2-6 出発前日
寝るまでが月曜日なんですよ……
翌日、イオネスコ領主から手紙を受け取ったタケルは半日かけてレンディエラ領へと戻ってきていた。
領都に到着したタケルは、そのままの脚で博都へと向かう。
そして博都の中へと入ろうとすると、入り口の横に立っていた男に声を掛けられた。
「あんた、タケルさんかい?」
「そうだが、あんたは?」
怪しい男の様子に警戒心を強めると、男は慌てたように体の前で両手を振る。
「待った待った。俺は領主様側の人間だよ。タケルさんが戻ってきたら、案内するように言われてんだ」
「ああ、そう言うことか」
博都から崖下の奴隷区へ入れることは、ごく一部しか知らない秘密事項だ。そしてリュネ達が今そこにいるという事実を知るのはもっと少ない。
にもかかわらず、タケルが一人で博都へ入っても、どこへ行けばいいか結局分からないままになってしまう。そのための案内人として領主が用意した男だった。
「こっちだ。VIP用の入り口から入るぜ」
「あいよ」
男に案内され、タケルは最初に来た時と同じようにVIP用の扉を潜る。そしてカジノのフロアを抜け、奥のカーテンを潜った。
その先はスタッフ用の通路だ。
案内人は迷いのない足取りで廊下を進み、目的の部屋へとたどり着く。
「ここだ」
「支配人室って書いてあるぜ?」
「支配人以外は入らない部屋。隠すにはうってつけだろ?」
男はニヤリと笑みを浮かべ、扉をリズムを刻むようにしてノックする。
すると扉の向こうから声が聞こえた。
「誰だ」
「明星への案内人さ。一等星を連れてきたぜ」
すると少しだけと扉が開く。チェーンが掛けられているのか、扉は少し開いた後にガチンと鎖によって繋ぎ止められた。
中から兵士が顔を出し、案内人とタケルの顔を確認すると、今度こそしっかりと扉を開く。
「聞いてはいたが、早いな。入ってくれ」
「じゃあ俺はこれでお役御免だな」
「ああ、通常業務に」
「あいよ」
案内人は一つ頷き通路の奥へと消えて行ってしまった。
タケルがそれを不思議そうに見送っていると兵士が説明してくれる。
「今の男は博都のディーラーでな。色々と裏にもつながっている便利な奴だ」
「へぇ。博都にもやっぱ裏があるのか」
それは時に暗部などとも呼ばれる部隊のことだ。
暗殺、諜報、情報操作、そう言った黒い部分を担当する者たちのこと。国や貴族が所有していてもおかしくなく、それと同規模の経済効果を持つ博都が暗部を所有するのもまた当然のことかもしれない。
「まあうちの暗部の主な仕事はイカサマ野郎の摘発だけどな」
「そりゃ重要な仕事だわ」
大規模なカジノほど、イカサマで儲けようとする連中も必ず現れる。
そんな連中は巧妙に自分の手口を隠すため簡単には見つけられない。そこで用意されたのが博都の暗部だった。
彼らの中には元イカサマ師も多く、手口に精通している。そんな彼らだからこそ、博都を貪ろうとするゴミどもを排除することができるのだ。
当然戦闘訓練も積んでおり、荒事にも対応できる。まさに博都の裏の用心棒であった。
「さ、入ってくれ」
兵士に促されて室内へと入る。
一見何の変哲もない執務室だ。だが、部屋の中には誰もいなかった。
兵士はすぐに部屋に鍵を掛けると、本棚の元へ歩み寄る。そして一冊の本を取り出し、その隙間に手を突っ込む。
カチリという音と共に本棚が扉のように開き、その先にはしごが現れた。
「ここから下に降りれば奴隷区の館へ行ける」
「ずっとはしごなのか?」
下をのぞき込んでみるが、真っ暗で何も見えない。
「流石にそれは長すぎるさ。途中まではしごで降りて、そこからは坂道になっている。最初は暗いが、降りた先に明かりが見えるはずだ。そっちに向かえばいい」
「了解」
はしごを降りると、十メートルほどで地面に到着した。そして振り返ると奥にぼんやりと光る明かり。
周囲を薄暗く照らしており、急ぐのはやや危ない状態だ。タケルはその光を目指して通路を進んでいく。
光の元にたどり着くと、また次の光が見えた。それを繰り返しながら、ゆっくりと坂を下っていく。崖の中を斜めにくりぬきながら作られた、らせん状の通路になっているようで、タケルはそこをひたすら進んでいった。
そして最後に鉄製の扉が現れる。
扉にはノック用の輪とのぞき窓が付けられていた。
タケルが輪で扉を叩くと、のぞき窓のカバーが外され、相手の目元だけが見えた。
「タケルさんですね。今お開けします」
「連絡が来てるのか」
「手紙用の昇降機がありますので」
連絡を取るために、執務室にはここまで直線に掘られた細い穴があるようだ。そこにロープの付いた筒を入れ、筒の中に手紙を入れる。それを上げ下げすることで、連絡は先に取れるようにしているのだとか。
それを聞いてタケルは感心する。
「色々準備してたんだな」
「崖上という関係上、どうしても色々な逃げ道は必要ですからね」
絶対に落ちない砦などない。それを意識して逃げ道もしっかりと用意していたらしい。
鍵が開けられ扉が開く。一見倉庫のような簡単な部屋だが、すでに館の中のようだ。
「領主様は?」
「すぐにご案内いたします」
案内されたのは、いつだか領主の娘シルビアと話した応接室だった。
すでに領主様やリュネ達主要人物がそろっており、タケルの到着を待っていた様子だ。
「タケル、お帰り。ちゃんとお使いは出来たかしら?」
「お前は俺をなんだと思ってんだ。領主様、イオネスコ領主から手紙を預かってきてます」
