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幕間 :ミレイユ平原の祈り

 

 ロムグール王国の南に広がる、広大な穀倉地帯、ミレイユ平原。


 私、アンナの記憶の中のミレイユ平原は、いつも、乾いた土の色をしていた。


 ほんの2年前まで、この土地の名は、民の嘆きと同義だった。


 先代王が寵愛したゴードン男爵とかいう代官が、私腹を肥やすために、法外な税を取り立てていたからだ。


 日照りで小麦が枯れても、税は、容赦なく、私達のなけなしの蓄えを奪い去っていった。


「神への祈りが足りんから、作物が枯れるのだ。その罰として、今年の税は二割増しとする!」

 代官の、太った意地悪い役人が、そう言って、私達の家から、最後の黒パンと、父親が大切にしていた古い農具まで、取り上げていった日のことを、私は、決して忘れないだろう。


 病気の父親は、悔しさに唇を噛み、母親は、ただ、静かに涙を流していた。


 だから、王都から、新しい王様の、役人様が来ると聞いた時、村中の誰もが、また新しい搾取が始まるのだと、絶望していた。


 だが、現れたのは、これまでの、どの役人とも、違っていた。


 その中心にいたのは、中央のお役人様だというのに、高価なドレスではなく、動きやすい、簡素な服に身を包んだ、私とそう歳の変わらないくらいの、そばかすの可愛い、優しいお姉さんだった。


 ロザリア様、というお名前だった。


 あとから聞いた話だけど、私のように貧しい農村の出身だったけど、王様に見出され、王都で働くことになったらしい。


 彼女は、ふんぞり返ることもなく、自ら、私達のひび割れた畑に膝をつき、その乾いた土を両手ですくい上げた。


 そして、まるで土とお話でもするかのように、その匂いを嗅ぎ、その手触りを確かめていた。


「……この土地は、疲れているだけなんです。本当は、たくさんの恵みをもたらす力を持っているのに」

 彼女はそう言うと、私達に見たこともない、丸いゴツゴツとしたお芋の種を、差し出した。「太陽の実」という名前らしい。


「何を企んでおる! そのような不気味な芋を植えて、この土地の女神様のお怒りを買う気か!」

 あの、代官の役人が、邪魔をしに来た。


 だが、ロザリア様は怯まなかった。


 彼女は、静かに立ち上がると、役人が、見せしめのために蹴り倒した、枯れかけていた薬草の鉢植えにそっとその手を触れた。


 すると、どうだろう。


 まるで魔法のように、萎れていた葉がみるみるうちに、青々とした輝きを取り戻していったのだ。


 村の皆は、その光景を、女神様の奇跡だと涙を流して拝んでいた。


 それから、数ヶ月。


 私達は、ロザリア様から教わった通り、王様が作ってくださった新しい水路から水を引いて、必死に「太陽の実」を育てた。


 そして、今日が、初めての、収穫の日。


「―――アンナ! もう、今日の分は十分だよ! 無理するんじゃないよ!」


 畑の中から、母親の、明るい声が飛んでくる。


 私は、額の汗を拭うと、足元の籠に山盛りになった、丸々と太った「太陽の実」を、誇らしげに見比べた。


 籠は、もう一つ、二つあっても、全く足りないくらいだった。


 その時だった。


「ほう、これは、これは。噂の『奇跡の芋』とやらは、まことのようだな。見事な出来栄えだ」

 聞き覚えのある、嫌な声。


 振り返ると、そこには、あの代官の役人が、数人の手下を連れて、いやらしい笑みを浮かべて立っていた。


「その芋、全て、税として、没収する。ゴードン男爵様への、献上品だ」


「そ、そんな! 約束が、違うじゃありませんか! アレクシオス王は、今年の税は、収穫の十分の一だと…!」

 父親が、震える声で、抗議する。


「はっ! 王など、所詮は王都にいるだけのお飾りよ! この土地を支配しているのは、ゴードン男爵様なのだ!」

 役人が、父親を突き飛ばそうとした、その瞬間だった。


「―――それ以上、動くな」

 凛とした、しかし、鋼のように強い声が響いた。


 いつの間にか、私達の畑を、ロムグール王家の、獅子の紋章を付けた、数名の騎士様たちが、取り囲んでいた。


 その鎧は、磨き上げられ、その目には、強い正義の光が宿っている。彼らは、かつての、腐った衛兵とは、明らかに、違っていた。


「き、貴様ら、何者だ!」


「我らは、国王アレクシオス陛下の名の下、民の安寧を守る、新生ロムグール騎士団である! 不当な搾取を行う者よ、国家反逆罪の容疑で、神妙に縄にかかれ!」

 騎士様たちは、あっという間に、役人たちを取り押さえた。


 夜、家の、粗末なテーブルの上には、湯気を立てる、ふかした「太陽の実」が、山盛りに並んでいた。


 家族全員で、それを、夢中で頬張る。


 その、当たり前で、しかし、あまりにも幸せな光景に、私は胸がいっぱいになった。


 私は、窓の外、遠い王都カドアテメがあるであろう方角を見つめた。


 そして、胸の前で、そっと両手を組んだ。


 私の祈りは、もはや聖都の遠い女神様には向かわない。


 私達に、この豊かな実りを与えてくださった、恵みの大地の癒し手、ロザリア様へ。


 そして、そのロザリア様を、私達の元へと遣わし、悪しき役人から守ってくださった、若き賢明なる我らが国王、アレクシオス様へ。


 どうか、私達の王様に、女神様のご加護がありますように。


 その、静かな、しかし、心の底からの祈りが、ミレイユ平原の、温かい夜の風に溶けていった。

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