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2-9 何のために剣を振る2

 あらかじめリュネから聞いていた城内の間取りを思い出しながら廊下を駆け抜ける。

 城内の守備兵が時々タケルを見つけるものの、相手になるはずもなく峰打ちによって床へと倒れていく。


「クソッ、聞いてはいたが、無駄に広いし複雑だ」


 城内の構造を把握していても迷いそうになるほど、城の中は複雑な構造をしている。

 気づきにくいほど緩やかな坂による階層の移動、迷路のように入り組んだ曲道、どこを見ても同じに見えてくる装飾など、その場がどこなのか分からなくなるような構造が目白押しだ。

 これはこの城がもともとは城塞として使われていたことに起因している。敵の侵入に対して時間を稼ぎ、部隊を整えるなり、逃げるなりの時間を稼ぐためにわざと複雑怪奇な構造に作られていた。

 それが続いているのが、城門から大広間まで。そこから奥は王族のプライベートエリアとして増築されたため、比較的分かりやすい構造になっていた。

 タケルが目指しているのも、そのプライベートエリアへと続く大広間である。

 パーティーなどの催しから儀式的な行事まで一通りをこなせる大広間は、逆に言えば戦うにはうってつけの場所でもあった。


「ここか」


 たどり着いた大広間への扉。その先からは微かにだが数人の気配を感じる。

 確実に待ち構えていることを理解しつつ、タケルは刀を片手に扉を開いた。

 一瞬、大量の光源に目を細める。パーティー会場として使われることの多い大広間には、シャンデリアを始めとして多くの明かりがともされ、宝飾品が煌びやかに光を反射している。

 本来ならば、その舞台に立つのは、会場の光に負けないほどの煌びやかなドレスを纏った女たちと、彼女たちをエスコートする男たち。

 だが今日、この舞台に立っていたのは、真逆の存在。

 鈍色の鎧を纏い、手に剣や槍を持った五人の兵士。そして五人から一歩下がったところに佇む一人の男の姿。

 タケルの目には、兵士たちよりもその男の姿が印象的だった。

 着流しを纏い、腰に下げるのは一本の刀。それは故郷で多く見た光景。タケルが袴を脱げば、彼とそっくりの衣装になるだろう。


「来たか」

「やはりイズモの傭兵か」

「エレストの話は間違いではなかったということだな」

「シンゼン、お前は手を出すなよ」

「分かっている。お前たちがやられない限り手は出さん」


 すぐに攻めてくるつもりはないのか、彼らは剣に手を掛けることなく話している。

 そしてそのうちの一人、タケルが唯一顔を知っている人物が一歩前へと出てきた。


「数日ぶりだな。イズモの傭兵」


 タケルもその挑発に乗って大広間へと踏み込んだ。


「そっちこそ、元気そうで何よりだ」

「あの時は自己紹介もできなかったからな。今告げよう。八竜騎士が一人、エレスト・ディーゼルである」

「名乗られたなら答えないわけにはいかないな。イズモの傭兵、実利流刀術士スオウ・タケルだ」

「タケルか。その名、覚えておこう」

「おいおい、もう勝ったつもりか? 覚えておくのは俺の方だよ。ま、俺の期待に応えられればの話だけどな」

「言ってくれるな。だが、我らはイズモの傭兵の実力を知っている。その上で言っているのだよ。覚えておこうと」

「ハッ、そりゃ楽しみだ! だったら試させてもらうぜ。あんたらの力をさ!」


 神威を体へとみなぎらせ、身体能力を底上げする。

 握る刀は向きを変え、峰内から通常の刃へと戻した。さすがに守備兵のように手加減できる相手でないことは分かっている。リュネにはなるべく殺さないように頼まれているが、彼らには無理だろう。

 そして一歩目を踏み出すように見せかけ、反転して刀を振り下ろした。

 ガキンッという音と共に何もない空間が歪み、そこから表情を歪ませた男が現れる。その顔は、今も八竜と共に並んでいるうちの一人だ。


「そんな不意打ちが効くと思ってんのかぁ!」


 だがその男にだけは気配が無かった。そしてエレストと話している間にも、微かにだが空気の揺れる感覚がしたのだ。それを頼りにタケルは不意打ちの策を見破っていた。

 刀に力を籠め、強引に相手を押しつぶす。相手は苦肉の表情で下がると、そのまま大広間の壁を蹴って仲間たちの元へと戻る。同時に、並んでいた幻影が消滅した。


「カウンターで反撃ぐらいは予想してたけど、まさか先手を取られるなんて思わなかった」

「詰まんねぇ小細工だな。もっと本気で来ねぇと、一瞬で終わっちまうぞ!」


 ダンッと今度こそフロアを蹴り、八竜へと攻撃を仕掛ける。

 五人の男たちは同時に分散し、タケルの刀から逃れるべく動き出した。

 そのうちの一人、レイピアを持つ男がカウンターを狙ってタケルの前へと出る。

 確かにタケルの刀よりも、レイピアの方が攻撃速度は上だ。カウンターを狙うならば定石だろう。だが、タケルもそんなことは百も承知している。まっすぐにぶつかるほど、対人戦の素人ではない。

