幕間:王都の商人の独白
王都カドアテメの夕暮れは、今、活気に満ちている。
西の空が茜色に染まる頃、俺サンバルは、営んでいる小さな織物店の後片付けを終え、なじみの酒場「獅子のあくび亭」の、いつもの席でエールを呷っていた。
「……ぷはぁ、染みるねぇ。仕事終わりの一杯は、これだからやめられん」
隣の席では、武具屋の頑固オヤジが、景気の良い顔で猪肉の串焼きを頬張っている。
「おう、サンバル。お前んとこも、最近は羽振りがいいじゃねえか。南から来たっていう、新しい染料、もう仕入れたのか?」
「ああ、おやっさん。昨日、ヴァンドール商業同盟の船が着いてな。おかげで、これまでにないような、鮮やかな青色の羊毛が、安値で手に入ったよ。これも、全て、あのお方のおかげだ」
俺たちは、誰が言うでもなく、窓の外、丘の上にそびえる王城を見上げた。
ほんの二年ほど前まで、この王都は、死んだように、静かだった。
先代王の、悪趣味な贅沢。
腐敗した貴族どもの、やりたい放題の徴税。
衛兵と騎士は、民を守るのではなく、威圧し搾取するだけの存在。
俺の店も、いつ潰れてもおかしくない、そんな状況だった。
だが、若きアレクシオス王が、あの、人が変わられたかのように、国政の舵を取り始めてから、全てが変わったのだ。
「特に、あのフィン様って、若い補佐官様は、とんでもねえお方だ」
革物屋の若旦那が、興奮気味に会話に加わる。
「俺たちみたいな、しがない商人にも、新しい税の仕組みを、丁寧に、そして、誰にでも分かるように説明してくださった。不公平な税は、全てなくなった。今じゃ、真面目に働きゃ、働いただけ、ちゃんと自分の儲けになるんだからな。当たり前のことだが、その当たり前が、どれほど、ありがたいことか」
「ああ、そうだとも」
頑固オヤジも、深く頷く。
「騎士団の連中の、顔つきも変わった。バルカス様がとライアス様が戻られてから、街の治安は、驚くほど良くなった。夜、娘一人で歩かせても、心配いらねえくらいだ」
俺たちの心の中には、共通の、確かな「希望」があった。
若き、名君、アレクシオス・フォン・ロムグール。
「それにしても、だ」
俺は、もう一口、エールを飲んで、声を潜めた。
「あの、『聖勇者』様の話、聞いたか? 帝国の、あの、ふんぞり返った特使を、ステーキ一つで黙らせたって、もっぱらの噂だぜ」
「おお、聞いた聞いた! なんでも、勇者様が、呪いの宝玉を、ステーキを焼く鉄板代わりにしたら、宝玉の方が、悲鳴を上げて砕け散ったとか!」
「はっはっは! まことかよ! そりゃ、豪快な勇者様だ!」
酒場は、明るい笑い声に包まれる。
リュートの音が喧騒の中でも、しっかりと聞こえる。
もちろん、俺たちだって、分かっている。
北の国境では、「魔王」とやらが、不穏な動きを見せていることも。
この平和が、いつまでも続く保証など、どこにもないことも。
だが、今は、この、確かな希望を、信じていたかった。
俺は、勘定を済ませ、少しだけ、活気が戻った夜道を、家路へと向かう。
すれ違う人々の顔にも、かつてのような、諦観の色はない。
明日も、きっと、良い日になる。
この国には、今、頼れる王と、そして、何をしでかすか分からんが、頼もしい(と噂の)勇者様が、いてくれるのだから。
俺は、久しく忘れていた、未来への、ささやかな期待を胸に、自宅の温かい扉を開けたのだった。




