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第三十三話:混沌の円卓、王の第一声

 

「静粛に。――これより、人類の命運を賭けた、対魔王大陸戦略会議を始める!」


 俺、アレクシオス・フォン・ロムグールの声が、水を打ったように静まり返った王城の大広間に響き渡る。


 その言葉を合図に、俺の想像と計画を遥かに超えた、本当の戦いが幕を開けた。


 円卓を囲むのは、大陸の権力者たち。


 黄金の鷲の旗を掲げ、傲岸不遜な態度で腕を組むガルニア帝国の将軍。


 銀の狼を紋章とし、俺に信頼の眼差しを送るシルヴァント公国の公女セレスティナ。


 天秤の旗の下、鋭い目で各国の値踏みをするヴァンドール商業都市同盟の代表。


 そして、互いに牽制しあい、一枚岩とはほど遠い東方諸侯連合の面々。


 そこへ、予期せぬ参加者――砂漠の風をまとったザルバード王国の使者と、不気味なほどの沈黙を守る極東の島国ヤシマの使節団が加わり、場の空気はもはや混沌と呼ぶしかなかった。


(……始まったな。だが、ここで呑まれては終わりだ。この混沌こそが、俺の、ロムグールの好機となる)


 俺は内心で己を鼓舞し、毅然として口火を切った。


「まず、この会議の開催にあたり、各国の代表者が一堂に会したことに、主催国として深く感謝する。我々が直面している『魔王復活の兆候』という脅威は、もはや一国の手には負えぬ。これは、我々人類全体の存亡を賭けた戦いであると、私は認識している」


 俺は、まず大義名分を明確に提示し、議論の土台を作ろうと試みた。


 だが、それを鼻で笑うかのように、待ってましたとばかりに口を挟んできた者がいた。


 ガルニア帝国の将軍、ヴァレンティン・フォン・シュタイナーだ。


「私はガルニア帝国皇帝陛下の名代、ヴァレンティン・フォン・シュタイナーである!」彼は立ち上がり、その冷徹な視線で大広間を見渡した。


「ロムグール国王よ、その志は結構。だが、そもそも、この大陸の危機に、なぜ貴国のような小国が、しゃしゃり出て会議を主催する? 大陸の秩序と安寧を守るのは、古来より覇者たる我がガルニア帝国の責務。貴殿は、分をわきまえるべきではないかな?」


 その言葉は、あからさまな侮辱と挑発だった。


 会議の冒頭から、ロムグール主催という前提そのものを覆し、主導権を完全に奪おうという明確な意志が感じられる。


 東方諸侯の一部が、その威圧に気圧され、不安げに視線を彷徨わせ始めた。


「ヴァレンティン将軍」俺は、その挑発に冷静に応じる。


「国の大小で、民の命の重さや、国を憂う心まで変わるものか? むしろ、脅威の最前線に立つ我々だからこそ、誰よりもこの危機を深刻に受け止めている。帝国が大陸の覇者であるというのなら、その情報網をもって、この脅威の全容をどれほど把握しておられるのか、ぜひご教授願いたいものだ。例えば――この資料に書かれている事実について、何かご存知かな?」


 俺の合図で、フィンが準備していた羊皮紙の束が、各国の代表の前に配られる。


 そこには、王都を襲った呪詛の詳細な分析結果、エルヴァン要塞で観測された魔力の奔流のデータ、そして、魔王軍の尖兵と思われる『黒曜石ギルド』の活動報告が、フィンの手によって緻密かつ冷徹にまとめられていた。


「なんだ、この詳細なデータは……? 魔力の波形パターンまで分析しているのか?」

 恰幅の良い商人が、鷹のような鋭い目で立ち上がった。


「俺はヴァンドール商業都市同盟を代表する、ボルグだ。ロムグール王、貴殿の持つ『情報』は、確かに金になる。それを分析するそこの若造の『頭脳』には、投資する価値があるかもしれんな」


 帝国の権威よりも、ロムグールが提示する具体的な「価値」に、大商人ボルグの天秤は傾きつつあった。その時、凛とした声が響く。


「わたくしはシルヴァラント公国公女、セレスティナ・フォン・シルヴァラント。ヴァレンティン将軍、現実を見ていないのは、むしろ帝国の方ではございませんか? アレクシオス陛下が示されたのは、憶測ではなく、具体的なデータと分析です。過去の権威に固執するよりも、今目の前にある脅威に、誠実に向き合うべきですわ」


