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第百話:狩人の戯れ

 

 東方諸侯連合、港湾都市リンドバーグ。


 その空気は、死の匂いを隠しきれずに、よどんでいた。


 連合の将軍、マインハルト卿が暗殺された屋敷の寝室。


 闇滅隊のリーダー、ファムは、窓枠に残された、あの忌々しいメッセージを、指先でなぞっていた。


『次の風は、最も強い「盾」を砕くだろう』


「……てめえら、どう思う?」


 ファムの問いに、ザルバードの偵察員ナシルが、静かに答えた。


「『盾』……。人か、物か、あるいは場所か。これだけでは、絞りきれん。だが、これまでの暗殺は、いずれも連合の要人。次もまた、高位の将軍か諸侯を狙うと考えるのが、自然な流れだ」


「いや、違う」

 ファムは、首を横に振った。


 その瞳には、スラムの路地裏で生き抜いてきた者だけが持つ、野生の勘が光っている。 


「こいつは、俺たちを試してやがる。遊んでるんだ。これまでの二件は、俺たちをこの舞台に引きずり出すための、ただの挨拶代わり。この挑戦状こそが、本番の始まりの合図だ。『盾』とは、人じゃない。もっと、でかくて、硬いもの……この東方諸侯連合が、最も誇る『砦』そのものを指してやがるんだ」


 ヤシマの剣士、ハヤテとシズマも、無言で頷く。


 彼らもまた、その挑戦状から、暗殺者個人の技量だけでなく、冷たい意志を感じ取っていた。


「この近辺で、最も堅固な『盾』と呼ばれる砦は三つ」ナシルが、広げた地図の上で、三つの地点を指し示す。「西の国境の『リンドブルム城塞』、南の『鉄壁のガルーダ砦』、そして、中央山脈に位置する、古の『エアリアル修道院』。最後の場所は、今や、東方一の難攻不落の要塞として、諸侯軍が駐留している」


「……三択のクイズ、ってわけか。上等じゃねえか」

 ファムは、不敵に笑った。


「行くぞ。俺たちの、本当の『仕事』の始まりだ」


 闇滅隊は、その夜のうちに、街の闇に溶け込んだ。


 彼らが目指すは、三つの砦のうち、最も戦略的価値が高く、そして、最も「砕き甲斐」のありそうな、「エアリアル修道院」へと続く、最短経路―――忘れられた古の森、「嘆きの森」だった。


 森に足を踏み入れて幾分か経過したとき、四人は、その空気が、明らかに異質であることに気づいた。


 風が、ない。


 鳥の声も、虫の音も、一切しない。


 ただ、自分たちの足が、枯れ葉を踏む音だけが、不気味に響き渡る。


「……ナシル」


「ああ。森全体が、巨大な『結界』に覆われている。音も、光も、そして、おそらくは、我々の気配すらも、外には漏れん。……森に入って半刻、我らの誰もが気づかなかった。相手は、相当な手練れだぞ」


 ナシルの『真実の鏡』の欠片が、淡い光を放っている。


 森全体を流れる魔力マナの流れが、淀み、歪み、不自然な「空白地帯」を生み出していることだけを示していた。


「魔力の流れが、おかしい。何らかの、広範囲に及ぶ魔術的な罠が仕掛けられている、と見るべきだ。ご丁寧に我らが通ってきた道も、同様の状況だ。行くも地獄、帰るも地獄だな」


