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第三十二話:連合前夜、それぞれの思惑

 

 会議を翌日に控えた夜、俺は王城の執務室の窓辺に立ち、眼下に広がる王都の夜景を眺めていた。


 煌々と明かりが灯る貴族街の一角。


 そこには大陸の主要国の代表団が宿舎を構えている。


 南東に位置する大国グランデール帝国、西の気骨あるシルヴァント公国、南の実利を追求するヴァンドール商業都市同盟、そして東のまとまりなき諸侯連合。


 あの光の一つ一つの中で、今この瞬間も、俺の、ロムグールの、そして互いの腹を探り合う交渉が続けられているのだろう。


「――以上が、今宵までの各国の動向です、陛下」


 背後で、腹心の部下であるフィンが分厚い報告書の束を閉じた。


 その声には隠しきれない疲労と緊張が滲んでいる。


「ご苦労。特に動きがあったのは?」


「はっ。グランデール帝国は、表立った動きこそ見せませんが、水面下で東方諸侯の幾つかに接触を図っている模様。おそらく、会議の主導権を我らから奪い、自らの影響下に置こうという狙いかと」


「だろうな。大陸の覇者が、小国の差配を黙って見ているわけがないか」

 俺の言葉にフィンは頷く。


 最初から分かっていたことだ。


 この会議は、魔王討伐という大義名分の下に、大陸の新たな覇権を争う戦場でもある。


「東方諸侯の説得は、リリアナが引き続き当たってくれている。彼女の報告を待とう」

 俺の信頼する補佐官、リリアナは、その明晰な頭脳と粘り強い交渉術で、バラバラな諸侯たちをまとめるという困難な役目を引き受けてくれていた。


 その時だった。執務室の扉が、儀礼も忘れたかのように、慌ただしくノックされた。


「陛下! 緊急のご報告が!」

 入ってきたのは、血相を変えた近衛騎士だ。


 その表情から、ただ事でないのは明らかだった。俺とフィンに緊張が走る。


「何があった! 簡潔に報告しろ!」 


「はっ! それが、その…勇者様が!」


 またアイツか! 俺は反射的にこめかみを押さえた。このクソ忙しいタイミングで、一体何をやらかしたんだ、あの役立たずは!


「今度は何だ? 騎士団の酒保を全壊させたとでも言ったか!?」


「い、いえ! それが、その逆で…!」


「逆?」

 騎士の報告は、俺の予想の斜め上を行くものだった。


 なんでも、勇者イトゥキは各国の騎士たちが集まる酒場に乗り込み、そこで行われていた腕っぷし自慢の乱痴気騒ぎに参加したらしい。


 ここまではいつも通りだ。


 だが、そこからが違った。彼は「俺の故郷じゃあ、こういう時は『一気』ってのが礼儀なんだよ!」などと意味不明な供述をしながら、グランデール帝国の巨漢騎士団長や、商業同盟の屈強な傭兵隊長を、立て続けに飲み比べで潰してしまったというのだ。


「…は?」


「各国の猛者どもをたった一人で飲み干し、最後まで立っていた勇者様は、テーブルの上に仁王立ちして『ロムグールの酒は世界一ぃぃぃ!』と叫ばれた、と…。その雄姿に感銘を受けた各国の騎士たちが、今、勇者様を『兄貴』と呼び、称賛の声を上げており…」