 帝国の思惑は、シルヴァラントと商業同盟の連携によって、早くも崩されつつあった。


 ヴァレンティン将軍の顔に、隠しようもない苛立ちの色が浮かぶ。


 俺は、この好機を逃さず、更なる一手を打った。


「皆の言う通り、戦いには現実的な基盤が必要だ。だからこそ、私はここに『大陸経済共同体構想』を提案する! 我々は、魔王に勝利し、そして、その先に続く未来の繁栄をも、この手で掴み取るのだ!」


 軍事的な協力だけでなく、参加国全てに明確な「利益」をもたらす経済的なビジョン。


 その革新的な提案に、大広間はどよめいた。特に、ボルグや、常に帝国の経済的圧力に苦しめられてきた東方諸侯の代表たちは、身を乗り出すようにしてその計画に聞き入っている。


 帝国のヴァレンティン将軍は、完全に虚を突かれた顔で立ち尽くしていた。


 彼が準備してきたであろう軍事中心の議論は、俺が提示した壮大な経済構想の前に、その輝きを失いかけていた。


 会議の主導権が、ロムグールへと傾きかけた、その時だった。


 東方諸侯連合の席から、一人の男が静かに立ち上がった。


 彼は、年の頃は四十代半ば。


 痩身だが、その目には切れ者特有の鋭さと、そして常に何かを疑うような、用心深い光が宿っていた。


「私は東方諸侯連合の一翼を担う、オルテガ公爵である」


 その声は、静かだが、その場にいる全ての者の注意を引きつけた。


 彼は、まず俺に一礼すると、ゆっくりと口を開いた。


「アレクシオス国王陛下。貴殿のその壮大な構想、そして我が国の現状を的確に分析したその手腕には、正直、驚きを禁じ得ない。貴殿が、かつての『愚王』の汚名を返上し、真に国を思う名君であることは、このオルテガ、認めよう」


 意外な称賛の言葉に、俺だけでなく、リリアナたちもわずかに目を見開く。


 だが、彼の本題はそこからだった。


「だが、陛下。だからこそ、拭えぬ疑問があるのだ」

 オルテガ公爵の目が、探るように俺を射抜く。


「ところで、エルヴァン要塞はどうした? 貴殿の報告によれば、王都を襲ったのは『魔術テロ』であったという。ならば、どうやって魔族が、かの『不落のエルヴァン要塞』を突破し、王都にまで潜入できたのだ? しかも、古の伝承によれば、魔王の復活もまだ先のはず。いったい誰が、どのような手段で、これほどの魔術テロを犯したというのだ! 疑問ばかりではないか!」


 彼の声は、次第に熱を帯びていく。


 その瞳には、単なる疑問だけでなく、俺たちロムグールに対する、根深い不信感が渦巻いていた。


「これではまるで、ロムグールが魔王の脅威を『利用』して、我々をまとめ上げ、大陸の主導権を握ろうとしているようにも見える……! アレクシオス陛下、我々が貴殿を信じるに足る、明確な答えをお聞かせ願いたい。この疑問に答えられぬ限り、貴殿がどれほど甘い言葉を並べようと、我々は連合に参加することなどできかねる!」

 オルテガ公爵のその指摘は、会議の空気を一変させた。


 それは、この会議の前提そのものを揺るがす、あまりにも本質的な問いだった。


 帝国のヴァレンティン将軍が、待ってましたとばかりに叫ぶ。


「そうだ、その通りだ、オルテガ公! 我々も、その点を最も疑念に思っていた! ロムグール王よ、貴殿は、何かを隠しているのではないか!?」


 それまで静観していたザルバードの使者も、深く頷き、ヤシマの使節団長もまた、その鋭い視線を俺に向けている。


 会議の主導権は、一瞬にして俺の手から離れ、ロムグール王国は、今や大陸中の国々から「疑惑の目」を向けられる被告人の席に立たされていた。


 この絶体絶命の状況で、俺は、どう答えるべきか。


 俺の王としての真価が、今、まさに問われようとしていた。

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