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第百十一話:王の狂気

 

「ぐ……あああああっ!」


「陛下!」「将軍!」


 わずかに生き残っていたロムグールと、帝国の歴戦の騎士たちが、あまりにも過剰な圧力に耐えきれず、次々と膝をついていく。


「……くっ! 【結界の守り】!」


 リリアナが、最後の力を振り絞り、自らの魔力で、味方を守るための、小さな防御結界を展開する。


 だがそれも、暴走する巨大な聖域の前では、風前の灯火だった。


 彼女の額からは、玉のような汗が流れ落ち、その表情は、極度の消耗で蒼白になっている。


「ふふふ、ははははは! 見なさい! これこそ、私が、見たかった、最高の舞台だ! 希望が、絶望へと変わる、その、美しい瞬間を!」

 檻の外で、ヘカテリオンの、狂った高笑いが、響き渡る。


 彼は、もはや、一行に何の興味も示していない。


 ただ、自らが作り出した、この光と闇の美しい狂想曲を、うっとりと鑑賞しているだけだった。


「……どうなってんだよ、これ! おい、王様! なんとかしろよ!」


 田中樹が、半泣きで叫ぶ。


 彼自身もまた、自らが生み出した、この黄金の地獄に苦しめられていた。


「分かんねえ! 止めようとしても、止まんねえんだよ!」

 彼の意志とは、もはや無関係に、その身体からは、黄金の光が溢れ出し続けている。


 ゲートから流れ込む、邪悪な魔力が燃料となり、彼の聖なる力を、強制的に燃え上がらせているのだ。


 万事休す。


 ヴァレンティンも、ヘルガも、絶対的な、そして、あまりにも皮肉な罠を前に、なすすべもなく歯を食いしばるだけだった。


 だが、その、誰もが絶望に染まる、その中で。


 ただ一人、アレクシオスだけが、その場で、静かに目を閉じていた。


(……落ち着け。分析しろ。この、最悪の盤面を、覆す、ただ一つの、最善手を)


 彼の脳内では、スキル【絶対分析】が、猛烈な速度で回転していた。


 目の前で起きている、この魔力の奔流。


 それは、一見、混沌としているように見える。


 だが違う。


 ゲートから、ヘカテリオンの儀式の核へと、流れ込む邪悪な魔力。


 樹から溢れ出し、それと反発し合う、聖なる魔力。


 そして、その、二つの力が、衝突、混じり合うこと   で、この「光の檻」を、維持し続けている、絶妙な、エネルギーの循環サイクル


 それは、破壊と再生の、完璧な永久機関。


 ヘカテリオンは、これを作り出したのだ。


(……だが、待てよ。完璧……すぎる……? いや、違う。奴の罠は、完璧ではない。奴は、一つの、大きな、前提に、囚われている)

 アレクシオスの脳裏に光明が差した。


(奴の罠は、俺たちが、この聖域の暴走を、必死に「抑え込もう」とすることを、前提に、作られている。だからこそ、この、絶妙な、力の均衡が、保たれている。ならば―――)


 アレクシオスの目が、カッ、と見開かれた。

「樹!」 


 彼は、パニックに陥っている勇者に叫んだ。


「聞け! その力を、今すぐ、コントロールしろ!」


「無茶言うな! だから、できねえって、言ってんだ───」


「違う!」

 アレクシオスは、樹の言葉を、遮った。


「抑えるんじゃない! 逆だ!」


「──その力を、もっと、暴走させろ!」


「…………は?」

 樹の、間抜けな声が響き渡った。


 樹だけではない。 

 その、あまりにも常軌を逸した命令に、リリアナも、ヴァレンティンも、誰もが耳を疑った。


「陛下、何を……!?」


「これ以上、出力が上がったら、我々は、本当に蒸発してしまいます!」

 リリアナが、悲鳴のような声を上げる。


「そうだ! だから、やるんだ!」

 アレクシオスは、確信を持って続けた。


「ヘカテリオンの罠は、この光と闇の力が、均衡した同じ力で『一定のレベルで暴走し続ける』ことを、前提に、構築されている。だから、この、忌々しい光の檻は、維持され続けているんだ! ならば、その前提を、こちらから、ぶっ壊してやればいい!」

 彼は、樹のその両肩を掴んだ。 


「力の暴走を、お前の意志で、さらに、加速させろ! この檻そのものを、内側から、風船みてえに、破裂させるんだ! その、爆発の、凄まじいエネルギーの余波で、外にある、ゲートの、儀式の核ごと、吹き飛ばす!」



 狂気。



 それは、もはや、奇策ですらない。


 狂気の沙汰としか、思えなかった。


 だが、アレクシオスの、その瞳には、微塵の迷いもなかった。


 彼は、この、地獄の盤面の中で、唯一、勝利へと至る、細い蜘蛛の糸を、確かに見つけていたのだ。


「……王様……。お前、本気で、言ってんのか……?」

 樹は、震える声で、尋ねた。


「ああ、これしか道はない。そして、お前にしかできん。やれるか、樹」

 アレクシオスの、その、真っ直ぐな問い。


 樹は、ゴクリ、と喉を鳴らした。


 そして、目の前で、仲間たちが、苦しんでいる姿を見た。


 自らが、作り出してしまった、この、光の地獄の中で。


(……もう、俺のせいで、誰かが、苦しむのは、ごめんだ)


「……分かったよ。分かった」

 樹は、覚悟を決めた。


「どうせ、このままじゃ、死ぬだけだもんな……。やってやるよ!」


 彼の瞳に、得体の知れない力を制御し、そして利用しようとする、強い覚悟の光が宿った。


 その、あまりにも、無謀な逆転の一手。


 それは、果たして希望となるのか、あるいは、自らを滅ぼす、最後の引き金となるのか。


 答えは、誰にも分からなかった。

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