魔の啼く城へ(9)
加速の瞬間は衝撃と大差ない。緩衝アームがパイロットシートの受けるGを緩和してくれる。ただし、そこからペダルを踏み込めば苦痛が待っている。
体内の血だけが置き去りにされたような感覚。手足が急激に冷え痺れてしまう。視界にちかちかと光が舞い、意識が刈り取られそうに感じる。
(40%でもこんなにつらいし)
必死に耐える。耐G訓練を受けていてもつらいことに変わりはないだろう。
『厳しいじゃろう? 戻すかの』
「でも……、これ以上に耐えてきてくれたし……」
『戦闘艦はアームドスキンほど加速は良くないんじゃ。掛かる負荷は戦闘機動ほどではないじゃろう』
ここにきてニーチェは自分が間抜けな事をしているのに気付かされた。
「早く言って……。でも、もうやめられないし!」
『変わった趣味じゃのう』
彼女にも自虐趣味はない。ただ、その状態で行う戦闘機動に敵機が反応できずに敵中深く入り込んでいる。今やめれば自ら包囲されて立ち止まる状態になってしまう。
(お馬鹿すぎるし)
行くも戻るも適わない。
ボールフランカーから出来得る限りの連射を振り撒く。どうせ周りは敵だらけ。当たるを幸い薙ぎ払う。
フォトンブレードを無造作に叩きつけ、衝撃で揺らいだ相手の背後に滑り込んで両断する。背後の灯りには肩越しに向けたビームカノンで狙撃し、爆炎を纏いつかせつつ次の敵に襲い掛かる。
「おぇ」
酸っぱいものが逆流してくる。
「そこの赤いのー! 上手いのか馬鹿なのか分かんない奴ー!」
「……なにー?」
頭がぼうっとしてきた。
「よけれー!」
「どぅわっ!」
目の前の二機が口径の大きなビームに同時に貫かれる。
「なんて使い方してんのよ! 魔王様が専用機を与えたっていうから、どんなすごい人かと思っていたら、こんなアホなわけー!?」
「うるさいおぇ……。出力70%……」
システムアナウンスが出力の抑制を告げる。まだ頭がくらくらとするが、周りが見えるくらいの状態にはなってきた。
左手の長柄の武器で敵機を串刺しにしているのは、ショルダーユニットの上半分をオレンジ色に染めた闇将クラウゼン。衝撃波とともにニ―グレンを弾き飛ばしてもう一機のクラウゼンが現れる。こちらの肩は青だった。
「一気に粉砕してやんぜー! こらー!」
非常に威勢がいい。
「うっさい! 黙れ! ゴミクズ! クナリヤの進路を阻んでいるのから片付けるの! あんたもやるのよ!」
「だっ、分かってるって!」
「だれー……、なんか偉そうにして腹立つし!」
しゃべっているうちに頭が起動してきた。
「いいからこっち!」
「なんなの? 命令するなし!」
「あんたこそなに? その口調、腹立つー!」
肩をこすり合わせるようにして更に敵集団の中へと踏み込んでいく。二人が切り込んできた場所へは暗灰色のアームドスキン部隊が雪崩れ込んできていて先ほどのような孤立感はない。子供っぽい女性の声音を持つクラウゼンのパイロットと肩を並べていると、なぜか無茶も平気な感じがする。
「食らえー!」
可動式の推進機が跳ね上がると太いビームが敵集団に突き刺さる。
「何も考えずに撃つな、ゴミ」
「ゴミって呼ぶな、ヴァイオラ!」
「簡単に名前を呼んじゃうからゴミクズだって言ってんの!」
隣のクラウゼンのパイロットはヴァイオラという名前らしい。
目をやった瞬間にはクラウゼンの姿は消えている。敵後方に出現した彼女はビームを浴びせ、また消える。
(あんなこと言って、こいつも反重力端子出力を上げてるじゃない)
先ほどのニーチェに勝るとも劣らない機動を見せている。
(あ、違った)
よく見れば加速の瞬間に全身のパルスジェットまでが噴射されている。それで大加速を得ているようであった。
反重力端子の慣性制御機能は気体よりも液体、液体よりも固体へと強く働く。つまり人体において、筋肉や骨などの固体への慣性力は緩和され、血液を始めとした体液の慣性力は緩和されにくい。元々急激なGには弱い人体にこのギャップが作用して不調な状態を生み出すのである。
彼女のように反重力端子出力を据え置いたままで大加速を得る方法が使えるのであれば体内ギャップは小さいままにしておける。更にその大加速を瞬間的に使うに抑えておけば緩衝アームはかなりのGを逃がしてくれるだろう。
(器用な事してる。あたしにもできるかな?)
砲火を舞うように躱しながら考えてみる。
『あれは機体同調器深度を上げて姿勢制御スラスターまで意のままに操っておる。一朝一夕に真似できるものではないぞよ』
「考えまで読むなし」
老爺の哄笑が聞こえる。
そうしている間に左側にせり出していたゼムナ軍部隊の戦列が崩れる。マーニたちが一気に押し出し、クナリヤ号もそれに続いた。
「迎えに来てくれたのね。ありがとう、坊やたち」
マーニが労う。
「そのまま行っちゃって。もう少し崩しとくから」
「やめておきなさい。ほら、撤退命令が出てるわ。あなたたちだって無茶したんだから状態良くないんでしょう?」
「う……、ちょっとね」
これでも本調子ではないらしい。
「一緒に退くのよ。言う事を聞きなさい」
「はい、お姉さま」
暗色の部隊全体が牽制砲撃を加えつつ後退戦に移行する。完全な奇襲に蹂躙された第十六分艦隊のアームドスキン部隊には追撃を掛ける余裕はないようだ。
ニーチェはルージベルニを最後尾に付けると敵部隊の空気の変化に警戒を続けた。
次回 「法螺吹いてんじゃないわよ!」




