幕間:女神は賽を振る(100話記念)
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天界。
時間の概念すら、曖昧な、光と雲に満たされた場所。
その一角で、わたくし、女神ルミナリナは、雲で作られた、ふかふかの長椅子に寝転がり、神代の果実を齧りながら、少々、退屈していた。
「んー、もう。最近の下界は、どいつもこいつも、真面目すぎて、つまらないわねぇ」
わたくしの目の前には、巨大な水鏡が浮かんでいる。下界の、ありとあらゆる出来事が、わたくしの気まぐれ一つで、映し出される、便利な神具。
だが、最近のお気に入りのチャンネル――いえ、世界は、どうにも、息詰まる展開ばかり。
魔王だの、四天王だの、陰気な連中が、揃いも揃って、暗躍しすぎなのよ。
もっとこう、パーッと、華やかな、面白いことはないのかしら。
「あら?」
わたくしは、水鏡の景色を、ロムグール王国の王都カドアテメ、その、とある賑やかな酒場に合わせてみて、思わず、声を上げた。
酒場の中心で、一人の、なかなか腕の立つ吟遊詩人が、リュートをかき鳴らし、朗々と、新しい英雄譚を歌い上げている。
『―――聞け、友よ! 語り草となりし、我らが王の物語を!』
『愚王の仮面を脱ぎ捨てし、若き獅子、アレクシオス!』
『その傍らには、沈黙の聖勇者、イトゥキ様!』
『帝国の傲慢、ステーキの一撃にて打ち砕き!』
『聖都の闇、その聖性もて、跡形もなく祓いたもう!』
「……ぷっ。あはははは! ステーキの一撃! なによ、それ! 相変わらず、下界の連中の、勘違いっぷりは、最高の娯楽だわ!」
わたくしは、腹を抱えて笑った。
あの、役立たずな勇者が、ただ、自分のステーキが冷めるのが嫌だという、あまりにも低俗な理由で、結果的に、帝国の呪いの宝玉を破壊してしまっただけの、ただの事故。
それが、吟遊詩人の手にかかれば、こんなにも、荘厳で、英雄的な、奇跡の物語になるのだから。
まあ、その「勘違い」こそが、わたくしの狙い通りなのだけれど。
「ふふっ。あの役立たず、あんなところでも、ちゃんと役に立ってるじゃないの」
酒場の歌に、少し飽きてきたわたくしは、水鏡のチャンネルを、今、まさに、死闘の最中にある、三つの戦場へと、切り替えてみることにした。
まずは、東方。
森の闇の中、闇滅隊の連中が、息を殺して、次の策を練っている。
その中心にいる、ファムとかいう、野良猫みたいな娘。その瞳、なかなか、良い光を宿すようになったじゃないの。
「……二度と、あいつの土俵で戦うか。やり方を変える。追うんじゃねえ。……俺たちが、罠を張るんだ」
あらあら、狩られる獲物が、狩人になろうだなんて。健気で、可愛らしいこと。
次に、北方。
エルヴァン要塞の城壁が、”不動”とかいう、無口で、つまらない男の、悪趣味な兵器のせいで、静かに、崩れ落ちようとしている。
その、絶望的な光景を前に、バルカスとかいう、石頭の老いぼれが、雄叫びを上げていた。
「……グレイデン、待っていろ。今、この老いぼれの、最後の力が、貴様を、この国を、救いに行くぞ!」
あらまあ、暑苦しいこと。でも、嫌いじゃないわ、そういうの。師弟愛? 友情? 人間の、そういう、非合理的で、無駄に熱い感情は、最高のスパイスになるものね。
そして、最後に、帝都。
地獄の業火に焼かれる街の中で、わたくしが、無理やり王様にした、あの苦労性の元社畜、アレクシオスが、血と泥にまみれながら、剣を振るっている。
「―――これより、我々は、この地獄を、浄化する」
その瞳。いいわ。すごく、いい。
絶望的な状況であればあるほど、輝きを増す。
さすがは、わたくしが見込んだだけのことはある。彼の胃は、もう、限界かもしれないけれど。
わたくしは、三つの戦場の様子を、満足げに見つめた。
そして、最後に、水鏡を、帝都の戦場の、一番、後ろの方へと、ズームする。
そこに、彼はいた。
ガタガタと震えながら、それでも、必死に、仲間たちから離れまいとしている、あの、役立たず。
勇者、田中樹。
「……ふふっ。そこにいたのね、わたくしの、可愛い『ジョーカー』ちゃん」
そう。
みんな、勘違いしている。
わたくしが、何の考えもなしに、あんな、魂のエネルギー量がゴミカスみたいな子を、『勇者』として、選んだと思ってる。
半分は、正解。
確かに、アレクシオスという、あまりにも出来すぎた魂を転生させるために、世界のキャパシティを、ほとんど使い切ってしまったのは、事実。
だから、普通の、強いだけの勇者は、もう、召喚できなかった。
でもね。だからこそ、だったのよ。
だからこそ、わたくしは、彼を選んだ。いえ、彼しか、いなかった。
あの、ヴォルディガーンと、面倒くさいのが、相手なのだから。
ただ、強いだけの、脳みそまで筋肉でできているような、典型的な『勇者』を一人送ったところで、どうなるというの? あの、ヘカテリオンとかいう、陰険なのが仕掛ける、謀略や、呪詛の前に、あっという間に、孤立して、終わりよ。
だから、わたくしは、賭けたの。
この戦いに、本当に必要なのは、たった一人の、絶対的な英雄ではない。
国を建て直し、経済を動かし、バラバラになった、大陸中の国々の心を、その、卓越した問題解決能力と、誠実さで、一つに束ね上げることができる、『王』の器。
そして、その『王』の元で、誰もが、予想すらしなかった、奇跡を起こす、『道化』の存在。
彼の魂は、確かに、空っぽに見える。愚かで、単純で、欲望に忠実。
だからこそ、どんな、高度な魔術も精神を蝕む呪詛も、彼の、その『空っぽ』をすり抜けていくだけ。
そして……彼自身も忘れている、その魂の、一番奥の、奥底に眠る、たった一つの純粋な願い。
仲間を想う、その、たった一つの、純粋な感情だけで、神の領域の、その扉を、こじ開けてしまうほどの、ね。
わたくしは、楽しそうに、そして、どこか、誇らしげに、微笑んだ。
剣を振るう者だけが、英雄ではない。
その英雄が、安心して、その剣を振るえるだけの、盤石な『国』を、そして、『世界』を作り上げる者。
……それこそが、この物語の、本当の『勇者』だということを、下界の連中は、まだ、誰も知らない。
「さあ、役者は、揃ったわ。見せてちょうだい、アレクシオス。わたくしの、この、最悪で、最高の賭けが、正しかったということをね」
その呟きは、誰に聞かれることもなく、天界の、永遠の静寂の中へと、吸い込まれていった。
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