さようなら、ニーチェ(1)
20m以上もあるアームドスキンが衝突すれば民間用のクラフターの装甲など大きく凹む。逆にそれが衝撃を弱めたようですぐさま身を起こそうとするが、ジェイルのムスタークが追い打ちを仕掛ける。
胸部へ伸びた紺色の爪は相手の機体を更に艇体に食い込ませ、コクピットまで衝撃を伝える。振り上げられた腕が回転すると今度は裏拳が頭部を粉砕した。
装甲ハッチを削り取りビームブレードを閃かせると慌てて操縦殻のガードを撥ね上げて降参の意を示した。8mほどの高さから転がり落ちたパイロットは路面で唸っている。
破れかけているクラフターの装甲を切り開くと中には金属製のコンテナが多数。調べた通りなら中身は横流し品の兵器の筈だ。
「この野郎、出鱈目しやがって!」
操縦席からヘッドギアタイプの通信機を着けた男が吠えてくる。
「出鱈目かどうかはあのコンテナの中身を確認してみれば分かりますよ」
「とぼけてんじゃねえ! こっちがバフアル商会の仲介で動いてんのは調べが付いてんだろ?」
「そうらしいですね」
彼の言う商会の面の顔は貿易商だが裏の顔は……。
「武器密売の疑いが濃厚な商社ですけど」
「それでもやっていけてんのはホ……、ライナックが後ろに付いてるからに決まってんだ!」
「個人名を自重するくらいの分別があるなら犯罪行為に手を染めるのはおやめなさい」
場違いな笑いが込み上げてくる。
「いかれてやがる。機三のジェイル、噂通りのアホだな! 長生きできねえぞ、この野郎!」
「ふむ、もし僕が生き永らえるのが難しいようなら、この国にはもう自浄作用など望めないという事になるでしょうね?」
「いきなり話をでかくするな!」
ぎゃあぎゃあとうるさいが逮捕連行するのに変わりはない。操縦席にバルカンファランクスを突き付けて投降を呼びかける。
容疑者たちを空港警備隊に引き渡したジェイルは機動三課本部に帰還する。すると待ち受けていたように課長が小太りの身体を揺らせて近付いてきた。
「戻ったか、ジェイル」
厄介事と一緒にと嫌な顔をしない辺りがマクナガル課長らしい。
「一応報告書は上げとけ。無駄になるだろうけどな」
「すぐに。容疑者のほうは早めに引き取りにくるでしょうけど押収品の確保はお願いできますよね?」
「それで泣く人間くらいは減らしたいんだろうな、お前は。だが保証はできん。あの噂はどうやら本当みたいだからな」
不穏な話題になる。
「押収品横流しの件ですか?」
「ああ、考えたくもないんだがね」
ここ数年は武器や薬物の押収品さえどこかへと消えてしまっているという噂が流れている。そこにもライナックの影がちらほらと見えるのだから対処はされないだろうと思えた。
「そりゃともかくな、話がある」
改まって言われるとジェイルの眉も跳ねる。
「嫌な予感がしますがお伺いしましょう」
「俺も言いたくはないんだがよ」
(いよいよ左遷されるのでしょうかね?)
地方に飛ばされるのかもしれない。
(僕個人はどこであろうとやる事は一緒なんですが、ニーチェは今が大事な時ですから困ります)
将来を思えばこのままホアジェン音楽学校に置いておくのがベスト。既に評価も得ているし指導者に恵まれそうな雰囲気でもある。ただ、彼女が納得するかといえばかなり難しいだろう。
(説得するのは大変そうです。おそらく僕に付いてくると主張するでしょうね)
それでも説得しなければならない。もうニーチェは自分の力で生きていける。
「皆、集まってくれ!」
(おや?)
まさか集団左遷という訳ではあるまい。
思ったのとは異なる話になりそうだった。
◇ ◇ ◇
「ほんと!?」
娘の顔が喜びに彩られる。
「ああ、頑張って代表枠に入ったんだからね。今度の連休、お祝いとご褒美にコートデールに連れて行ってあげよう」
「コートデール! 憧れの南の島! 行ってみたかったし!」
「息抜きも必要だろう?」
ニーチェは聞いていない。もう部屋中を舞い踊っていた。そんなに喜んでくれるなら計画のし甲斐もある。
「もし家の許可をいただけるなら友達も誘うといい」
彼女にとって最高の旅行にしてあげたい。
「え?」
「何でそこで嫌そうな顔をするんだい?」
「イヴォンたちも誘うー?」
彼女の中で何らかの葛藤があるらしい。
「せっかくパパと南の海でデートだと思ったのに」
「そう言わずに訊いてみなさい。そのほうがきっと楽しいだろうからね」
ニーチェは渋々ながらもリビングのコンソールからイヴォンのところへと連絡を入れるようだ。ジェイルは自分が居れば話しにくい事もあるかと自室に着替えに向かった。
◇ ◇ ◇
「え、12日から四連休? コートデール? 行く行く! 費用、自分持ちでもいいから行く!」
やはりと言うべきか、乗ってきた。
「来るんだ……」
「嫌そうにしなくてもいいじゃん」
「はぁー、パパと二人っきりの旅行。開放的な南の島。もしかしたらワンチャンあるかもと……」
妄想が垂れ流しになる。
「そういう雰囲気の時は邪魔しないからさ。連れてってよ、私も」
「仕方ないし。じゃあ、ヘレナとイザドラにも連絡しないといけないから」
「そっちは渡りをつけておいてあげる。うちの両親のお墨付きならどこでもOK出るでしょ」
変なとこには気の回る親友である。
「そうと決まれば明日は水着を買いに行くよ!」
「それは賛成だし」
ニーチェの心は早くも南の島へと飛んでいく。
次回 「海だー! めちゃ綺麗だしー!」




