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2-7 馬車での語らい

「ハハハハハハハハ!!」


 タケルは目の前の光景に腹を抱えて笑っていた。その隣には、口元を押さえて必死に笑いをこらえるニーナの姿。

 そして二人の前に立つのは、シルビアと衣装を交換したリュネがプルプルと震えながら顔を真っ赤にしていた。

 リュネのボルテージが徐々に上がっていくことに気付いたシルビアは、そんな様子におろおろと戸惑うばかりで、周囲の兵士たちでは身分の高い彼らに対して何かをいうことができない。

 たとえ言うことができる立場であろうとも、この後始まるであろう面倒ごとに巻き込まれることを嫌い、静かに口を閉じていただろうが。


「おま、お前――衣装ピッタリって。ひぃ、ひぃ、十二歳と十五歳の衣装がピッタリって――」


 腹が痛いと抱えながら、タケルは涙目でリュネを見る。そして再び笑い出した。

 ことの発端はタケルがもどってきてからしばらくの後のこと。王都へ向かう準備としてリュネとシルビアの変装を確認しておこうという話になったことだ。

 二人の体型が近いことはもともと分かっていたが、貴族のドレスは一点ものが多く、場合によっては各部の調整を行わないといけないために、今のうちに一度シルビアのドレスを試着しておこうと誰かが言い出したのが始まりだった。