 頭が痛い。本当に頭が痛い。なぜそうなる。あいつ元々高校生だろ……。


 これが計算なら大した策士だが、アイツに限ってそれはない。


 百パーセント、天然だ。


「…そうか。分かった。勇者には、明日の会議が始まるまで、絶対に酒を飲ませるな。見張りをつけろ」


「はっ!」


 嵐のように去っていく騎士を見送り、俺は天を仰いだ。


 規格外のジョーカーは、今夜も健在らしい。


 執務室の重苦しい空気に少し息が詰まり、俺はフィンに一言断って部屋を出た。


 気分転換に、夜風でも浴びようと城の中庭へ向かう。月明かりに照らされた噴水の縁に、誰かの人影があった。


 絹のように滑らかな銀髪が、月の光を反射して輝いている。


 近づくと、それはシルヴァント公国の代表団として来訪している、セレスティナ・フォン・シルヴァント公女だった。


「このような夜更けに、一人で散策とは。ずいぶんと余裕がおありなのですね、ロムグール国王陛下」

 彼女は振り返ると、以前に会った時のような探る色は一切見せず、ただ穏やかな微笑みをたたえていた。



「これはセレスティナ公女殿下。貴女こそ、明日に備えてお休みにならなくてよろしいのですか?」


「ええ。ですが、心配はしておりませんわ。陛下なら、きっとこの難局を乗り越えられると信じておりますもの」

 その声には、一点の曇りもない信頼がこもっていた。


「以前の私でしたら、小国の王が主催する会議などと、陛下の真意を疑い、試すような真似をしていたかもしれません。ですが、今なら分かります。あなたは、真にこの大陸の平和を願っておられる。そして、それを成し遂げるだけの器量をお持ちですわ」

 彼女は噴水の縁からすっと立ち上がると、俺の目の前まで歩み寄ってきた。


「シルヴァントは、あなたの味方です。どのような決定を下されようと、我らはロムグール王国を支持いたします。父も、そう申しておりました」


 その言葉は、どんな軍勢よりも心強かった。

「感謝いたします、公女殿下。その信頼、必ず応えてみせます」


 俺と彼女の間には、恋や駆け引きではない、もっと硬質で純粋な、同志としての絆が確かに生まれていた。


 ◇


 そして、運命の朝が来た。


 王の正装に身を包んだ俺が、決戦の場となる王城の大広間に入ると、そこには既に大陸の権力が集結していた。


 黄金の鷲の旗を掲げるグランデール帝国。


 銀の狼を紋章とするシルヴァント公国、その席でセレスティナ公女が俺に優雅な笑みを見せる。


 天秤の旗を掲げるヴァンドール商業都市同盟。


 そして、雑多な旗が寄り集まる東方諸侯連合。


 張り詰めた空気。探るような視線。


 俺の一挙手一投足に、全ての注目が集まっている。


 俺がゆっくりと議長席へ歩を進めようとした、まさにその時だった。


「待たれよ」


 乾いた声と共に、広間の扉の一つが勢いよく開かれた。


 現れたのは、砂漠の王国ザルバードの一団だった。


 代表の男は、ざわめく場内を見渡し、ニヤリと笑う。


「気が変わった。どうにも面白いことになりそうだと、砂嵐が教えてくれたのでな。我らも話に加えてもらおう」


 完全な予定外。フィンが血の気の引いた顔で俺を見る。


 だが、混乱はそれだけでは終わらなかった。


 ザルバードの登場による動揺が収まらぬうちに、今度は反対側の扉が、音もなく静かに開かれた。


 黒を基調とした、俺たちの誰とも違う異国情緒あふれる装束の一団。


 腰に下げた細く鋭い刀。使節を送ってすらいなかった、謎多きヤシマだ。


 彼らは無言のまま、ザワつく他の代表たちを一瞥もせず、まるで古くからそこにいるのが当然であるかのように、空席へと向かい、静かに着席した。


 その不気味なほどの静寂が、かえって場の緊張を増幅させる。


(なんだこれは…。ザルバードに、ヤシマまで…!)


 俺が描いていたシナリオは、開始直前にしてズタズタに引き裂かれた。


 帝国、公国、商業同盟、諸侯連合…。それに、ザルバードとヤシマ。役者は揃いすぎた。この混沌の舞台で、俺は主役を張りきれるのか…?


 一瞬、足が竦みそうになる。


 だが、信頼を寄せてくれるセレスティナの、静かな眼差しが俺を支えてくれた。


 ここで動揺を見せれば、この小国は一瞬で喰われる。


 俺は内心の激情をポーカーフェイスの下に完全に塗り込め、毅然として議長席へと進んだ。


 そして、全ての視線――友好、敵意、猜疑、好奇心、その全てを一身に受け止め、宣言した。


「静粛に。――これより、人類の命運を賭けた、対魔王連合会議を始める!」


 その言葉を合図に、俺の想像と計画を遥かに超えた、本当の戦いが幕を開けた。

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― 新着の感想 ―
各国のトップ級が集まる場に武装して参加(しかも飛び入り)OKなんだなぁと思いました
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