魔の啼く城へ(1)
宇宙での猫の暮らしは大変だ。人間とは比較にならないバランス感覚も低重力下では無効になる。自由にさせてしまうと足場を失った猫はもがき暴れてしまう。なので慣れるまで抱いておくか紐で繋いでおくしかない。
猫も馬鹿ではない。しばらくすれば慣れてもがくのをやめる。無駄だと学習するのだ。その後は興奮状態で瞳孔の開き切った真ん丸な目で、人工重力によって近付く床面を見定めて行動するようになる。
航宙可能なイオンジェットクラフターの格納庫を含めた下部カーゴエリアは、細かなパーツの浮遊を防止する為に0.1Gが掛かっている。ただし、それは上下が逆転している。重力下なら天井に当たる部分へ重力が働いているのだ。なのでアームドスキン基台も180°回転させて用いられる。
居住エリアと操縦室は0.5G。こちらは重力下と同じ方向に人工重力を掛けてある。つまりクラフターを上下で仕切る床面に向けてそれぞれ人工重力が働いている構造になっている。
ニーチェたちが今いる操縦室は足下に惑星ゼムナを眺める形で航行中。ゆったりと舞う玩具に、ふわりと跳ねた子猫が一生懸命爪を伸ばす。
跳躍の高さと、落下に時間的余裕があるのを学んだルーゴは、ぎりぎりまで目を離さないで飽くなき挑戦を続ける。何度か失敗して背中やお尻から落ちた後はちゃんと足から着地するようになっている。
「聞いてはいたけど、本当に簡単に慣れてしまうのね」
「むしろ、あたしのほうがまだ慣れてないし。宇宙は初めてなんだもん」
ニーチェと一緒にルーゴと遊んでいるのはナジー・マリンカ、十九歳。短めにした天然パーマの茶髪と、大きな茶色の目が印象的である。
彼女は補給に降りてきたクナリヤ号から移乗してベリゴール号の操縦を担っている。地獄で初めての年下の存在にニーチェは初めから気安く接し、かなり距離を縮めていた。ナジーも猫好きが高じて彼女に親しみを抱いているようだ。
「今度は捕まえられたね、ルーゴ」
「釣れたし」
「みゃっ! みっ!」
紐の先の玩具をしっかりと前脚で掴み、暴れる子猫。
「これって操るほうが難しいかもしれないし」
「次は私の番」
「遊んでないで回線開くわよ」
ドナに注意された。
「今後の事、指示するって言ったでしょ?」
「はーい」
ルーゴはナジーに抱き留められた。
現在、ベリゴールに乗船しているのはドナとギルデ、トリスにニーチェ、それと操縦担当のナジーだけ。クナリヤにマーニと操縦士のタルコット、整備士のフォイドが乗り合わせている。
隠密航行中の二梃をこれから超空間通信で繋ぎ、リーダーであるマーニから行動指示が下るはず。その為に全員が操縦室に集まっているのである。
「みんな、集まっているわね。これからの事を伝えます」
通信パネルが立ち上がってマーニのバストショットが映る。
「この数日の調査の結果、軌道駐留中の第一打撃艦隊の監視網を回避するのは無理そうよ。タルコットとも話し合ったのだけれど、大回りして航行距離を延ばす危険よりはタイミングを見計らって突破したほうが現実的みたいね」
「時間を掛けた挙げ句に発見されて包囲されるより、一気に抜けたほうが安全策ですか?」
「そういうこと。もうしばらく調査して監視の薄いところを探すから、ドナはシフトを調整して、いつでも出撃態勢作れるようにお願い」
神妙な顔で頷くドナ。
彼女が纏め役に指名されている。マーニ曰く、若い者ばかりで集めておいたほうが気楽でいいのではないかという配慮なのだろう。責任者であるマーニと経験豊富なタルコットが協議して方針決定をするのにも都合がいい。
だが、ニーチェは気付いていた。ドナは不満を抱いている。責任を負う立場としてマーニの側に加わりたかったのだ。
(生真面目だし)
纏め役に向いているのも本人のほうが承知しているだろう。
(熱意で空回りしたりもしないタイプだから信用できるけど、もう少しのんびり構えててもいいような気がする。あたしみたいなのが変なのかな?)
楽しく生き抜くのが、生かしてくれた人への恩返しになるとニーチェは思っている。牙を剥いたままで生きていても苦しいだけだ。ジェイルもきっと喜ばない。
「幸い、物資にもゆとりがあります。十分に調査して哨戒パターンの解析に努めましょう」
「無理のない程度でね」
記録は機材の仕事。人間がやるのは推測である。
「あまり悠長にもしていられないけど万全を期すべきね。わたしだって魔啼城に生きて戻りたいもの」
「力を合わせれば不可能ではない筈です」
「体力勝負なら任してくれ」
ギルデは気合を入れ直す。
「どっちかっていうと知力のほうで頑張ってほしいのん。でも、ギルデじゃ当てにならないのん」
「「確かに」」
「そこは力を合わせるとこじゃないだろ!」
(もっと広い範囲が視えたらあたしも役に立てるかもしれないし。でも、無いものねだりだし)
諦めて戦闘面で頑張るしかない。
ドゥカルがほのめかしたように、他の能力者ならもっと広範囲が感知できるのかもしれない。しかし、できない以上は別の活かし方を模索するのが正解だろう。養父の教えのお陰でニーチェはいつでも前向きでいられる。
「待って。着信だわ」
マーニの視線が逸れる。
「あら、あなたも来てくれたの?」
「おう、来たぜ。ちょっとばかり距離が有るけどな」
新しく立ち上がったパネルには、いかつい顔の男が映っていた。
次回 「まさか閣下まで来ていらっしゃるの?」