 そして侍女に頼んで持ってきてもらったドレスを着た結果がこれである。

 一切の微調整なく、完璧に十二歳のドレスを着こなすリュネの姿に、最初こそいたたまれない空気が流れたものの、それをぶち壊したのがタケルの笑い声だった。


「ま、まあ調整が必要ないのならば、それだけ相手をだましやすいということだ。いいことじゃないか」


 モズドワルドが必死に取り繕おうとするが、それも焼石に水。

 真っ赤になったリュネは、おもむろに一歩を踏み出すと、そのまま加速をつけてタケル目掛けて膝蹴りを繰り出す。


「あんたの弱点は分かってんのよ!」


 リュネの膝蹴りは寸分たがわずタケルの鼻先へと吸い込まれた。

 あまりの面白さにまともな視界すらおぼつかなかったタケルは、リュネの攻撃を避けることなく顔面で受け「ぐはっ」と声を上げながらその場に転倒する。


「タケルの技でも鼻だけは強化できないのよね!」

「いや、別にできるぞ?」

「え、そうなの?」


 鼻を押さえつつ、タケルは立ち上がる。


「ただ振動が伝わりやすいってだけだな」

「結局弱点じゃないの!」


 今度は拳を振るうリュネだが、流石に素直に殴られるわけもなく、タケルは拳を受け止めると軽く足払いをしながらくるっとリュネの体を持ち上げる。

 そのまま肩を使って顔の回りを二、三周させた後に受け止めた。


「にゃぁにしゅんのよぉ……」


 腕の中にすっぽりと納まるリュネは、くらくらと目を回しながら小さく鳴く。

 そんな様子を、周りはただ微笑ましく見届けることしかできなかった。


   ◇


 全ての準備を整え、豪華な馬車が二台と多くの兵士たちが町の外に整列する。

 その姿を見に、多くの見物客が集まっていた。

 だが、一見多く見える兵士たちの姿を見ても、モズドワルドの表情は良くはない。


「これだけの兵力で王都に攻撃を仕掛けるのか。胃がいたくなるな」

「全面戦争するわけじゃねぇんだ。そこまで気にする必要はねぇさ。それに面倒なのは俺が押さえる」

「そう言ってもらえると心強いね。娘を頼むよ」

「ロリっ子の代わりに危ないところに突っ込むんだ。しっかり守るさ」

「タケル様、よろしくお願いします」


 リュネに変装したシルビアが一礼して馬車へと乗り込む。その後に付き添うようにニーナも馬車へと同乗した。

 シルビアに変装したリュネはすでにモズドワルドの馬車へと乗り込み、出発を待っている状態だ。

 後はモズドワルドの合図で出発するのを待つばかりである。


「では出発しようか。隊長、先導を頼む。私の馬車は後方を、リュネ様の馬車は前方に分かれて進むぞ」

「了解しました。全て我らにお任せください」


 あえて二台を離して進むのは、大臣側にこちらが結託している訳ではないと思わせるためだ。

 リュネ達を前方に配置することで、兵士たちでしっかりと守っているようにも見えるが、同時に逃亡を防ぐようにも見せている。

 そしてタケルとモズドワルドもそれぞれの馬車へと乗り込み、隊長の合図で兵士たちが歩き出した。

 馬車もそれに合わせて進み始めると、ニーナが早速持ち込んだバスケットを開ける。


「お茶を入れてきたんですよ。クッキーもありますし、食べませんか?」

「いいね、ちょうど喉が渇いてたんだ」

「あ、私もいただきます」


 外の兵士たちとは裏腹に、馬車の中はちょっと草原へ散策になどと思えそうなほのぼのとした雰囲気を醸し出す。

 紅茶とクッキーを楽しむ中で出てくる話題は、自然と女性陣達の好きなもの。

 つまりは恋の話である。


「こんな状況になっちゃいましたけど、シルビア様の婚約者の方は大丈夫なのですか?」


 大貴族の十二歳ともなれば、婚約者がいるのは当然のこと。むしろ、生まれたすぐに婚約者が決まってもおかしくないような身分である。

 ニーナもそれを思って尋ねたことだったが、シルビアは首を横に振った。


「実は私、まだ婚約者が決まっていないんです」

「そうなんですか!?」

「私が第一子ということもあるんですが、私が生まれたころの情勢的に私は海外に嫁がせるべきではという話があったようで」


 国内の情勢が極めて安定していたため、大貴族の娘であるシルビアは海外に出すことで外との繋がりを強化するべきではという話があった。

 その為、即座に婚約者を決めることなどせず、各国の状況に合わせて婚約者を決めようという話になっていたのだ。その中には、シルビアの海外留学の話すらあった。

 そのまま予定通りに行けば、シルビアが学園通っている最中に交換留学として海外へ向かったり、他国の貴族をこちらの学園に招いて関係を深めるなどがあったかもしれないが、そうなる前に宰相が動いてしまったのだ。


「でもこれで宰相が退治されれば、王家との仲も元に戻ると思いますし、予定通り学園に通いながら婚約者を探すことになると思いますね」

「ちなみにどんな方がタイプで?」

「優しい方が一番ですが、贅沢を言うならばギャンブルに嵌り過ぎない方が良いですね」


 それは暗に父のギャンブル好きにチクりと文句を言うものだった。

 ギャンブルの総本山である博都があるモズドワルド領だからこそ、彼らに寄ってくる者たちは必然的にギャンブルか金が大好きな者たちが多くなる。

 おかげで、シルビア自身はそこまでギャンブルを好きになることができていなかった。


「あー、何事もほどほどが良いですよね」

「そうですね。ニーナさんは確か男爵家のご令嬢ですよね? 王城のメイドにも抜擢されていたのであれば、婚約者もいたのでは?」

「わたし、お父様からメイドとして働いている間にいい男を見つけて来いって…………」


 だが悲しいことに、いい男を見つける前にリュネと共に逃げ出すことになってしまったのである。


「それは何と言うか……ご愁傷さまです」


 暗い雰囲気になりかけた馬車内で、シルビアは慌ててその矛先を変える。


「ちなみにタケル様はイズモの出身だと聞きましたが、故郷に恋人などは?」


 イズモという国自体が王国では半ば伝説と化した存在だ。当然、その国内のシステムなど分かるはずもなく、シルビアは特定の恋人という形で尋ねた。


「恋人はいなかったな。つか、修行の日々で恋とかそんなことしてられるレベルじゃなかったし」


 イズモの少年少女たちは、そもそも成人の日の旅立ちに向けて訓練を積むのが日常だ。その中であの子ちょっと良いなと思ったり、あの人かっこいいと思うことはあっても、その感情を直接相手にぶつけることはほとんどない。

 仮に進展が見られた場合、旅立ちの時に一緒に旅をして、そのまま仲を深めて帰ってくるぐらいである。

 そしてタケルにそんな相手は存在しなかった。


「ではタケルさんも寂しい少年時代を過ごしたんですね」


 少し嬉しそうに言うニーナに、タケルは眉をピクリと動かす。


「別に周りに女がいなかったわけじゃねぇぞ?」


 そこはしっかりと訂正しておかないとと思い、タケルは話す。


「子供の頃って普通に強さ=モテ度みたいなところあったし、じいさんの道場は実力では言えばイズモ中でも上の方だったからな。女子の見学者が毎回キャーキャー言ってたし」


 その中でもタケルの実力はとびぬけていたため、モテ度で言えばかなりモテていた方である。

 ただ如何せん、タケルは強くなることの方が好きだったため、彼女たちに見向きもしなかっただけで。


「でも結局恋人はいなかったんですよね? それなら私たちは仲間ですよ!」

「なんか納得いかねぇ」

「まあまあ、お茶のお替りします?」

「もらう……」

「くすくす、仲がよろしいんですね」


 じりじりとポットを持ってすり寄ってくるニーナに、タケルは憮然とカップに残っていたお茶を飲み干すのだった。

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