「ちっ、ご丁寧に、地雷原を準備してやがったか」

 ファムが舌打ちする。


「進むしかない。シズマ、お前が先に行け。気の流れを読めるか」


「……やってみよう」

 シズマは、静かに霊刃を抜き放つと、目を閉じ、森の、微かな気の流れに、その全神経を集中させる。


「真実の鏡」が示す魔力の淀みと、自らの感覚が捉える気の歪みを照合し、最も安全なルートを探り出す。


 それは、まさに、綱渡りのような行軍だった。


 シズマが、一歩、横にずれるよう合図した、その直後。彼らが、今しがたまで立っていた場所の地面から、音もなく、無数の黒曜石による鋭い棘が突き出した。


「……ちっ」

 ファムの頬を、冷たい汗が伝う。一歩でも間違えていれば、串刺しだった。


 森の奥へ進むにつれ、フェンリラが仕掛けた罠は、より巧妙に、そして、より悪辣になっていく。


 だが、闇滅隊は、それぞれの専門知識と、超人的な五感、そして、互いへの絶対的な信頼だけで、紙一重で、それを突破し続けていく。


 ナシルが魔力の淀みを警告し、シズマが気の流れを読んで進路を示し、ハヤテが物理的な罠をその刃で切り払い、ファムがその天性の勘で、敵の心理の裏をかく。


 彼らは、間違いなく、大陸でも最高レベルの、影のスペシャリスト集団だった。


 追跡の末、一行は、森の最も深く、一際、濃い邪気が漂う、古びた石造りの見張り塔へと、たどり着いた。


 塔の頂上、欠けた胸壁の向こうに、月明かりを背にして、一つの人影が見える。


 狼のような耳。風になびく、長い銀髪。


 そして、その手には、まるで三日月を切り取ったかのような、二振りの、優美な曲刀。


 ”疾風”のフェンリラ。


「……いたぞ!」

 ファムが、短剣を構え、地を蹴ろうとした、その瞬間。


「待て!」

 ナシルが、叫んだ。


 彼の『真実の鏡』が、これまでで最も激しい、警告の光を放っていた。


「ダメだ、ファム! この塔を中心に、森の一帯が、巨大な、そして、極めて高密度の魔力の塊と化している! これは……大規模な、自爆式の、魔術結界だ!」


 それに気づいた瞬間、塔の上のフェンリラが、一行に向かって、にこり、と微笑んだ。


 そして、その唇が、楽しげに、動いた。


「―――頑張れば、逃げきれるわよ」

 彼女は、まるで、観劇を終えた観客のように、優雅に、一礼してみせた。


 そして、その指先が、パチン、と軽やかに鳴らされた。


 それが、死の合図だった。


 塔の足元から、そして、周囲の森全体から、無数の呪詛のルーン文字が、一斉に、禍々しい紫色の光を放ち始めた!


「まずい! 全員、逃げろ!」

 ハヤテが叫ぶより速く、フェンリラの姿は、一陣の風と共に、夜の闇へと消え失せていた。


「くそっ!」

 ファムは、仲間たちを、突き飛ばすようにして、叫んだ。


「逃げるぞ! 全力でだ!」

 死のカウントダウンが、始まっていた。


 四人は、持てる力の全てを振り絞り、今来た道を引き返す。


 仕掛けられていた罠により、身体に浅くない傷を負うが、気にせず走り抜ける。


 背後で、魔力が収束していく、耳鳴りのような音が、急速に大きくなっていく。


 彼らが、森の入り口付近まで、転がり込むようにしてたどり着いた、その直後。


 音は、なかった。


 ただ、凄まじい、純白の光の奔流が、彼らの背後から、全てを飲み込んでいった。


 見張り塔も、嘆きの森も、その一帯全てが、一瞬にして、光の中に消滅し、後には、巨大な、ガラス状に溶けたクレーターだけが、不気味な月明かりを反射していた。


 九死に一生を得た四人は、ただ、呆然と、その、あまりにも圧倒的な破壊の跡を、見つめていた。


「……くそっ……! くそおおおおおおっ!」

 ファムの、悔しさに満ちた絶叫が、静まり返った夜に、虚しく響き渡った。


「追うのは、もう、終わりだ」

 やがて、彼女は、歯を食いしばり、仲間たちに向かって、言った。


 その瞳には、屈辱と、そして、それ以上の、新たな闘志の炎が燃えていた。


「……二度と、あいつの土俵で戦うか。やり方を変える。追うんじゃねえ。……俺たちが、罠を張るんだ。あの、ふざけた奴を、俺たちの狩場に、引きずり込んでやる」


 狩られる獲物から、狩人へ。

 闇滅隊の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。




本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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