タケルが手紙を渡すと、モズドワルドはすぐに開いて読み始める。そして小さくため息を吐いた。
「やはり向こうは動けないか。大臣からの監視が厳しいようだ」
「八竜騎士の一人も来てたからな。警備も随分厳重だったし、誰かしらお偉いさんが来てたのかもしれない」
「八竜騎士が!? タケル、大丈夫だったの!?」
「別に戦ったわけじゃねぇしな。仮に戦ったとしても、一人なら相手にならねぇよ」
危うくお互い剣を抜きかけたことは黙っておく。どっちにしろ二人とも剣を持っていなかったなど、笑い話にしかならない。
「それと大臣側の戦力に少し気になる奴がいることが分かった」
「誰のこと?」
「俺の同郷の傭兵だ」
「…………タケルレベルの実力者ってことよね?」
「多分な。八竜騎士が間違いなく自分より強いっつってたし」
「厄介ね。タケルを押さえられると、作戦がうまくいかない可能性があるわよ」
本来ならば、タケルが八竜騎士を押さえ、その間に大臣をモズドワルドの軍が殺すという計画だ。だが、その傭兵にタケルが押さえられてしまえば、八竜騎士が軍の相手となる。それは作戦の失敗を意味するも同義だった。
「こっちは強い傭兵を雇えないのか?」
「一応裏で募集を掛けてはいる。あの魔石のお金で、資金だけは潤沢になったからな。だが裏の依頼ということで、どうしてもな」
「訳ありは傭兵としても嫌か」
まして相手が国、大臣となれば、失敗が死に直結するものだ。そんなものを進んで受けたいと思うような傭兵だと、逆にこっちが不安になってしまうというもの。
「古い知人の伝手を使っているが、あまり期待はしないでくれ」
「となると、作戦を変更するしかないんじゃない?」
「つっても現状戦力でできるベストな作戦が俺の囮作戦だろ? それ以上にいいもんなら、最初からそっちをやってるだろうし」
「出発まで後一日、やれるだけのことはやろう。その上でどうにもならなければ――」
「俺が全部引き付けるさ。死なないように戦えば、時間ぐらいは稼げるだろ」
少しだけ条件が厳しくなった。だがやることに変わりはない。
もともと相手に傭兵がいることを知らなければ、そのまま突撃していただけだ。心構えができるようになったと考えるだけでも、十分価値がある。
どうにかなるさと笑みを見せるタケルの姿に、ニーナだけは不安そうな表情を向けていた。
◇
王都の執務室、手紙を読み終えた宰相イブリス・レックルードはふむと小さく唸る。
「ロンネフェルト様が見つかったか。護送するということだが、どう思う?」
イブリスは軽く振り返りながら尋ねる。その先には窓の外を眺める袴姿の男が一人。
イブリスが個人的に知り合い雇った傭兵、アオミヤ・シンゼンは視線を外からずらすことなく、聞かれることを予想していたかのようにすらすらと答える。
「十中八九罠だろう。話を聞く限り、その領主が我が身可愛さに姫を差し出すとは思えん。姫の戦力を当てにして、お主の殺害を試みると考えられる」
「お前もそう思うか。ここが正念場というやつだろうな」
「どうするつもりだ。向こうは正規の手続きを踏んで護送として軍を付けてくる。こちらから出れば、お主が反逆者だぞ? 地方の制圧はまだ半ばにも届いておらん。地方と辺境が立ち上がれば、王国兵とはいえ押さえきれまい」
「中へ誘い込めばよい。こちらにはお主達、八竜がおる」
正確にいうと、八竜のうちの五人だ。残りの三人は八竜内の方針に反発し城を去っている。
残りの五人は洗脳こそしていないがイブリスの行動を黙認、もしくは容認している者たちだ。
八竜騎士は騎士と銘打たれているが、その実本物の騎士は三人しかいなかった。
他のものたちは、傭兵やハンターなどから実力者をスカウトしているのだ。それ故、王家への忠誠心というものが薄く、宰相の行動に関しても自分の立場が維持されるのならば気にしないという者たちだった。
その中で反対した三人だけが城を去ったのだ。
出来ることならば、三人には洗脳をかけて手ごまとしたかったのだが、直接顔を合わせればその時点で斬られる可能性もあったため断念した。念のため監視は付けているが、今のところ彼らが姫の勢力と合流する動きは見られない。
「逃げた三人が合流せぬように誘導させておくべきだろうな」
「うむ。そのつもりだ」
彼らの近くで何かしらの騒動を起こせば、彼らは必ず首を突っ込む。それが騎士としての矜持であり、彼らの生き様だからだ。
芯がしっかりしているものほどその行動の予想は容易い。
宰相は新たな指示書を作りながら、最後にシンゼンへと尋ねる。
「姫の傭兵に勝てるか?」
「分からん」
その答えに、宰相は首を傾げた。
「八竜すら相手にならないお主が分からんと申すか」
「俺は東からこの世界を一周した。だが姫の傭兵は直接この国に来たのだろう」
「だろうな。それほどの実力者ならば何かしら噂を聞いているはずだ。それに最初に確認されたのは東の港町だ」
「過去、イズモから西に進んだ者はいない。それだけあの海が危険だからだ。今の俺ならば問題ないだろうが、旅立つときの俺ならば間違いなく死んでいただろう。それを超えてきているのだ。その力は侮れん」
「そうか。だが押さえてもらうぞ」
「構わん。それがお主に雇われた理由だ」
シンゼンは愛刀の柄尻に手を当てる。
それが彼の血の高ぶりを示しているのだと知る者は、この部屋には誰もいなかった。




