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第八十四話:分断される仲間たち・後編 

 

 儀式場の混沌は、深まる一方だった。


 田中樹の、苦痛に満ちた絶叫が、剣と魔法がぶつかり合う轟音を突き抜け、分断された仲間たちの耳に、鋭く突き刺さる。


「くっ……!」


 ライアスは、歯噛みした。


 彼の剣は、堕ちた聖堂騎士団長の、機械のように正確で、一切の躊躇がない猛攻を必死に捌いていた。


 だが、彼は一人ではない。


 その背後を、そして側面を、シルヴァラントの騎士サー・レオンが、銀の流星となって駆け抜け、ライアスに襲いかかろうとする側近騎士たちを、次々と切り伏せていく。


「ライアス殿! お下がりください!」


「いや、俺が奴を食い止める! 貴殿は周囲の雑魚を!」


 二人の騎士は、互いを守るように背を合わせ、聖堂騎士団の精鋭たちを相手に、絶望的な戦いを繰り広げていた。


 だが、サー・レオンの剣には、まだ、かつての騎士たちを斬ることへの、致命的なためらいがあった。


「なぜだ! なぜ、これほどの騎士たちが、枢機卿の甘言に惑わされたのだ! 女神への誓いは、騎士としての誇りは、どこへ捨てた!」


 レオンの悲痛な叫びが、虚しく響く。


 その、ほんの一瞬の心の隙。


 ライアスと激しく剣を打ち合わせていた騎士団長は、それを見逃さなかった。


 彼は、ライアスに渾身の一撃を叩き込むと見せかけ、その剣の軌道を、不意に逸らしたのだ。


 その狙いは、ライアスの背後で戦う、サー・レオン。


「レオン殿、危ない!」

 ライアスの警告も、間に合わない。


 騎士団長の長剣が、防御を固めていたライアスの隙をつき、そしてレオンの肩当を、凄まじい衝撃と共に弾き飛ばした。


「ぐあっ!」


 レオンの身体が、大きくよろめく。


 その瞬間、彼は悟った。


 目の前の男はもはや騎士ではない。


 勝利のためなら、いかなる卑劣な手段も厭わない、ただの狂信者なのだ、と。


「……申し訳、ありません、ライアス殿。私の、甘さが……」

 レオンは、傷ついた肩を押さえながら、再び剣を構え直した。


 その瞳から、迷いの色は、完全に消え失せていた。


「……彼らを、これ以上、枢機卿の道具として、罪を重ねさせるわけには、いかない」


 覚悟を決めた二人の騎士の剣が、再び、輝きを取り戻す。


 殺すのではない。


 ただ、その動きを止め、呪縛から解放するために。


 二人の背中合わせの猛攻が、徐々に、しかし確実に、堕ちた騎士たちの陣形を、押し戻し始めていた。


 一方、闇滅隊の戦場では、異なる種類の死闘が繰り広げられていた。


「ちくしょう! こいつら、キリがねえぞ!」

 ファムが、影の中から飛び出してきた魔物の爪を、短剣で弾きながら悪態をつく。


 床の魔法陣から、次から次へと、おぞましい魔物が召喚され続けているのだ。


「このままでは、ジリ貧だ! 奴らの、召喚そのものを止めなければ!」ハヤテが叫ぶ。

 その時、ナシルの声が響いた。


「見つけた! 召喚陣の動力源は、この床下を走る、三本の魔力供給路マナ・ラインだ!」


 その言葉に、ファムの思考が、閃光のように回転した。


「……なるほどな! おい、ヤシマの連中! 俺に合わせな!」

 ファムは、魔物の一体を蹴り台にし、高く跳躍すると、懐から、特殊な形状の杭を三本、取り出した。


「ハヤテ、シズマ! 奴らの注意を引きつけ、俺があの床石を剥がすための、一瞬の隙を作れ!」

「心得た!」


 ハヤテとシズマの動きが変わる。彼らは、防御を捨て、嵐のような連続斬撃で、魔物の群れを、強引に、ほんの一瞬だけ、後退させた。


 その隙を突き、ファムが、ナシルが示した、三つの魔力供給路が交差する床石に、杭を叩き込む。


 そして、そして、その重い石を、こじ開けたのだ。


 床下で、禍々しい光を放つ、魔力の奔流が、姿を現す。


「ナシル!」


「応!」


 ナシルは、懐から取り出した、ザルバードに伝わる、魔力を中和する特殊な砂を、その奔流めがけて、一気にぶちまけた!


 ジュウウウウウウッ!


 凄まじい音と共に、魔力の奔流が、その輝きを失い、不安定に明滅し始める。


 床の召喚陣の光もまた、弱々しくなっていった。


 その、全ての戦況が、わずかに好転し始めた、その時。


 儀式場の中心では、最悪の事態が、進行していた。

 

「ふん、つまらん!」


 帝国の将軍ヴァレンティンは、2、3体の石像兵を、その魔剣で一蹴すると、傍らで戦うヘルガに、残りの石像兵の相手を完全に任せ、自らは、祭壇へと、その歩を進めていた。


(……枢機卿の狙いは、あの勇者の魂か。そして、あの黒曜石の祭壇…。あれこそが、この儀式の、そして、この聖都の力の『核』に違いない)


 彼の、冷徹な目が、儀式場の中心、ヴァレリウスと、祭壇に引きずられていく樹の姿を、冷静に分析していた。


(あれを我が帝国の手に収めることができれば……)


 彼は、誰にも気づかれぬよう、影に紛れながら、祭壇へと近づいていく。


 漁夫の利を得るための、完璧な機会を、虎視眈眈と、狙っていた。


「あああああああああああああっっ!!」

 樹の、本物の、苦痛に満ちた絶叫が、混沌の戦場に、響き渡った。


 彼の身体から、その意思とは無関係に、黄金の聖なるエネルギーが、無理やり、祭壇の黒曜石へと、吸い上げられていく。


「イトゥキ様!」

 リリアナは、それを見て、自らの魔力が、ほぼ尽きかけていることも忘れ、最後の力を振り絞った。


 彼女が狙ったのは、ヴァレリウスではない。樹に絡みつく、無数の影の鎖、その、たった一本。


「【光よ、彼の枷を断て! セイクリッド・アロー!】」


 一筋の、清浄な光の矢が、寸分の狂いもなく、樹の右腕に絡みついていた鎖を、撃ち抜いた。


 バチンッ!と、音を立てて、鎖が砕け散る。


 ほんの一瞬、樹の右腕が、自由になった。


「―――小賢しい真似を!」

 ヴァレリウスが、その妨害に、怒りを込めた視線を、リリアナへと向けた。


 彼は、その手を、リリアナへと翳す。


「まずは、貴女から、黙っていただきましょうか」


 凝縮された、純粋な闇の奔流が、リリアナめがけて放たれた。


「リリアナ!」

 ライアスの絶叫が、遠くで響く。 


 だが、誰も、間に合わない。


 リリアナは、死を覚悟し、しかし、最後の抵抗として、自らの前に、かろうじて、小さな防御障壁を展開した。


 その、あまりにも脆い壁が、闇の奔流に飲み込まれようとした、まさにその瞬間だった。

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