目覚める娘(6)
少し警戒していたような女性二人も、このグループのトップであるマーニの判断が下ると距離が近くなった。
「この上の階にゲストルームがあるから、その一つに住んでもらう」
本拠地に向かうまでの仮住まいとしてキープされているらしい。
「その前に身辺整理をしてきてちょうだい。何らかの事故や犯罪に巻き込まれたんじゃなく、自発的な失踪に見せ掛けるようにね」
「どうして?」
「それはね、警察に嗅ぎ回られると動きにくくなるからだよん」
年の近いトリスが教えてくれた。
反政府組織といえば和らぐが、要するにテロ集団扱いである。捜査四課や機動二課に目を付けられると動きにくくなる。ましてやジェイルの娘となれば警察機関にマークされている可能性が無くもない。
「今は何? 学生?」
ドナも興味深げに訊いてきた。
「うん、ホアジェン音楽学校に通ってるし」
「ホアジェン!? お嬢様じゃん!」
「パパが通わせてくれてたの。夢を追えって」
トリスは大仰に驚いている。
「それじゃ、親父さんが居なくなって収入が無くなると厳しいか」
「ううん、色々と入ってくるし、それなりに蓄えがあったみたいで何とかなる。特待生にもなったし」
「もったいないな」
ギルデはお嬢様学校に通うと聞いて少し引いているようだ。
「学校に通い続けたいのならこっちは諦めて。あんたが出入りしているだけで怪しまれるから」
「諦めない。今は他にやりたい事なんてない」
マーニは徹底して危険を排除したいらしい。地獄ほど過激で強力な組織の支部を、首都ポレオンに置くというのはそれくらい厳しい事なのだろう。
「地獄がポレオンで人集めしているのは、ライナックの被害者が一番多い場所だから」
ドナが説明してくれる。
「憎くて憎くて仕方ないような人しか必要ない。もし捕縛されても本拠地やその他の情報を絶対に漏らさないくらいの心構えの人でないと」
「分かった。あたしにもそれくらいの覚悟はあるし」
「よろしくね」
表情を和らげた彼らと握手を交わす。
ニーチェは親しい友人たちに別れを告げねばならない。
◇ ◇ ◇
「ありがとう、オネストおじさん」
ヘルマンを前にニーチェは頭を下げる。
「やっぱり付いていけないし。考えたい事がいっぱい。それに、こんなどす黒い感情を抱えたままでおじさんを満足させられる歌なんて無理」
「心の整理が必要だろうね。しばらくは休むといい。また歌いたいと思えるようになったらいつでも連絡しなさい。待っている」
そう言って個人の連絡先を教えてくれる。
自分を認めてくれた人に断りを入れるのは心苦しい。だが、心はもう決まっている。
それは力付けるように後ろで見守ってくれている友人たちにも当てはまる。真摯な面持ちで彼女は振り返る。
「イヴォン」
呼び掛けると親友は悲しげな表情に変わる。
「行くつもりなんだよね?」
「分かっちゃう?」
「ニーチェがあんな顔する時は何かを決意した時だから。いつか言い出すって思ってたんだ」
覚られていた。
「ジェイルさんの仇討ち?」
「うん、恨みを忘れて自分の夢を追いかけるなんてできないし。パパには叱られそうだけど、この気持ちを解消しないと歌う事も泣く事もできないままで一生を過ごすしかないもん。そんなのあたしらしくない」
「あなたはそんな娘だもんね」
一年半に足りない付き合いの親友は深く理解してくれている。
イヴォンに抱き締められる。身長の高い彼女に抱かれるとニーチェの身体はすっぽりと収まってしまう。脇から腕を通してしっかりと抱き返した。
「ただ単に歌うのが好きだっただけの私にとって、あなたの存在は衝撃的だった」
囁くような独白に身を委ねる。
「その赤い瞳のように燃えるような感情。その感情を具現化したみたいな歌声をぶつけられて私の心は震えたんだ。どんな娘なのかって興味を惹かれた。だから友達になりたいって思った」
「あたしも話し掛けてくれて嬉しかったし」
「話してみたらもっと興味が湧いて、一緒に居たいって思ったよ。こんなふうに歌えたら楽しいだろうなって。あなたは私の目標になった」
意外といえばそうなのだが、どこか感じられる部分はある。
「あたしもイヴォンに教えてもらったし。おおらかで包容力のある人ってどんなのかって」
「本当だったら嬉しいな」
彼女の涙が頬に伝い落ちてくる。温かな、友情の証のような涙。親友の思いが身に染み入ってくるように感じた。
「あたしは感情任せの人だからどうなるか分からないし。馬鹿みたいに噛み付いていって散々な結果になるかもしれない。でも、必ずこの思いを果たしてみせるし。んで、お礼にまたいつか……」
「うん。いつか、歌えるようになったら、私のところに歌を響かせて。私の心を震わせて。その時までにあなたに響く歌をうたえるようになってみせるから」
「待ってるし」
ヘレナやイザドラも抱き付いてくる。四人はひと固まりになって未来を誓い合った。
「止めたいけど止めないわ。それがあなただもの」
「でも気を付けてぇ。ニーチェったらすぐに無茶しちゃうんだもん」
「あはは、それがこの娘だって」
「なんか、あたしのイメージが酷すぎてショックだし!」
ホアジェン音楽学校の片隅で泣き笑いの少女たちはずっと抱き締め合っていた。
次回 「なんじゃこりゃー!」




