第三十七話:闇滅隊、初陣(と、聖勇者の大花火)
対魔王連合の設立宣言で沸き立つ王都の喧騒が、ようやく夜の静寂に包まれ始めた頃。
俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは、王城の一室に設置された『対魔王連合・暫定作戦司令室』で、これから始まる最初の戦いを見守っていた。
部屋にいるのは、俺と、ザルバードの賢者ジャファル、そしてヤシマが遣わした霊刃衆の筆頭クロガネ。
我々の視線の先には、フィンの分析によって割り出された『黒曜石ギルド』の元支部である倉庫の、魔法の水晶に映し出された見取り図が広がっている。
「では、これより潜入を開始する。健闘を祈る」
俺の言葉に、水晶の向こうから、三つの影が頷いた。
彼らこそ、この任務のために編成された新生『闇滅隊』の実働部隊だ。
リーダーは、俺が抜擢した「影」、ファム。
そして、ジャファルが推薦した、砂漠の民特有の鋭い感覚を持つ若き偵察員、ナシル。
彼の携える『真実の鏡』の小片は、幻術や魔術的な罠を看破するという。
さらに、クロガネが遣わした霊刃衆の中でも、特に隠密行動に長けた二人の剣士、ハヤテとシズマ。
彼らの振るう『霊刃』は、物理的な障壁だけでなく、邪悪な結界をも断ち斬る力を持つ。
「ふぉっふぉっふぉ。あやつらなら、心配いらん。特にファム殿は、面白い。まさか、クロガネ殿の殺気を読んで、逆に懐に飛び込むとはのう」
ジャファルが、先日行われた顔合わせのことを思い出して、楽しげに笑う。
クロガネがファムを試すために放った一瞬の殺気に対し、ファムは臆することなく、逆に懐剣を抜き、その喉元に突きつけてみせたのだ。
その度胸と技量を、クロガネも高く評価していた。
一方、その頃。王城は、別の意味で大騒ぎになっていた。
「祝え! 讃えよ! この俺、聖勇者イトゥキ・ザ・ブレイブハート様が、帝国の呪いを解き、大陸の平和を守ったのだ! よって、今宵は『聖勇者・爆誕記念フェスティバル』を開催する! 料理長! ステーキを山のように焼け!」
我らが勇者、田中樹が、厨房を占拠して無茶苦茶な要求を連発していた。
リリアナとフィンが頭を抱えて、その尻拭いに追われている。王都の夜は、二つの異なる戦場で、静かに、そして騒がしく更けていった。
『―――こちらファム。倉庫内へ侵入。罠の類は、ナシルが看破。問題ない』
水晶から、ファムの押し殺した声が届く。
『奥に、隠し部屋がある。ただし、強力な呪詛の結界が張られているようだ』
ナシルの冷静な報告に、司令室のクロガネが口を開いた。
「ハヤテ、シズマ。二人で気の流れを合わせ、一刀で断て。長引かせるな」
『……了解』
水晶の向こうで、青白い光が二条、閃いたのが見えた。直後、微かな悲鳴のような音が響き、結界が破られたことを知る。
隠し部屋の奥にあったのは、おぞましい儀式に使われたであろう祭壇と、壁一面に広げられた巨大な大陸地図。地図の上には、王都や各国の主要都市に、黒曜石の駒が置かれていた。
『ボス、こいつは……!』
ファムが息を呑んだ、その時だった。
『―――招かれざる客には、お帰り願おうか、ネ?』
水晶の映像が、一瞬乱れる! 天井の闇から、二つの影が闇滅隊の前に音もなく降り立ったのだ。
一人は、獣のような耳と尾を持つ、俊敏そうな男。もう一人は、小柄で、人形のように無表情な少女。
その指先からは、無数の、きらめく鋼の糸が伸びている。
黒曜石ギルドの「掃除屋」だった。
『お前らが、ここのネズミかい? 悪いが、見つけたもんは全部、あの世まで持ってってもらうニャ』
獣人の男が喉を鳴らし、少女の指先から放たれた鋼線が、ファムたちを襲う!
『させるか!』
ハヤテとシズマの霊刃が、鋼線を寸前で弾き返す。
火花が散り、甲高い金属音が響く。
ファムは、その隙に懐に潜り込み、短剣で反撃を試みるが、獣人の男の驚異的なスピードに翻弄される。
ナシルは、『真実の鏡』で敵の動きを予測し、味方に警告を送るが、敵の連携はそれを上回っていた。
まさに、闇滅隊が窮地に立たされた、その瞬間だった。
ドオオオオオオオン!!!
ヒュルルルルル……、パァン!
王城の方角から、突如として夜空を焦がす巨大な光と、腹に響く轟音が、王都全体に響き渡ったのだ。
「な、なんだぁ!?」
水晶の向こうで、獣人の男が空を見上げるのが分かった。
『……敵襲? 王都騎士団の突入か……!?』
糸使いの少女も、動揺しているようだ。
そう、それは、城で暴れていた田中樹が、フィンが没収していた祝祭用の魔法花火を勝手に持ち出し、「これが聖勇者記念祭のメインイベントだー!」と叫びながら、打ち上げたものだった。
夜空には、「祝・聖勇者イトゥキ様・爆誕」という、あまりにもふざけた文字が、七色の光で描かれていた。
『ちっ、しくじったか! この騒ぎは計算外だ! 引くぞ!』
『……了解』
掃除屋の二人は、この予期せぬ騒ぎをロムグール側の罠と誤解し、一瞬の躊躇もなく、再び闇の中へと姿を消した。
後に残されたのは、息を切らした闇滅隊のメンバーだけだった。
『……ちくしょう、逃げられた……!』
ファムの悔しそうな声が、水晶から聞こえてくる。
司令室で、ジャファルは祭壇の壁に血で書かれていたという不吉な詩の一節を、部下からの報告書で読み上げていた。
「……『光が最も輝く時、最も濃い影が生まれる』……か。ふむ、面白い謎かけじゃわい」
◇
翌朝。
俺の元には、二つの、あまりにも対照的な報告が届けられた。
一つは、闇滅隊からの、謎の敵との遭遇と、『黒曜石ギルド』の広範なネットワークを示す地図の発見という、深刻な報告。
そしてもう一つは、城下の民衆が、昨夜の打ち上げ花火を「聖勇者様が、連合の設立を祝福してくださった奇跡の光だ!」と熱狂的に噂し、樹の人気が天元突破しているという、頭痛のする報告だった。
俺は、闇滅隊からの報告書を握りしめ、天を仰いだ。
「……もう、俺の胃はどうなってもいい。だが、この国と大陸は、絶対に守り抜く……!」
戦いは、新たな、そしてより混沌とした次元へと、確実に移行し始めていた。




