂けると作者が喜びます。本当に喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