幕間:千年の恨み、静寂の祈り(100話記念)
千年前。
世界は、炎と、絶叫に、包まれていた。
魔王ヴォルディガーン。その、純粋な破壊の化身が、この地に、顕現した。
人間の軍勢は、その圧倒的な力の前に、紙切れのように、引き裂かれ、燃え尽きていった。
希望は、尽きた。誰もが、そう思った。
その、地獄の荒野を、ただ一人、歩いていく、男がいた。
その手には、星の光を宿したという、一本の、美しい長剣。「星詠みの神剣」。
彼こそが、この世界に、理不尽に、召喚された、最後の希望。
勇者と呼ばれた、ただの男だった。
彼の脳裏に、よぎるのは、この世界の景色ではない。
ネオンの光。アスファルトの匂い。
自動販売機で買う、冷えた缶コーヒーの味。
彼が、失った、あまりにも、平凡で、そして、かけがえのない日常。
(……なんで、俺が)
彼は、何度、そう思っただろうか。
女神を名乗る、身勝手な存在に、ある日突然、この、剣と魔法の世界へと、引きずり込まれた。
英雄になれ、と。世界を救え、と。
その、無責任な言葉の、なんと、軽かったことか。
友は死に、仲間は去り、そして、彼自身もまた、その身も、心も、とうに、限界を超えていた。
やがて、彼は、たどり着く。
全ての、破壊の中心。
黒水晶の、禍々しい玉座に、静かに、腰掛けている、一人の、王の前に。
魔王ヴォルディガーン。
その姿は、絶対的な力と、混沌の喜びだけに、満ち溢れていた。
『……来たか、最後の一匹。その、つまらぬ光、ここで、喰らい尽くしてやろう』
魔王の声は、直接、男の魂を、揺さぶった。
男は、血を吐きながら、ふっと、笑った。
それは、英雄の笑みではない。
全てを諦め、そして、全てを呪う、壊れた男の、乾いた笑いだった。
「……破壊? 混沌? 結構なことだ。好きにすればいい」
勇者の、その、あまりにも、意外な言葉。
魔王の、その、永遠とも思える時を生きてきた瞳が、初めて、わずかに、揺らめいた。
「俺は、もう、疲れたんだ。戦うのも、救うのも、期待されるのも……何もかも。この世界が、どうなろうと、もう、知ったことか」
少年は、そう言って、ゆっくりと、その手に握られた「星詠みの神剣」を、祈るように、胸の前に、掲げた。
その剣から、放たれる光。
それは、聖なる、黄金の光ではなかった。
彼の、命の輝きと、そして、この世界への、深い、深い、恨みの色が混じり合った、どこか、不安定で、物悲しい光だった。
「俺は、この世界を、救う気なんて、もうない。ただ……」
「静かに、なりたいだけだ」
その、静かな言葉と共に、少年は、自らの、全ての魂を、その光の中へと、注ぎ込んでいく。
それは、世界を救うための、自己犠牲ではない。
この、理不尽な世界そのものを、道連れにするための、最後の、そして、最大の呪いだった。
「だから、貴様も、この世界も、俺と一緒に、永遠に、眠れ」
光と闇が、激しく、衝突する。
破壊の化身であった魔王の魂に、世界を呪う、人間の魂が、無理やり、ねじ込まれていく。
混沌を望む意志は、より強く、より純粋な、静寂を望む意志に、上書きされていく。
封印という名の、それは、千年に渡る魂の牢獄の始まり。
哀しき宿命をその身に宿し、魔王ヴォルディガーンは、再び、目覚めの時を、待つ。
永い、永い、静寂の夢の中で。
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