目覚める娘(2)
彼はニーチェの姿を認めるとその前に跪き、両手で顔を覆って悲痛な叫びを上げる。記憶が怪しげだが、確かジェイルの上司だと一度紹介されたことのある男だった。
「おお、すまん、本当にすまん!」
嗚咽混じりの涙声が彼女を打つ。
「ジェイルはわしらの為に……、わしらを逃がす為にあの剣王の前に立ち塞がってくれたんだ。何という勇気。何という精神力。どれだけ褒め称えられても足りないような男だった」
「パパが?」
「その言葉に甘えて逃げ出しちまった。すまんよ、嬢ちゃん。この馬鹿でどうしようもない上司を好きなだけ殴ってくれ」
その横に並んで崩れ落ちたもう一人の男。
「違うんだ。課長は俺たち課員を無事に帰す為にそうせざるを得なかっただけ。本当に悪いのはあいつを残して敵の前から逃げ出した俺だ。悔やんでも悔やみきれない。馬鹿げた事だとは分かっているが、君の気が済むなら俺を殴れ」
「わしらは皆同罪だ。あいつのお陰で生きて帰ってこられたようなものなんだから」
聞けば、殉職者が出たことで即時の帰還辞令が下ったのだそうである。
手続きが済んで地上に降りてきたのが四日前。彼らはすぐにニーチェの元へ謝罪に来たかったらしいが、事後処理に追われて身動き取れなかったという。しかも殉職者の直接の上司であるフレメン・マグナガルへの風当たりはきつかったようだ。課員全員が度重なる審問を受けたともう一人の男、グレッグが教えてくれた。
「こんな時にこんな話もないと思うけどな……」
嗚咽を噛み殺しながらマクナガルが告げる。
「嬢ちゃんには見舞金が下りることになってる。あと、遺族恩給は月々支給されるから生活の心配はないからの。あいつが望んだようにこれからも学生生活を続けてほしい。その程度で許されるとは思っておらん。何か困った事があったらすぐに知らせてくれ」
「ありがと」
既に猛烈に悔いている相手にはそう言うのが精一杯。
「俺もまだ心の整理できてないんだ。考えさせてくれ。どうすれば償えるのかを」
「先輩だけに被せる気はないっすよ」
つらそうに墓碑から目を逸らす、まだ若い彼はシュギルと名乗った。
「オレだって責任感じてるっす。それに悪いのはオレたちじゃないっす。これは仕組まれてたんだって話したじゃないっすか」
「馬鹿! 黙ってろ、シュギル!」
「どういう事?」
聞き捨てならない台詞にニーチェは目を見開いた。
叱られた若い捜査官は彼女に詰め寄られてぽつぽつと話し始める。
帰還後に審問を受ける中で彼らには疑問が芽生えたのだという。おかしいと感じた事は多々あっても当時は繋がっていなかった。それが振り返ると意味が浮かんできて、一つの結論が導かれてきたらしい。
「これは審問官には話してないっすよ」
事前に断わってくる。
「派遣理由は理解できなくもないっす。でも、惑星軌道に上がったら、そんなん信じられなくなったっすよ。でっかい戦艦がずらっと並んでいるんすから」
「俺たちの警備クラフターなんて漂う塵みたいに感じるほどなのさ。戦力として規模が段違い。何しに呼ばれたのかと思っても仕方ない」
グレッグが足りない説明を補う。
「だってのに、血の誓いが襲ってきたからって戦闘を手伝えって言うんすよ。妙な話じゃないっすか。極めつけは、逃げ帰ったオレたちが帰還準備してたら次の日には第一打撃艦隊がやってきて軌道防備を交代すると言ってきたもんす」
「宙軍要塞から惑星軌道まで二日は掛かるんだ。百二十隻規模の打撃艦隊が編成から派遣までとなると最低でも五日は掛かる。予め準備していたとしか思えないタイミングだった」
二人はニーチェにも理解できるように説明してくれる。
血の誓いだけではなく地獄の猛攻にまでさらされた軌道艦隊はぼろぼろ。その穴を埋めるようにすぐに第一打撃艦隊が軌道防備に回ってきたのだという事らしい。
派遣理由は、欠員の出た軌道艦隊の補助。打撃艦隊の派遣予定があるなら機動三課の戦力など繋ぎにもならない。辻褄が合わないのだ。
「思っちまったのさ。俺たちの派遣には何か裏があるっぽい。目的を達したから打ち切られたんじゃないかってな」
核心に近付いてきた。
「もしかしてパパを?」
「確証はない。最初から殉職させる計画だった訳でもないとは思う。ただ、ライナックにとって不都合な事ばかりをする厄介な捜査官に思い知らせてやる気だったんじゃないかと……」
「オレたちだけ戦闘補助の指令が下ったのにはそれで説明がつくっす。それに、大きな声じゃ言えないっすけど審問中に指令に関しては口止めされたっす。報道されるのは問題だからって言ってたっすけど、とてもそれだけとは思えないっす」
愕然とした。ジェイルが意図的に排除された可能性を示唆されたのだ。その論拠も筋道だっていると思える。
(殺された。パパは殺されたの?)
新事実に打ちのめされる。
(父さんや母さんだけじゃなくパパまでライナックに殺されたの?)
全身が震え、髪の毛が逆立つような感覚がある。怒りに一気に体温が上がってきた。奥歯が軋み、爪が手の平に痛いほど食い込む。
(許さない! 許さない! ライナックは許さない! 剣王だってライナックの一人だし!)
吐く息が炎のように熱い。
(ライナックはみんな同じ! 絶対に許さない! リューン・バレル、絶対に殺す!)
ニーチェは静かに燃えつつ心に誓った。
次回 (まずはリューン・バレルに近付く方法)




