目覚める娘(14)
サナルフィのコクピットに座るニーチェは星空に包まれていた。周囲を巡る数多の光がそんなふうに感じさせる。ただし、星と呼ぶにはあまりに近い。手を伸ばせる距離にも一つ浮いている。
「にゃーお」
触れればふわふわの毛皮に包まれている。
「これ……」
「みゃ?」
「ルーゴの中に光があるし。他にもいっぱい!」
見渡す限りに灯が浮かんでいて、それぞれが動き回っている。光景と合わせればそこに人がいた。目の前のホビオの中にも一つ。
(これ、命の灯だし。アームドスキンってこんなものまで見せてくれるの? それともσ・ルーンの力?)
ニーチェは混乱する。
「あ……」
ざりりという感触。子猫が彼女の指を舐める。
「ルーゴ。なんて綺麗な灯り」
「みゃう」
(好きっていう感情。親に向けるような依存心? 色んなものが混ざり合ってあたしにはとても綺麗に感じられるし)
小さな命からは美しい光が向けられている。
(う! あれは駄目。濁った灯り。悪意? 違う。魂の穢れみたいなものを感じるし)
ホビオのそれには嫌悪感しか抱けない。
情感を歌に乗せる練習を繰り返してきたニーチェには人の感情が如実に感じられる。それが灯の色に転化されているように思えた。
(ドナは? 焦ってる。あたしのサナルフィが動かないからだし)
警察機に対して牽制の砲口を向けているドナも彼女を案じる色を放っている。
(あれはギルデ。怒りの感情。傍の弱々しい灯りがトリス? 早く治療を)
ベリゴールの中で移動する二つの灯。
(マーニ、内心で苦悩しちゃってる。自分の決めた方針が危機を招き入れたって思っちゃってるし)
心配させられない。ニーチェはアームドスキンが自分が動かせる機械だという確信がある。
「それならぁっ!」
集中が一気に高まる。
「あたしの意思を聞け、サナルフィ! 思いのままに動け!」
一体化を促すように叫ぶ。
呼応するようにアームドスキンのカメラアイが光輝を放つ。それを威嚇と見做したのか、ホビオは腰を抜かしてハンドレーザーを放り出した。
(これがトリスを! 許せないし!)
踏み潰すグシャリという音が響く。
「ひっ、ひゃあぅ!」
機体のマイクが悲鳴を拾う。目を向ければ逃げ出そうとしている二つの影。
「あんた、ユリーヤ!」
「この声、まさか……?」
一人は処分対象のビントだが、もう一人は意外な人物だった。
(そうか、あの時パパを馬鹿にした奴。あいつがホビオだったし。その娘がこの馬鹿女!)
校内発表会の時の事を思い出す。目まぐるしい日々にホビオの名は記憶の彼方だった。
ハッチを開けて身を乗り出し睨み付ける。相手も自分の事を認識したようだ。眦が吊り上がる。
「思い上がりの下民のニーチェ! お前なんかがどうしてそんな場所に?」
怪訝な顔で問い掛けてくる。
「あんたこそ何? 高貴ぶって偉そうな事言ってた癖に、こんな犯罪行為に加担してる訳だし!」
「な、何を言いますの! 言いがかりも甚だしいですわ! ライナックの名の下に行っていますのよ! 正義に則っているに決まってるではありませんか!」
「理屈にもなっていない理屈をこねるなし! 汚い金で芸術の学び舎を汚していたわけ!?」
後ろめたさくらいは感じているのかユリーヤの腰が引ける。
「くっ! お前こそ、その機械に乗っているって事はテロリストに成り下がった訳ですわね。とってもお似合いですわよ?」
「あんたはぁっ!」
(こんなのがライナック! こんなのが正義を語る! ほんとにクズばかりだし! そんなクズにパパは陥れられた!)
怒りが意識を焼きそうになる。
(我を忘れちゃ駄目。自分が善を行っているつもりで人殺しをしてしまう。そうなれば、あたしは捻じ曲がっていくだけだし。パパはそんな事許してくれない)
名前だけで正義を標榜し、他者を貶めるのを厭わない連中と同じところに堕ちてしまう。
(あたしは悪。滅びの使者として穢れた魂をあっちに引きずり込むんだ。人としての善行でも悪行でもないし。その為にあたしには魂の色まで見えてるのかもしれない)
歪んだ状況がニーチェを際どい意識へと誘う。
「そう」
一転して蠱惑的に響く声。
「あたしが地獄に案内してあげるし」
「あり得ないあり得ない! このわたくしが下民などに見下されるなんてあり得ない! 警察は何をしているのです! 早くこの下民を撃ちなさい! 父親と同じ所へ送ってやればいいですわ!」
「ばーか。自分の状況さえ分かってないし」
変に冷静になったニーチェは、もう用は無いとばかりにパイロットシートを下げてハッチを閉じる。ビームカノンを持つ手の台尻を壁面に叩きつけた。
それだけでユリーヤとビントが逃げ込もうとしていたビルの壁面は大きく崩れる。二人に瓦礫が降り掛かって押し潰した。けたたましい悲鳴ももう彼女の意識を揺るがさない。
(穢れた灯りが消えたし。アームドスキンってこれが簡単にできちゃう機械なんだ)
危うい道具だと思う。人に道を誤らせるのも容易だろう。堕ちたる英雄の後継たちはこの機械に飲まれたのかもしれないとニーチェは思った。
「動けるの、ニーチェ?」
σ・ルーンからドナの声が聞こえる。
「大丈夫だし」
「だったら呆けないの。警察機も来るわよ。備えなさい」
「わお、そうだったし!」
急に現実に引き戻される。
「で、ホビオはどこ?」
「あっ!」
自分が目的を見失っていた事にニーチェは気付いた。
次回 「とんでもない事ってー!」