 タケルが刀を振るったのは、レイピアや刀よりもよっぽど間合いの外。決して当たることのない間合いで振りぬかれた刀は、その衝撃を足元へと集中させる。

 大広間のフロアは数枚に切り分けられた大理石だ。それが衝撃によって破砕し、礫となってレイピアの男へと襲い掛かる。


「その程度!」


 レイピアの男は、飛来する礫を全てレイピアで叩き落とす。その上、数個はタケル目掛けて弾いていた。

 タケルはその礫を左手で受けとめ、横へと投げる。

 そこには再び奇襲を仕掛けようとしていた先ほどの男。


「うわ、乱戦の中でも気配読めるのかよ」

「その程度で隠れてると思ってんなら、次はお前から斬り殺すぞ」


 直後、跳躍して後方へと下がる。そこに大剣が振り下ろされた。さらに刀を構えれば、振り下ろされたエレストの剣を受け止める。


「今だ!」

「そこ!」


 動けない状態で背後から突き出された槍。それはタケルの背中へと突き刺さり、心臓の位置を貫く。

 貫通した槍は、エレストの鎧に槍先を付けて止まった。


「やったか!」

「ぐふっ」


 苦悶の声は、幻術を使う男から聞こえてきた。全員が驚いてそちらを見れば、幻術の男の背後から、タケルが刀を突き立てている。

 同時に、槍で貫かれていたタケルの幻影が笑みを浮かべたまま消滅する。


「な、なに……が……」

「実利流奇襲術朧写し。神威の気配に惑わされたな」


 それは神威の強烈な気配を利用した幻影にも似た気配の残滓を生み出すもの。相手へと殺気と気配を利用し、あたかも今目の前に自分がいるように錯覚させる技。

 素人のような殺気や気配を感じる能力に乏しいものにならば、あまり効果はなくとも、八竜に選ばれるほどの能力を持つ者たちには、この術は効果覿面だった。


「これで一人だ」

「ジノをよくも!」


 レイピアの男が肉薄する。タケルはそれを、正面から腕を広げて待ち受ける。


「さあ、今の俺は幻影か否か!」

「なっ」


 まるで攻撃を誘うようなポーズに、レイピアの男は一瞬戸惑った。その隙は致命傷だ。

 一の太刀でレイピアが根本から切断され、返す二の太刀が男へと迫る。

 その刃は、飛来した槍によってギリギリ逸らされ、片腕を切断するに留まった。


「獲物を手放しちまって良いのかァ!」

「槍だけが我が武器ではない!」

「俺と――」

「私も忘れてもらっては困るな!」


 エレストと大剣の男がタケルを押さえるべく動く。槍の男も予備の剣を手にすでに動き出している。

 致命傷を逃れたものの、片腕と武器を失ったレイピアの男は戦線を離脱していた。

 タケルは即座に敵の位置関係を把握、なにを狙っているのかを理解すると、地面へと突き刺さっていた槍を抜き、投擲する。

 

「構わん、やれ!」

「ディード、すまん!」


 槍の男が言うと同時に、大剣の男が投擲された槍を破壊する。

 その先にいたのは、撤退しようとしていたレイピアの男。タケルはそこを狙って槍を投げることで特異な得物を相手に破壊させていた。

 さらにエレストとの足並みが崩れ、エレストだけが突出した形となる。

 ぶつかり合う刃が火花を散らし、エレストの表情は先ほどよりも厳しいものとなっていた。


「これほどなのか」

「実力を知ってる? バカ言うなよ。俺も後ろの奴も、まだ本気の五割も出してねぇぞ!」


 力任せに踏み込み、強引に剣を弾く。

 そしてエレストの足を蹴りバランスを崩させると、ようやく来た大剣の攻撃を躱す。


「エレスト、大丈夫か!」

「なんとかな。ピッツは!?」

「私も大丈夫だ。得物は失ってしまったが、戦えなくなったわけではない」

「本気で戦えない奴に用はねぇよ。大人しくすっこんでろ。実利流一刀術、大刃!」


 放たれた剣戟が頭上のシャンデリアを切断する。

 落下したシャンデリアが激しい音を立てながら砕け散り、当たりへと散らばった。

 足場の悪くなったフロアの上、タケルは滑るように二人の間をすり抜け槍の男へと肉薄する。


「待て!」

「ピッツ!」

「止めて見せる!」


 タケルの刀に合わせて槍の男も剣を振る。だが、得意な得物でもない武器でタケルの攻撃を受け止めるのは無理があった。

 切断された剣の刃が宙を舞い、槍の男は目を見開く。

 槍の柄ならばわかる。重さを押さえるために木製で作られている槍の柄は受け方次第では簡単に折れてしまう。しかし、予備とは言え業物の剣すら用意に切り裂くその剣技に、槍の男の中でポキリと心の折れる音がした。


「寝てろ」


 回し蹴りが腹部へと突き刺さる。骨を砕く確かな手ごたえを足裏に残しつつ、槍の男は大広間の壁面へと叩きつけられそのまま倒れこんだ。


「残りは二人だな」


 タケルが振り返る先には、覚悟を決めた二人の姿があった。

 

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